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本と、技術

 ――さて……


 今回の重要な要件、情報収集。

 前に会った、街の通りを見てもヨハンは見つからない。

 時間が勿体ないので一旦書店で本を見ようと、周りを見回しながら歩を進める。


 閑散とした革命後の通りに、馬車と歩行者はかなり目立つ。

 一旦姿を表しておき、本屋で時間を潰した頃に来ていないかと期待したのだ。


「いらっしゃい、あの詩集の子か。 こんにちわ。 今回は沢山来たね。」

「お久しぶりです。 詩篇はありましたか? 今回は魔道具の本を探しに来ました。」


 本屋の店員は前回と同じ人だった。

 店主かもしれない。


「詩集はこれだね。 一巻が無いんだが、二巻と三巻がある。 役所から流れて来たみたいだ。

 これ、ちょっと変わってる、というか、変わり過ぎている内容だ。 とても詩じゃない。

 それでも買うかい?」

「どうでしょう。

 知り合いのコレクターに売る分でもいいので、とりあえず買う感じでしょうか。

 本、見ますね。 それと、魔道具の本はどの辺ですか?」


 店員が一角を指さす。

 見渡し、背表紙に魔導具とある物を探すと、『魔具大系』というカタログ風のもの、『職人の風景』という絵入りの本、『魔道具入門』という本を見つけた。


「この3冊だけですか?」

「ああ、分り難かったね。」


 と、一冊取ってくれた。

 『仕込みの技法』というぶ厚めの本だ。

 3ページ目に腕組みをした職人の絵、続いて


 『基本がしっかりしていれば、魔道具の可能性は魔法次第で無限である』


 と書いてある。

 どんな魔法でも閉じ込められるということだろうか?


 目次にはぱっと見、

 素材と魔法、構造、冷却、メンテナンス、封印、廃棄、契約、魔力補充と魔石……etc

 といった項が並んでいる。


 ――契約?

 

 斜め読みしてみる。

 他の人に使えない様にすることが可能なようだ。

 エミーナさんが小物入れに「制約」を掛けていたっけ。

 

 言葉は違うが似た機能の様だ。

 読んだだけでは解らないが、作れなくも無さそうに見える。

 加工には余り特殊な工程は無く、殆どが大工道具での工作の範囲の様だ。


「金貨15枚だ。 ちょっと高いよね。 よく考えてね。」


 言う通りだ。 思った以上に高い。

 本一冊で日本円にして1500万円となると庶民にはとても手が出ない。


 金貨は42枚程残っている。

 が、今後は蜂蜜酒の値段も下がるだろう。

 考えて使わなくてはいけない。


 本と向き合い、答える。


「ちょっと考えます。 ご親切に注意有難う御座います。」


 にこにこしているが、内心はどうなんだろう。

 こんなご時世では売れなくて困っているはず……立派な人なのかも知れないと思い何か買って行きたいと言う気持ちが大きくなる。


 さて、みんながどういう本を見ているか見よう。


 女の子たちは料理やら、風景やら物語やらをパラパラとみている。

 フランには外国語の辞書と教科書を探して欲しいと頼んでおいたので、いろいろ見てくれている。

 全員文字の読み書きは出来るのもあり、楽しそうだ。


 エストリックは大工の本を見ている。

 デニスは狩猟の本を手にとって熱心に見ていた。

 ニールスは初めての書店だ。

 武術の本をぱらぱらと見ているが、顔を見るに気に入ってはいないようだ。


「武芸の本は無駄に技が派手なのと、……なんというか、物語風の本が多いな。」


 ということだったので、為になる本では無いという判断なのだろう。


 フィンは、魔術の本だ。

 『転移の考察』を手に取っている。

 瞬間移動について検討した本らしい。


 『古代遺跡にある謎の一つ、転移陣を紐解く。』


 と銘打ってあり、内容が気になる。


 あれば便利だよな、と思いながら、詩編をどうしたものかと考える。

 他に買ってくれる人が居るとは思えない本だし、捨て値で売ってくれないかな。

 ふと、店員さんに「今の王様ってどんな人か知ってますか?」と聞きそうになって飲み込む。


 詩編の内容を読んだ人にこれ聞くのはちょっと危険だ。


 ――恐らくだが、本屋は革命軍なんかには目を付けられやすいと思う。


 知識人が共産主義者に目の敵にされるケースは前世の歴史でも顕著に見られたのは客観的事実だ。

 最悪、本屋さんが捕まったりして拷問されたら……そうなったらどうなる?


