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貧乏農家の四男でしたが何か?

 一言言っておく。


「逞しく生きて行くぜぇ。」



 ◆ ◇ ◆ ◇



 あれから何度か喋る事を試みたが、似たような結果だった。


 ――あうあうしか言えない。


 どういうことなのか、「外に出てから」既に20パターンくらい考えた。


 ――宇宙人になにかされた? ――どう見ても宇宙船でもなんでもない。

 ――大けがをして、障害を持つことになった? ――でも痛みは無いな。


 etc.


 どれも辻褄が合わないことくらい直ぐに判る。

 あの大きな女の人と、男の人は随分俺に優しくし、献身的に世話をしてくれる……


 俺の隣で微笑み、すやすやと眠る迄なにやら歌を歌ったり、話をしてくれたり……

 ちょっとした笑顔に、不思議と俺の心は満たされる。


 さっき迄抱かれていた事を思い出す。

 おでこの辺りを撫でられたり、頬に口付けされたり……思い出して思わずニンマリしてしまう。

 なんとなく、その女の人の顔立ちも仕草も、好きだった。


 ――この人がお母さん

   お母さんの肩を抱いて労っていたのがお父さん

   だとすると……


 情況的には辻褄が合う……





 突飛なことを…… 考えてしまう。


 もしかして、だが……


 俺は………… 死んだのか?


 この状況を素直に受け取ると。


 ……そして生まれ変わったのか?

 いや、本当はもっと前にそう思ってた。

 あー俺死んだなー生まれ変わりだなっ。 と。


 …‥…‥―――







 じっと、天井を見る。


 だんだん、「まあ、いいか。」 と、いう気分になる。


 生まれ変わった? よし! これはリセットだ! Start overだ!


 と。


 そう考えても良いんだし。



 ……



 でもあの死に方だけはなぁ……勘弁だろう。


 昔漫画で酔っ払ったサラリーマンが転んだ瞬間に吐いたゲロで窒息死するというのが有ったが、俺の方が考えようによってはキツイ。


 小説に、ブリッジオナニーしているところを親戚一同に乱入されて、家から飛び出した所をトラックに挽かれる。


 ……それといい勝負だ。



 本来感謝されるべきところで……勘違いだか人違いだか、もしくは社長の暴走で殺される?


 糞だぁあぁア! スタンドプレーはお前だろうがァア!

 俺は腰を弓なりに反らし、マンドリル顔で怒りを露わにする――首が変に曲がる。

 生まれたてなのだ。 首も座ってすらいない。


 ――俺は……体を弓なりにする事すらできない。


 この情けなさに、涙が止めどなく溢れた。


 ……


 一しきり泣いた後。 深呼吸しながら――

 一旦落ち着きつつ、周りを見回す。


 特に身の危険は無い様だ。

 目の周りの雫は、あの女の人に優しく拭われていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 そろそろ、生まれてから、2週間程経った頃だろうか。


 俺はもうすっかりベビーだった。


 俺は一日のほとんどをミルクを頂くか寝るしかできない。


 一日の活動、というか意識のある時間は数時間程だろうか?

 まあ、出来ることもないので、寝て体が大きくなるのを待つしかないのだが。


 ――読み物でもなんでもいいから、知的な刺激が欲しい!


 解るだろう。

 ただ起きてるだけの時間も暇で苦痛だ。

 さて、と、我が家を目だけで見回すと、俺、両親以外にもいろいろ居る様だ。



 父親、デカい。 やや猫背だがマッチョだ。 浅黒く肌は日焼けしている。

 よく体に小さい子供を巻き付けて歩いている。

 じっとしていると子供がよじ登ってくる様だ。


 ――子煩悩なようだ。


 時々武術の動きの様な練習をしていることがある。


 それと、時々アホみたいに大きな動物を獲ってくるのだ。

 大人3人くらいが入れそうなイノシシを良く獲ってくる。


 ――お父さんは強いのだろうか?


