騎馬民族の街へ ― 6 ~貴族街の悪夢~
あの後簡単に血止めをし、バカの案内に進む貴族街。
どの家も、綺麗に青々と陽光を反射する緑の美しい芝生に、ティーテーブルが並ぶ庭。
所々の家では老婦人や貴婦人達が、ナポレオンフィッシュの様な盛り髪をふんわりとエアリーにキメ、紅茶を片手に談笑を楽しむ昼下がり。
池のある邸宅では、ガウンを着た老人が池の鯉にパンパンと手を叩いては、餌の様な物を撒く。
温かい日差しに微風、理想的な午後に、小鳥達は囀り、亀達は岸辺に甲羅を干す。
所々の庭から子供達の歓声も聞こえる。
走り回る子供達が花を摘んでは貴婦人に見せ、笑い合う。
歩くこと暫く……眼の前の豪邸に、ここだと言う「担ぎ男」、改め、「バカ」。
家は貴族街の中でもかなり奥まった所にあり、眼の前の通りを少し行くともう行き止まりになっている。
大きな館がその突き当りの奥側に鎮座し、その城の様な建物は領主邸か何かだと思わせる。
この城、街のど真ん中に見えたヤツだ。
街の入口から見えた巨大な城、それが突き当りの奥。 ……目の前に有った。
――最悪の場所だ。
領主邸の直ぐ脇にある家なら領主が気付いて何か対応してくるかもしれない。
いや、コイツ等は街の治安を脅かした輩達なのだ。
金一封でも貰えたらめっけもんだ、と力なく現実逃避する。
――ここの領主の親戚とかじゃないよな?
領主が住む都市というのは、領主を中心に親しい者を近くに、疎遠な者を遠くに住まわせて形成される事が多い。
直ぐ隣が領主の館だとするなら、親族の可能性は……
――高い。
カロは唇は紫。 先程から俺と目を合わせない。
そんな思いとは裏腹に、ドラコさんが追い込み始め、俺も覚悟を決める。 ルーラ覚えたい。 ルーラ。
「あそこの木の鳥が飛び立つような声を出さないと終わらないぞ? いいな。」
そうドラコさんが言うと、バカは消え入りそうな小声で「申し訳なかった、申し訳なかった。」と繰り返す。
他の取り巻き共も下を向き、時折か細い声でボソボソとなにやら呟いている。
さながら怒られた中学生の趣に情けなくなってくる……
――怒られてから考える。 まあ、バカなんだろうな。
話が進まない。
「聞こえないのか?」
と、ドラコさんが耳を強引に引き、エズネス語で大声で言うと何度もガクガクと頷いた。
後で聞いたが、ドラコさん達のこういう脅しフレーズは、村に時々来る賊のやり取りを見て覚えるらしい。
言いたくないが、俺から北方語で翻訳して言う。
本当はドラコさんにお願いしたいが、ドラコさんは北方語を殆ど喋れない。
「お前が言わなくても、俺が読み上げるぞ。 こう見えても俺の声は通るぞ。
俺が読み上げるなら、ここで全裸磔にして、罰金10000ギルだ。 払うよな?」
日本円にして一億円……
だが、貴族なら払えなくもない金額だろう。
バカは青ざめ、読み上げ始める。
「小さい! 最初から!」
通りの家の窓が開く。 何事かと顔を出す貴婦人。
バカは大きな声でやり直す。
隣の家の飼い犬が吠えている。
子供達の「あれなぁに?」が聞こえる。
「犬の吠え声に負けるな! やり直し!」
バカもヤケクソだ。 あらん限りの大声で読み上げる。
婦女暴行の下りで、周囲の空気が怒りに変わった。
周りの家から見物する人が少しづつ出始めた。
窓から顔を出した見物人は、家の場所を見て急いで引っ込める。
子供達が居た庭からは人影が消えていた。
――場所的にも、この家の格はかなり高そうだ……
貴族街だ。 門兵がちらほら見えるが、兵達の動きや反応は無い。
家の主が命令しない限り動かないのだろう。
それにこんなやつらだ、これまでも何かやらかして既に鼻つまみ者になっていたとしてもおかしくない。
貴族街の人々は確かに面と向かっては見ていない。
が、横目で見ている感じだ。
バカが内容を読み進める内に、嘲笑が交じる。
――手下共には、後で名前を言わせよう。
バカの大声をバックに、全員身分証を出すように命じる。
俺が言う。
「全裸になるか、身分証を出すか、選べ。」
躊躇いしながら、中には激しく抵抗する者も居たが、血塗れで無表情のデニスを見て諦めた様に差し出す。
冒険者証にはランクBだとか書いてあるが、……どうなんだろう?
