山
漸く10歳になり、あれやこれやで聞きそびれていた母親の過去について聞くと、あっさり教えて貰えた。
箇条書きにすると以下の様な事らしい。
・平民として生まれ、努力して騎士になった。
・ウル周辺を領地として管轄する伯爵家に護衛として引き抜かれ、そこの騎士となる。
・最終的には子息の護衛になった。一応騎士爵を持っていた為、苗字がある。
・その伯爵は新しい領主によって罪を着せられ、滅ぼされた。
・ご子息はそのまま引き離され、王都で暮らしていると聞いている。
・新しい領主になった後、魔物が大群でウルに押し寄せたが、
撃退した時に怪我をして引退し、その際に武功が著しかった者だけが貰える名誉騎士爵を承った。
(この国では騎士爵は引退すると名乗れないが、名誉騎士爵は引退しても一代限り名乗れる。)
・名誉騎士爵として、一応今までウルで顔が利いていた。
・魔物を撃退する時に、たまたま来ていたモンペル村のドラコさんと一緒に戦った。
その際にウィルも助けた。(どうやらその時に惚れられた様だ。)
・ドラコさんの好意でこの村に家を用意して貰って暮らしていた。
・ウィルは自分を鍛え、カロに勝って(負けてもらって)プロポーズした。
母親の半生のような話は女の子のそれというより、夢に胸膨らます少年漫画の主人公の様な波乱に満ちたものだった。
聞いている間、カロは照れ臭そうにはにかみ、特に自分の活躍だとかは極端に省略して話された。
それと、ウィルは怪我で引退したカロリナにある程度加減してもらっていたことに気づいており、
それを好意だと思い込んでプロポーズしたらしい。
だが、養う為にもと、ウィルはその後も励み、全盛時代のカロでも敵わない位までになったという。
最初、そのプロポーズの話の下りでぷっ、と噴き出したが、その後があったので良い話だ。
「ウィルはどんな魔法を使うんですか?」
カマを掛けてみた。
魔法が使えるというネタは上がっている。
こんなに魔法を使える兄弟がいる家、この村中探しても他に無い。
魔法の素質が劣性遺伝と同様に遺伝する事は本で予習済みだ。
両方が魔法使いでも無ければ、10人産んでも一人がせいぜいだろう。
「魔力は少ないけど、とても変わった魔法が使えるわ。 だけど、魔法は私の方が得意ね。
あの人は武器に魔力を通すのよ。
魔法とは言わないかもしれないけど、同じようなことが出来るのよ。」
ほほう、と顎をさすりながら考えてみる。
武器に纏わせた魔力……飛ばすことも出来るのだろうか?
それと、投げナイフとかにも属性付与的な魔法効果を付与したり?
「ウィルが魔法を使えないフリしてるのはわざとよ。
此処ぞという時に使う一撃は意表を突くわ。 私もそれでやられちゃったのよ。」
「格闘技で言う間合いの重要さが解れば、その意味は解りますよ。
外れた間合いから以外なタイミングで飛び道具、それがぶつかるタイミングで2撃3撃いれられたら魔法でも受けきれないって話は想像できます。」
「それね。
本当に使い方が面白いのよ。
あんな人は初めて会ったわ。」
と、ノロけ始めたので変顔しながらそっと離れた。
ウィルを弄る良いネタを拾ったとほくそ笑む。
魔法についても今度本人に聞いてみようと、水を飲んでまたカロの下に戻る。
カロの目の前の花瓶の華が風を受け、くるりと向きを変えながらひと時を彩る。
「革命って、今頃どうなってると思いますか?」
「王都と言ってたわね、魔道具屋の店主。 国の中央部からゆっくりと専横していっているようね。
貴族を潰している様に見えるわ。」
「実は知識階層を潰しているとしたら? 知識を持っている人間を片っ端から殺すような専横。」
「どうしてそう思うの?」
「魔道具屋は貴族には見えませんでした。
それと、こういう本があるんです。」
『詩編五巻』を開いて見せる。
最初に、最後のページを見せた。
細まる目付きに、息を呑む音が聞こえる。
「これは、あのベースにありました。
大人たちに見せることが出来なかったのは、
村が割れる可能性が有ったからです。」
革命と、大粛清のあたりを説明しながら一緒に読んだ。
その後、将軍の暗殺に関わる部位を、重要なつながりの部分が判るように順番を考えて読ませる。
日付順に書かれているので、それぞれの事実を順番に読んでると説明が難しい。
贅肉だらけの文章になるのだ。
贅肉を取り除いて説明しないと時間がいくらでもかかる。
読み進めるうちに、カロリナから全身が強張る気配を感じた。
長い息を吐いて続ける。
「……拾ったのは貴方なんだから、気にする必要は無いわ。 何処で拾ったの?」
「ここの崖です。上から見えなくなってる崖でした。 こうなってる崖です。」
手で崖の垂直以上の角度と湾曲を表現し、地図を書いた木札を見せる。
「馬車の残骸が落ちていたというのは前に話した通りです。」
※ 地図
崖の山道の事を知るカロは、成る程と頷き、次第に納得顔になっていく。