 大きい兄たちは、時々稽古をつけて貰っているようだ。

 時々外から指導するような声、打撃音や悔しそうな声と父親の余裕の「はっはっは」という笑い声が聞こえてくる。



 そして母親。 優しそうな良い表情をしていることが多い。

 しかしながら、この母親、どういうわけか非常に品がある。

 仕草一つ一つに格があるのだ。


 瓶一つを取るにしても仕草が美しい。


 ――決して美人と言う程美人ではないかもしれないのだが、

   本当に美しい女性とはこういう人なのかもしれないと思ってしまう。


 そして、この母親、笑顔が大変コケティッシュで素晴らしい。


 ……口を横に引き伸ばし、にぃぃっと笑うのだがまた品があって、


 マザコンみたいでとても言いたくないのだが、可愛らしいのだ。




 そして、兄弟が5人も居る。 兄3人、姉2人、今のところ一番下に俺で6人目だ。

 全員1歳差か2歳差くらい、そんなに歳は離れていない様だ。


 全員で8人家族、色は浅黒く、皆髪の色は白系のストレートで、うっすら色がついている。

 俺はやや艶がある緑がかった白色だ。


 そして、ウチには家畜が何匹かいるようだ。

 毎朝いろいろ五月蠅い。


 メェ~とかモ~とかコッコとか家の周りから聞こえる。

 朝になると直ぐに判るのだ。


 ――ミルクの時間を知らせてくれる鶏らしき動物には感謝したい。


 俺は両親を夜中にあまり起こしたくないのだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 基本的にこの家族は和気あいあいとしており、悪意とは全く無縁な様に見える。

 ストレスを感じずに子供できるのは良い事だと思う。


 寝ては起き、乳を飲み、また眠る。


 前世の記憶、今世の喧騒、笑顔。


 穏やかな時間を過ごせる事に感謝をしながら時を過ごす。


 ……


 ふと、前世を思い出す。


 ……


 前世の父親、母親のことが気になる。

 俺のいない人生を生きているのだろうか。

 兄弟も居た。


 合コンで知り合ったマチコちゃんは、あのチャラ男に取られただろうか。

 PCの裏に隠してあるエロDVDコレクションはもう全部見られたな、死に際の最大の悔いだ。

 そういえば前に注文したシリコンラブドールは、そろそろ納品の頃か……


 自分で言うのもなんだが、それなりに仲の良い兄弟だった。

 今の俺は、不幸でも、苦しんでもいない。

 まだ分からないが、穏やかに生きられそうだ。


 ――皆、心配しているだろうか。


 死んだのなら…… 心配もへったくれも無いか……


 その時、ふと、いつもの癖で死後の経過の最悪ケースを考えてしまう。


 ――あー最悪はそうだなぁ……「葬式の最中にシリコンラブドールの納品」とか?


 時期的に、可能性は高い。


 ……


「そ……い……うわぁぁぁぁぁああああ!」


 人生の終末が、それとか……泣きそうだ。

 参列者には一生忘れられない葬式になる事だろう。


 もう、俺は両手で顔を覆いながら蹲ることしか出来ない。

 くそ…… 社長…… 酷過ぎる……

 俺は歯噛みする乳歯も生えていない歯茎の痛みに、嘗胆の思いだった。


 ――報われなかった前世を…… 俺は忘れない……


 俺はそれなりに頑張って生きて来た。

 人の役に立つよう、工夫し、思慮、気遣いを忘れず。

 望みは誰もが持つ、たった一つの事だった。


 ――幸せになりたかった。


 ただ、それだけだった。

 人に迷惑を掛けるような事を何一つ望んだ事なんてない。

 むしろ、責任感で自己犠牲を引き受ける場面の方が多い生き方だった。


 今回は、もう少しマシに……と、小さく呟いた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 一日の大半を寝ている訳で、気づくと年月も経っている。

