騎馬民族の街へ ― 1 ~帝国ヌダガジャンへの先遣隊~
一回目こそ失敗したヨハンの開墾団。
失敗は成功の母。
二回目は成功し、収穫が出来た。
ヨハンは監視を警戒し、今年は見に来なかったが、獲れた品は送ってやった。
――その時のヨハンの顔はなかなかに見ものだった。
ヨハンとマリアさんの、やつれていた顔がパァっと明るくなった。
「……礎というのは最高の薬かもしれないな。」
土にまみれるのは確かにみっともない様に見えるかもしれない。
しかし、実感の詰まった素晴らしい仕事でもあるのだ。
そして、畑から得られる安心は、代え難い。
実感の籠った一言だった。
俺も聞いていて嬉しかった。
(こんなに喜ぶとは。
これは、いろんな意味で大きな一歩かもしれない。
貴族こそ、税を受けるものこそ、この苦労と喜びを知るべきなのだ。)
そして、こうしている間にも政府に順次粛清されていく貴族達……
まだ他の貴族から声が掛かることは無かったが、僕らが誰を助けるかどうかは、彼ら次第だ。
ヨハンは、どう思っているだろうか。
◆ ◇ ◆ ◇
ヨハンの話では、じわりじわりと統治の仕方を変え始めているらしい。
――俺達も動いた方が良い。
何だろうと、情報収集だけは早い方が良い。
国内の情報は、平民の我々が動くより、人脈や財力が有るヨハンに一任した方が良いだろう。
その為、此方は此方の活動を優先する。
ぼんやり腹案として作っていた計画よりも1年ほど前倒しで騎馬民族の国との国境に行くことにした。
計画と言っても強い時期的な根拠や制約があるわけではない。
ぼんやり考える中で、俺の体が大きくなる時期、危険に対処できる様になる時期を考えると、最短で13歳頃かと考えていただけだ。
――出来るならどんどん前倒しすべきだ。
アストリッド、フランとエマ、フィン、少数ながら村の子供達も、騎馬民族の言語である北方言語を勉強してくれていた。
先生がいる訳ではないので実践が全くできていないが、書籍は読了し、俺が見たところでは文法も理解しているようだった。
単語は俺も協力してクイズを出し合ったりしている。
それをカロはにこにこしてみている。
さて、まずは情報を収集する。
どんな王なのか、食料は足りているのか。
民族的にどのような考え方なのか。
言われている通り好戦的なのか。
そして、どれくらいの戦力で、どの様な特徴があるのか。
出来る事なら友好関係を築き、騎馬民族、そしてその隣国と国交を開く。
口で言うのは簡単だ。
我々は只の村で、最近『近隣連合』だとか、『連合』を名乗り始めている。
能動的に名乗り始めている訳でなく、呼び名が自然発生した。
単に『我々』を端的に指す固有名詞が有ると確かに楽だという事で定着し始めている。
政府から干渉されていないのをいいことに、自治独立を推し進めつつ、将来の選択肢を増やす。
これが現状でメリットの大きい動きだと思える。
そんな中で、だいぶ前から北方の騎馬民族との関わり方について話を進めたいと思っていた。
――貿易だ。
ここで作れる特産品を、ウルの替わりにヌダガジャンに持っていって見るのだ。
向こうは未だ、貴族社会だと聞く。
ならば、革命前の様に貴族価格で蜂蜜酒を売ることも出来るのではないか、武具等も買えるのではないか、と踏んだのだ。
その場合、我々の身分……場合によっては貴族の後ろ盾の有無が状況を左右する場合も考えられる。
ハッタリでイケるところまでイクというのも手だと思っている。
が、あまりやりたくないし、身分を偽って後で困るような一線は越えたくない。
信頼を粗末に扱う者に待っているのは何だと思う?
それを見た部下たちは、我々も嘘をつかれるのではと不安になることもある。
そうすると私腹を肥やす事を「自衛のため」と言い、腐敗し始める。
だからできるだけ避けたい。
こういうのは組織が大きくなった時にジワジワ利いてくる。
信頼を守るか、粗末に扱うか、苦渋の決断かどうか、人は見ているものなのだ。
そして、それは長年影響を与える。
話し合いだけでどこまでいけるだろうか?
話し合いの目的は、「約束」だ。
国と国の約束は、「条約」とか「同盟」と呼ばれる。
約束は話し合いだけで守って貰えるものなのだろうか?
約束を破ったらどうするか、そこが大事なのではないだろうか?
なら、相手方が我々よりも強かったら?