「あの崖の道から落ちた馬車に載ってたのね。
あの道はカラベルっていう他の国にも繋がっているから、時々国関係の人も通るのよ。
少し読むわ。 ベースにあった本はそういう事なのね。」
うなずき、
「他の大人に話すなら話す前に、絶対に僕に相談してください。」
「それは問題ないわ。 差し当たって話す気はないわ。 ただ、備えは考えるべきね。」
頷いてその場を離れた。
その日はそれ以上は話さなかった。
カロは熱心に読んでいた。
強張った気配は少しずつほぐれていた。
もう少し、早く話すべきだった。
ウルの師団長、助けられたかもしれなかった。
これは、俺が背負わなくてはならないだろうか。
罪ではない……が、業ではある。
次はもっと上手くやろうと毎回そう思ってこんなだ。
夜の帳の中で、さっきまでのカロにカマを掛けるような余裕が嘘だったかのように、心は深く深く沈んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇
今、俺たちは山に向かっている。
地図の中の現在地は未だ判らない。
――高所から見渡して地図と照らし合わせてみる。
と、言うことでダメでもともと行ってみるという単純な発想だ。
下から見上げると、木々で視界が遮られ、周囲が遠くまで見渡せるか微妙では有が、行ける所まで行って戻れば良いだろう。
駄目でも無駄に疲れて帰ってくるだけだ。
実は本屋で買った『辺境の旅』の本で、王都への順路はなんとか判った。
ウルから南東に、とにかく南東に進み、『王都へ』と書いてある乗合馬車で行ける様だ。
乗合馬車で1.5か月くらい掛かるらしい。
そりゃあそうそういう『王都行き』の乗合馬車があるなら単純にそれに乗れば行けるだろう。
だが、革命後も走っているのだろうか? という不安もある。
と、言いつつ、今更王都に行くことを急ぐ理由も微妙になっている。
今、王都に行くべきだろうか?
革命に変に巻き込まれて殺されないか心配だ。
それよりも、ウルの書店で色々と情報を集めた方が現実的だろう。
特に革命の状況もわからないまま現状の王都に行くには、俺は王都に関して無知すぎる。 危険だ。
そんなこんなを考えつつ。
このところ、ベースを中心に、だいぶ行動半径が広がった。
木の板に地図を纏め始めている。
村、崖、ベース、ウル、それとカロに地図を見せたりしながら大人たちから聞いた情報。
図にして聞いたりしていくと、だんだんと情報が集まってきた。
ただ、どうも村の人から聞く地形の情報はかなりいい加減で、「あっちの方」「鹿の出る方」「靄がよく出る所」などと地形を掴むには全く精度が足りない情報ばかりが集まる。
カロも護衛時代、騎士時代を通しても大体の地形を知る事は合っても、地図のレベルの情報までは明るくなかった。
(感覚的に「大体解っている」と言う感じで、縮尺等迄正確な情報は持っていなかった。
結局、聞いた事は有っても行った事は無い場所の方向と、「何日掛かる」的な距離感以上の特定は出来なかった。)
『辺境の旅』でも知っていたが、俺たちのモンペル村は国の王都から北西のはずれにある訳だ。
商隊の様な占有馬車隊でも4週間も掛るらしい。
一般的に馬車は"60km/日"程進めると言われる。
それを28日で計算すると、王都まで約1600km~1700kmといったところか。
実際に行くとなると考えなくてはならない馬の飼料。
一日に約10kg程食べ、更に水も30L程飲むという。
それと、基本的に動物は微量ながら塩を要する。
塩も一掴み位は必要だろう。
因みに、馬に飼料を引かせて旅をするのは3~4日が限度らしい。
途中の経路で補給できないと詰む。
道を間違えると死ぬ場合もあるという。
まあ、でも、馬は草食。
草原と川に沿って行けば宿場が無くても「道草」を食わせる事で何とかなる。
此処まで現実的な旅程の計画をイメージして思う。
余程大事な用でも無いなら王都など絶対行きたいと思わない。
――行くなら強いモチベーションが必要だなぁ。
しかし、俺には用というか、「因縁」的な縁があるようにも感じる。
『詩編5巻』。
正直行かないでも問題は無いかもしれない。
――しかし、知らないでは済まされない状況だったら?
そう思うと、放置するより覚悟して行ってみるべきだと思ってしまう。
せっかくの人生なのだ。
一度くらい見るのもバチは当たらないと思わないかい?
前世のかの国でも、革命の後の反乱予防だとか何とか、「文化大革命」だとかいう悪名高い虐殺をやらかした。
全てを国有化する共産主義という仕組み上、貴族との衝突は避けられないと容易に想像できる。
誰が統治者だったとしても政権の安定の為に地盤固めをする必要がある。
つまり、反抗しそうな勢力……
有力都市周辺の貴族残党等を徹底して監視するか……
それとも手なずけて自分の手下として使うか……殺すだろう。
俺たちは貴族ではない、目を付けられない様にするが…… どうだろう?