 「この辺りの知識人に心当たりはないか」「はい、あります」で、村の名前くらいは出るだろう。

 その後、軍勢に取り囲まれ、俺は他の人を戦禍に晒さないために自ら捕まり、拷問を受けるだろう。

 そして最後にビッグブラザーに…… いかんいかん。 101号室とか「3000!」じゃない。


 というか、もう現時点でヤバくないかい?

 でも、流石にわざわざこれ以上危険に足を突っ込む気にはならない。

 が、気にはなる。


 革命集団のトップ……どんな人なんだろう?



 ◆ ◇ ◆ ◇



 さて、詩編は欲しいが、必要ではない。

 無理せず今回はスルーでも良い。

 ……替わりに魔導具と転移の本のほうが欲しいという欲求が抑えられない。


 転移陣の本、欲しいな。

 動く転移陣があるのかな。

 何処に有るんだろう?


 他の人が使えるなら、俺らが全く勉強すらしないのは致命的な失策な気がする。

 遺跡の場所とかも書いてあるようだ。

 買おう。


 気が付くと、ペーターが珍しく立ち読みでどっぷりはまっている。

『トウモロコシ畑のラブアフェア』…… やや前かがみだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 20分程本屋を楽しんだ。

『魔道具入門』、『仕込みの技法』、『転移魔法の考察』、『詩編二巻』、『詩編三巻』、『北方語』、『改訂西方言語』。

 最後の2冊は、自習向けに文法と主要単語を網羅した辞書が一冊になっている。

 自習向けとなるとこれだけの様だ。


 北方語は、北の騎馬民族が話す言葉だ。

 最悪、移民となる事も想定した方が良いと踏んでいる。

 俺の計画では、ちょっと違う関わり方をする予定だが。





 とりあえず、今後の事も考え、少ないお金で出来るだけ沢山本を買いたい。

 

 ――申し訳ないが、ふっかけさせて戴いた。


 金貨10枚で交渉――


 揉めた。


 前回と別人の様な店員さん、いや店主だろうあれは。

 店の利益に対するテンションが普通の店員と比べて明らかに違う。

 長い髪を振り乱し、メガネを曇らせて拳を握る。


 歌舞伎とか怒り狂う阿佐ヶ谷姉妹とかイメージが伝わる言葉が浮かび、消えていく。


「詩編探したのにですか? 探すのって大変なんですよ?

 それに魔道具の本はもともと金貨15枚ですよ?」

「では、詩編を諦めます、また今度来るので軽く見させて頂けませんか?」


 我ながら酷い……


「詩編はいいんだよ付けても、前回少し多めに貰ったしね。

 でも、内容は先に見るのはだめだ。 だけど金貨10枚は流石に無茶だろう、20枚だ!」


 詩編の内容の異常性を気にしている様ではなかった。

 しかし髪を振り乱して反論してくる。


 それをどこ吹く風で目を細めて眺めているペーターは本を小脇に抱えて名残惜しそうだ。

 いま、「じゃああの本も付けてください」を言おうとして飲み込んだ。

 流石にこの値段の交渉でエロ本を付けてくれ、はない。


「此方は今回無理に買う必要は無いと思っているんですよ。

 それと、この言語の本なんかも大分埃を被っています。

 我々が買わなかったらお金になることは無いのでは?

 魔道具の本も、そちらの15枚は言い値ですよね。」

「本屋って元々そんなに値引きするところじゃないんだよ!」


「なら、金貨5枚分で最初の2冊だけで今回は帰ります。」


『魔道具入門』、『仕込みの技法』。

 合わせて金貨20枚のニ冊だ……。

 店主のこめかみに血管が浮いた。


「……いや、そうだな、君ら、食料持っているだろう? 融通してくれるなら考える。」


「なるほど。 食料ですか。

 我々も税も払うのでそれ程余裕は無いですが、金貨10枚で全部買えるなら融通しますよ。」


 まあ、税はここ何年か……ゲフンゲフン……

 とは言いつつも、今年も取りに来ない保証は無い。


「なるほど。 でも、食料の質も見ないでその値引きは無茶だ。

 12枚だ。 それと、食料は最低でも麦250kgは欲しい。 持ってこれるかね?」


 計算だと2500食分か。(大体パン、パスタ1人前が60~80g。 まるめて平均し、1食小麦粉100gで計算。)

 都会相場の大銅貨2枚/1食だとすると、金貨5枚分くらいになるくらいの分量か。

 金貨20枚程の値引きの割に要求がかなり控え目に感じるが、食料価格が高騰でもしているのだろうか?