外交では、結局は武力が背景に必要なのである。
これはどんな時代でもそうなのだ。
――交渉で最も大切なのは、勝つことではない……
それは、「約束を守らせる」事だ。
この情報収集で得る必要のある情報で最重要なのは、相手戦力だ。
無くてもハッタリで何とかなる事もある。
交渉事を進める上で、この情報があるかどうかは天地を分ける。
◆ ◇ ◆ ◇
新婚のニールスはおこもりデートの毎日だ。
という訳で、留守の守りを頼んだ。
春前、雪解けを過ぎた頃だ。
ドラコさんとカロリナで、ワイバーンで先行してもらう。
目立つことだろう。
しかし、山越えを徒歩で進めてもデメリットの方が大きい。
それに、騎馬民族に追われた時に詰む。
数揃えて下手に隙を見せるより、少数で行ってさっさと帰ってくるべきだろう。
相手にも此方の情報を与えず、優秀な少数で此方の優位を想像させた方が交渉も進め易い。
さて、用向きだが、買い物をして工業力を探る。
それと、武具や魔道具がどの程度買えるかや、領主や統治について知っておく。
村民を逃がすのに問題なければあまり戦わずに事を済ませられる。
◆ ◇ ◆ ◇
カロもドラコさんも無事に先行偵察から戻ってきて、買ってきた品を見せてくれる。
――なんだか、二人とも楽しそうだ。
カロは戦ったことは有るが、ヌダガジャンの国内に踏み入ったことは無かったらしい。
今回始めての外国と言うことで、声も笑顔も弾み、相当楽しかったのが伺える。
「上空からも見えたけど、宿場が発達していたし、ワイバーンも少し飛んでいたわ。」
「やっぱり騎馬民族だけあって、騎馬用の槍と弓が安かった、
名器があった訳ではないけどね。」
買って来てくれた槍はヨーロッパのランスのような錘状の槍では無かったが、手が隠れる持ち手がしっかりしている物だった。
使い方はランスと同様のもののようで、持ち手の根本を脇の下に挟み、片手でがっしりと構える。
突撃と同時に相手の鎧の隙間に差し込むらしい。
重戦士に対抗するための武器だろう。
軽装相手には長刀の方が大量に敵を屠ることが出来るからだ。
「目立って食料が少ないという事はなかったわ。 耕作もしているみたい。
ただ、ウチの村から比べるとかなり非効率なんだと思うわ。」
「多分、ウチの村のやり方はまだまだ広まっていないだろう。
痩せた土地でも改良できるんだ。
食料が売れるとかなり儲けが出ると思うんだけどね。」
買い物は指差しで問題なかったとのこと。
数字は共通だったので、計算が出来さえすれば単純な交渉も出来たそうだ。
「ペーパーナイフの紋章はどうでしたか?」
先日、崖の下の馬車から拾ったペーパーナイフの紋章の事だ。
あの馬車の出処には興味があった。
上手くすれば逃げ場の選択肢になるかもしれない……
「見つからなかったわ、山脈の合間にある、カラベル国の物の可能性が高いと思うわ。
デザインが、あの辺りの民族が好むものに似てるから。」
そういえば、アガスタ地方ってのが有ったな。
諜報部員の隊長の遺書に書いて有った地名だ。
……あの手記、『詩編5巻』の著者、ビショップさんの奥さんは別荘迄行けているのだろうか?
「アガスタ地方って知ってますか?」
「カラマンディ国の南西側をそう言うみたいだね。」
ドラコさんが羊皮紙の大陸地図の左下の辺りを指さして言う。
※ 地図
「騎馬民族の国はヌダガジャン王国と言っていたね。
あそこもかなり戦争して色々な国を配下に置いてるから、最早帝国だろうけど。」
「かなり大きくなっているみたいだから、多分帝国だと思うわ。
近年の王の顔が街の中に絵で飾ってあったわ。 英雄みたいね。」
帝国とは、複数の国を束ねる国を言う。
王が強くて有名な様だ。
人種についても聞いてみる。
「肌は白くて、目が青いわ。顔立ちはなんとなく、がっしりして硬い感じだったわね。」
「薄い色の毛の人が半分くらい居たよ。 金色と茶色の中間みたいな色だった。」
「くせ毛の人も多かったわね。
山羊の毛のような髪型の人もいて、びっくりするわよ。」
作曲家のJ.S.バッハっていたよな。
あのトランプのキングみたいな髪型の。
そういう感じか。
それと、カロの表現が面白い。
多分、パーマが有るんだろう。
パーマを初めて見たら、羊とか凄い癖毛だとか思うよな。
因みにエズネス人は基本的にストレートで、色はかなり幅広い。
それと……少し気になるのが
――異人種か。
何かあったとき、どうなるか分からない。
村人たちの退避先としてベストとは言えない。
前世では、かの人口が14億居る大国では、少数民族が大変酷い目に会う事があったそうだ。
しかしながら、二人は嫌な思いもせず、かなり観光を楽しんだ様で、口調が弾む。
「民族や領主はどんな人達でしたか?」
首を傾げながら
「人々の気質はあまりこの辺の人と変わらない様に見えたわ。
でもね、戦いとなると。 強いわ。
領主については酒場で聞いた限りでは、戦いの人というよりは内政の人の様ね。
宿場町の経営支援をしているようだったわ。」
そういえば前に戦ったと言っていたんだ。
騎馬民族って、多分白人だ。
想像だが……ブルガリアやハンガリー辺りとかの人種をイメージすれば良いだろうか?
歴史的な強国、アレクサンダー王のマケドニアの辺りだ。
強いイメージがある。
「国や貴族との交渉はちょっと早いですかね。 交流までは持っておきたいですね。」
カロもドラコさんも、同意見の様だ。
カロに革命の事を話したあの後、
王都と王都付近で虐殺があったようである事、
貴族が殺され続けていることなどを他の村人にも簡単に説明した。
そこまで話したなら
「みなで気を付けましょう」
「幅広く交流を持ち、いざという時に備えましょう」
の話ができる。
因みに、騎馬民族側のあの国境近くの都市の名前は、「ヴォイン」という名前だそうだ。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)