 今は2歳半頃だ、歩ける様になると世界がぐっと広がる訳で、

 家の中を探検したりして毎日を過ごす。


 母親も、家にじっとしているとストレスが溜まる様だ。

 稼業は父の手と、上の兄の手伝いで足りているようで、家にいることが多い。


 1歳頃はおんぶされっぱなしだった。


 2歳にもなると立って歩ける訳で、一応独歩させて貰う事となる。

 最近は外に連れ出されるようになった。


 近所の広場のようなところに、

 低い柵に囲われた芝生のようになっている場所がある。

 そこにこのくらいの年齢の子供を持つ親が集まるのだ。

 ハーブの様な草を干したり、煎じたりしたお茶を持って数時間だが楽し気に談笑している。



 俺はお気に入りのベビーを見つけてその子(エニスちゃん(4))を眺める時間を楽しんでいる。

 ふわっふわのスカーレット色の髪の毛が風に揺れてとても愛らしい。


 ――俺は決してロリコンではないのだがな。


 この間はそのエニスちゃんに抱き着いてみた。

 すると、そのエニスちゃんは俺の腕にかぶりつき、レロレロしていた。

 エニスちゃん……そういうのはよぉ、大人になってからよぉ……


 ――こ、子供のすることだ――……

   だが、なんだ……これは…… ああ……


 腕に伝わる温かいヌルヌルが動く感触。


 色々考えているうちに、俺もエニスちゃんに同じことをしていた。

 赤子を演じる中で、そうするのが自然な気がしたのだ。

 俺は今赤子なのだし赤子らしくしなくてはならない。 必要なのだ。


 だが頭の中は羞恥心とぶつかり合う2つの価値観で勝手に葛藤する……


 ――俺は…… 何をやっているんだ……


 母親が走ってきて俺をエニスちゃんから引きはがす。 デュッポンと音がして引き剥がされた。

 恥ずかしい……

 「デュアアァァァァアア!」と叫びながらのたうち回りたい!


 エニスちゃんはきょとんとして、ちいさく手を振っている――






 ……


 6日くらいの周期で行われるこの回を楽しみにしている親も多い様だ。

 その日はウチの母親も機嫌が良い。


 今日は絵木札の読み聞かせを聞いている。


 ――熊に襲われる老人の絵が描いてある。

   片方の腕がもがれ、血まみれでのたうち回っている様に見えるが……


 子供に『近づいてはいけない危ない物』を教えている絵本なのだろうか?

 どうにも物騒な話が題材のようだ。


 よそのおばさんにほっぺを触られたりしながら、数少ない野外の機会を楽しんだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 色々見て回りながら、知的な刺激を探す。