「そうですね、芋が半分でも良ければ持ってこれます。 1か月後でどうですか?」


 店主は少し考えて


「芋の分の量を倍にしてくれるなら良い。

 麦の分量と同等に人を養えるようなら、他のものでも良い。」


 芋は調理しても重さが変わらないが、麦は水を吸い、倍以上になって腹を膨らます。

 その分麦の方が他の収穫物に対して価値が高い。

 その点を考えて欲しいということだ。


「わかりました、大丈夫だと思います。 肉はあまり出せませんが。」


 肉と聞き、店主の目が少しだけ輝く。


 農作物の生産量だが、開墾とウィルの発酵堆肥を使った技術実験のお陰で目に見えて増えていた。

 特に、発酵堆肥による土をふかふかにする効果を上手く使うことで、開墾の効率が上がっている。

 更に、最近では痩せた土地として耕作放棄されていた場所でも、トマト等の作物も採れるようになっている。


 干したトマトは良い調味料にも、保存食にもなり、薬のように人々を健康にするとまで言われていて大人気作物だ。


 痩せた土地の地質改善は大きな効果が有った。

 それに加え、最近は一回植えれば何年も収穫できる、果樹や多年草を植えることが我が村で流行している。

 これを何年も続ければ、少ない労力が積もり積もって豊かになっていくと考えたのだ。


 食料価格が上がっている今、この意味は大きい。

 それに加え、子供達が魔法を覚えたことにより、獣を狩る事が多くなり、割と余裕が出てきている。


 一時的かもしれないが、「役人の過度な締付けにより市が立たず、食料の値段が大きく上昇」なんて、先代の領主が知ったら笑うだろう。

 市を許可するくらい良いと思うが理由も理屈も発表されていないのだから推測しようがない。

 余程反乱を警戒しているのだろうか?


 それとも物の流通を徹底して管理したいのだろうか?

 いや、目的は情報かも知れない。

 人、モノの移動を禁止することで誰とも連絡を取らせず、情報の行き来を予防し、結託を防ぐ。


 独裁者が考えそうだ。


 『なんかの社会実験ドキュメンタリーでやっていたな。

   恐怖を与え、情報をとにかく与えない。』


 作業を延々とさせ、

 時折何人かを知らない場所に移動させる。

 何処に行くのかも知らせず、何も情報を与えない。


 すると、もともと常識人だった住民たちは勝手にいろいろと想像し、自らを誤魔化しながら独裁者に従うようになっていくのだ。

 

 統治者の考え方は判らないが、やり口としてありそうだ。


 ――共産国の独裁者が、

   自由な国の一般人より

   幸せそうな笑顔で歩いてるのを見たことが無いがね。

   

   小心者がいつも部下の裏切りにビクビクしながら、疑い、結果周囲すらも虐殺し孤立する。

   ポルポト、スターリン、毛沢東、etc……

   現代の独裁者の末路はいつも孤独だ。


「判りました。 もう少し色が付くと嬉しいですが……。」


 交渉の中、かなり厳しい事を言ってしまった事に少し自己嫌悪する。


 ――我々は、まだまだ弱者だ。


 敵の姿かたち、大きさも見えない中、不気味な情報が断片的に降ってくる状況。

 備えが必要なのは間違いないのだ。


 それに……


 待てば本や高級品の値段は勝手に下がっていくだろう。

 俺たちは、早い内に技術を身に着けたほうが良いのは間違いないが、無理をして今買う必要は実は無いのだ。

 厳し目の交渉だが、今買う、今売る、というのは実はそれだけでwin-winでもある。

 店主が交渉に乗ってきたのは、それを肌で感じ、薄々予測しているからに他ならない。


 最終的にデニスが選んだ本を付けてもらって12枚払った。

 デニスの本は、『剣術の全て』と書いてある。

 う~ん……チャラそう。


 書店の店主に感謝しながら、値を引いて貰って迄節約したお金、大切に使おうと心に決めた。

こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。

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