Bってこんなに弱いのか?
名前の欄、身分の欄には……おいおい、男爵家、子爵家?
バカの仲間達の家柄に驚く。
普通の傭兵も二人いたが、他は貴族の3男4男だという。
「へぇ~、結構なお家柄じゃん。」
と、言いながら内心心配で一杯で目が泳ぐ。
この家全部が束になって挑んできたらヤバくないか?
半分ほど名前を大声で言わせた辺りで、バカの家の門が開いた。
留守番のご老体だろうか?
ゆっくりと歩いてくる人物は、しわがれて、白髪頭だ。
俺たちが門の辺りに到着すると、俺たちに一礼し、バカに思いっきり杖の一撃を加えた。
何かを言っている。
早口で聞き取れないが、お前を守った意味を考えなかったのかとか、婚約破談がどうとか言っている。
「婚約が破談になって変になったみたいですねぇ、破談になった理由もあっての事でしょうが。」
アストリッドが彼らのやり取りを通訳してくれる。
その間にも、手下どもに名前を言わせ、罪の告白ももう一度全員でさせた。
バカはポカポカパカン、と杖で殴られ、口を開こうとした瞬間、また殴られていた。
怒りを滲ませ、遠巻きに見ている人達も、その様を見て少しずつ落ち着いた雰囲気に変わった。
ドラコさんが口を開く。
「我々は昨日襲われ、衛兵に突き出したのだが、何故出てきた?」
と聞く。
すかさず俺が通訳するよりも速く老人が反応した。
――エズネス語が解るようだ。
老人はこの一連の出来事に関しては知らなかったようだが、話を聞き、下を向いて少し考え、
得心した顔で面を上げた時には、顔が燃えるかのように真っ赤だった。
――心当たりはある様だ。
フゥッ!と大きく息をつき、ワナワナと怒りをバカに向け、下を向く顔を蹴り上げた。
バカの口から「ンポォ!」と声が漏れ、顔を押えている。
話の分かりそうな老人だ。
北方語で言う。
「ここまで騒ぎになっている、もう揉み消しはやめた方が良い。」
それを聞いたご老人は俺たちに向き合い、短く言う。
「罪状は聞いた。」
それから「おぉぅい!」と大声で召使い達呼び、「短剣を持って来い」と言う。
偉そうにしながらも、態度は丁寧だ。
時折見せる表情から、俺たちの事を気遣っているのが判る。
「どうあろうと、外での騒ぎは良くないな。
まずは中へ入られい。」
言葉は偉そうだ…… が、それと同時に、この貴族らしき白髪の男は俺達に頭を下げていた。
外聞があるからだろう。
なんとなく、帝王学的な物を感じる。
偉そうにする気はなく、軽んじられないが為の振る舞いを意識してやっている、それだけに見える。
滲み出る雰囲気に、貴族街に面したこの場所でやられるのは心底堪えている様にも見受けられた。
顔を見ると、なんとも深く疲れた表情に見える……
とにかく往来での騒ぎを納めたい意図を汲んだ。
俺から北方語とエズネス語で言う。
「解りました。
お屋敷の中でのお話ですね。
では、説明を聞かせて戴けますね?」
老人は答えない。
手招きする手に力が籠っているのか、血管が浮いている。
屋敷の中へ導かれるままについていく。
バカが歩くときに顔を見ると、唇は腫れ、ダラダラと鼻血が出ていた。
門をくぐり、庭園の中ほどで先ほどの召使いが短剣を持って早歩きしているのが見えた。
「大変失礼があった事、お詫びする。
一旦、これで勘弁してくれ。 それと、此方へ……。」
白髪のご老体は短剣を受け取ると、ドラコさんに渡す。
紋章の入った非常に豪勢な短剣だ。
カロが持っているものよりも豪勢なのが判る。
「……一旦、お気持ちは理解した。」
ドラコさんは恭しく受け取り、厳しい顔で返答した。
俺から老人に向けて北方語に通訳し、俺達と一緒に腰縄の一団がぞろぞろと続く。
シュールな絵だ。
――話は進む。 だが安心はできない。
このまま屋敷の中の密室で殺されて、事件を揉消される可能性がまだある……。
俺達は警戒しながら、恐る恐る屋敷の中に入っていく。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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