 それが俺の癖になっていた。


 ――やはり、文字……


 紙の類は未だ見たことが無い。


 が、木札に文字らしきものが書いてある事はよく見かける。


 この間も母親が木札を眺め、目を動かしながらぶつぶつ何か言っていた。

 文字は読めるらしい。


 ――後で教えて貰おう。


 因みに、俺は言葉もカタコトながら喋れる様になっている。

 目下文字を覚える為に悪戦苦闘中だ。


 ――本を読みたいのだ。


 ――この世界の事、

   周囲の状況をできるだけ知りたい。


 ここが元居た世界と同じような世界である保証はどこにもない。

 ぼーっとして奴隷商に売られる未来が無いとも限らない。


 そう考えると早め早めと気が急く。

 なまじ前世が悲しい事になっているわけだ。

 せめて学び、改善したいという気持ちも出よう。



 ……



 母親に文字を教わろうと考え、待っていたのだが……

 手空き時間を待っていたらそれは甘かった。


 どうも非常に働き者、常に動き回っている感じだ。

 山菜、木の実を取り、

 家畜の世話をしつつ子供の面倒を見るという毎日を見てるとなかなか時間を奪う気になれない。


「これは、こうするんですね? 見て覚えました。」

「あら、お手伝いしてくれるの? 偉いわね。」


「はい、母さんを笑顔にしたいのです!」

「あらー。 なに、可愛いこと言うじゃないの~。」


 こうすれば時間が作れる。

 最近では俺に声を掛けられると笑顔の段階が数段上がる……これぞ、心掴めばなんとやら。

 マダムキラーとしておばさん達の間に君臨するのだ! と、息巻く。


 そして、山菜を取りに山に行く歩きの道中、文字について聞いてみる。

 すると、上の子に教える時に使った木札があるとのこと。

 それを見ながら「いろいろ教えてあげるわ。」と、なでなでしながら言われ、俺も少し変な気分になりながら、心が踊る。


「母さん、色々書いてあるものは手に入りませんか?

 こう、なんというか、何枚も重なっている、分厚い(かたまり)です。」


 全身を使った身振り手振りで「四角い」とか「開くところ」「パサリパサリめくるところ」等を表現すると、母さんはぷっと笑いを堪える顔をした後で少し考えて答える。


「本? かしら?

 すごく貴重よ。 都会に行かないと無いわよ?」


 頭をわしゃわしゃしながら説明してくれる。


「それは残念です、有ったら読みたいです。」

「あら、そうね、でも難しいわね。」


 ――本が貴重……と。


 木札が普通に使われている。


 つまりだが、紙が貴重な状況……と。


 本から情報を得るのはまだ先になりそうだが、文字の習得に関しては目途が立ったという事だ。


 一通り教えて貰ったら後は自習できるだろうし……

 出来る限り母親の時間を奪わない様に教われるように俺も、努力する。

 手伝い、そして時間を見つけては字を見つけて質問する。


 字を見せて貰い、言葉を発音してみる。

 繰り返しだ。


 ――しかし、そんな状況なのなら、図書館なんかが有ったとしても無料とは考え難い。

   お金を稼ぐ方法も模索しておいたほうが良いんじゃなかろうか?


 説明が終わった後も、カロは俺の頭を暫くわしゃわしゃし続けた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 大家族な訳だが、うちの家族は裕福な訳ではなさそうなのだ。


 何をするにも取り合いだ。


 食べ物も質素極まりなく、肉等は月に数回だ。

 鶏肉が多い。

 基本、芋。

 食事は1日2回。

 卵はうちに鶏がいるお陰で週に数回程食べさせてもらえる。


 4~5歳の兄達曰く、昼はひもじい思いをしながら草原の食べられる草を齧ったりする。

 たまにイチゴのような実があったりして、腹を壊しながらも逞しく闊歩しているようだ。


 俺も早く歩き回りたいが、2歳半でこの活動に同行するって無理がある。


 ――仕方がない。 暫くは家で待機だ。


 家で母親の肩を揉んだり、背中を踏んであげたりしながら過ごす。

 料理をする後ろ姿、洗濯をする時の手つき。

 母親の事を改めて眺め、手伝う。


 「穏やかな時間を楽しむ。」


 これは結構贅沢な事なのだと、俺は知っているのだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 そんな我が家の収入源というと、農業だった。

 家の裏手に広がる畑の緑、そこから覗く兄弟と父さんの顔。

 春は種を持って走り回り、冬は藁で縄を作ったりしており、


 藁はどこからもってくるかと聞くと畑だと父さんが言っていた。

 時期によっては木工で棚等を作って売りに行ったりもしている。


 ――こりゃ相当田舎だな。


 物々交換の世界かもしれない。


 ――まあ、これが普通だろ。


 楽しく生きられたら良いなぁと、思いながら

 まだまだ知らない事だらけの状況に、心弾ませつつ気が急く思いだ。

 世界の事が全く解らないのは不安だ。


 ――情報過多の状況に慣れてると、情報が無いって事は凄く不安になるんだよな。


 行動範囲を広げられるように、俺は思いを巡らせた。

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