前世を思い出しても、北朝鮮、ミャンマー、カンボジア…… どこの虐殺も民衆にまで及んでいる。
火の粉が飛んで来た時に、既に対応手段が奪われていたらどうする?
刀狩りされた後に虐殺が始まったら、民衆はどう立ち上がれば良いというのだろうか?
幸いな事に何が起きているのか知る事が出来たのだ。
何が起きても行動を起こせるよう、地形を把握し、何処に何があるのか、何処で何が出来るのか知っておきたい。
逃げる先があるならそこを整備しておけば大分選択肢も広がるだろう。
◆ ◇ ◆ ◇
山の麓から頂上を見上げる。
そこまで大きくない様だったが。
これがなんという山か分かれば地図の位置が大体特定できるのだが。
登っても特定できるか微妙だ。
もしもこの山が地図に書いてある「ポンプテ山」だった場合、頂上から騎馬民族の国が見れるはずなのだ。
他の山だった場合二重で山脈が連なっており、向こう側が見えず、「山脈群のどれか」くらいの絞り込みしかできない。
だが、それでも大体イケる。
その時は東西に動き、ポンプテ山を探せば良い。
あの『辺境の旅』でおおまかな帝国の位置関係やモンペル村の位置が絞り込めてきているのだ。
俺の望みを言えば、出来るだけ海に近い位置にあってほしいのだが……
海が有れば大分選択肢が広がる。
場合によっては船で逃げるという手も無きにしも非ずだ。
望みは薄いが、まず知る事だ。
とりあえず上る。
今回2泊3日での行程で予定している。
念の為4日分の食料を持ってきたが、この山には人の手があまり入っていない。
食料の現地調達……木の実や小川の魚、山菜が期待できる。
見渡すだけでも山菜が大分見つけられた。
上の方からかワイバーンのような飛竜が見ている。
戦うことになるだろうか?
一応全員短槍を持ってきている。 杖代わりにもなることを期待して持ってきておいた。
ワイバーンが来たら、火玉と油壷で応戦するか、できるようであれば捕獲する。
つがいを確保して卵を得られれば、ワイバーンに乗れるようになるらしい。
今俺たちを見ている目付きを見る限りでは、そんなことできそうには見えない。
命知らずも居たものである。
さて、どんどん上る。
ポンプテ山は標高1200mくらいだと地図上ではなっている。
全く違う山だったらもっと高かったりするだろうが、山脈状に連なる高地を見上げ、目算した限りでは「遠からず」の標高に見える。
カロが言うには「あんまり高い山だと高すぎて頂上にワイバーンは生息していない」だろうとのこと。
中腹に居るなら他の山の可能性が高いが、頂上ならポンプテ山で間違いなさそうだ。
下から見える範囲では頂上に居るように見えるのだが、断言迄はできない。
それと、ポンプテ山だった場合、我がモンペル村は相当海から遠い。
腹をくくる必要があり、だいぶ長期プランを厳しく考える必要が出る。
場合によっては何としてでも騎馬民族と友好的に交流する必要も出てくる。
その関係を築くのは命がけになる可能性も低くない。
船なり騎馬民族が喜ぶような特産物なり……モンペル村の場所が何処なのかにより、準備するものが大きく変わってくるのだ。
その為、位置特定の精度が必要ということなのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
あの水瓶、買っといてよかった。
ニールス、ペーター、フィン、デニス、エストリックで隊列を組んでいる。
いざという時の為にカロリナも同行している。
カロリナは弓と短剣、細剣を装備していた。
矢筒に高級そうな矢と手作りの矢が半分づつ入っている。
魔法の腰袋には、食料と水瓶、手作りの薬を入れて運んでくれているのはとても助かる。
更にカロリナは闇属性と水属性持ちで、水属性の回復魔法も使えるそうだ。
心強い。
◆ ◇ ◆ ◇
…
……
山の中腹、標高700m程のところで小休止を取る。
もう夕方だ。
数時間前に山菜と木の実で昼食を取ったが中々の量だった。
食料は保存食だけ少量を持ってきていたが、あまり手を付ける必要はなさそうだ。
山菜だけでなく、獲物も取れているのが、野営食を楽しみにする。
ひとまず鍋に出汁を作り始め、捌かれていく獲物を待つ。
鍋に味噌のようなペースト状の調味料を溶かし、ぶつ切りにした芋類に山菜、肉を入れる。
するとホコホコになった芋に出汁が染みて、肉とスープの塩味ととても良く合う。
この鍋は何度か食べたことが有るのだが、栄養や味だけでなく、体がぽかぽかに温まるのもこの山の野営に最適だろう。
「うさぎ2匹、狼5匹。 野営は火を絶やさないようにしましょう。
後で小川で手を洗って体を拭きましょうか。 暗くならない様に早く食事にしましょう。」
デニスとニールス、エストリックが手早くうさぎと狼を捌く。
取った直後に血抜きをしたが、内臓や血を小川の畔に小さな水溜りを掘ってそこに流す。
野営地の近くに血を撒き散らしては、獣が寄り付きすぎると危険だ。
血が付いた場所には入念に土を掛け、その上で火を軽く燃やす。
こういう時に針葉樹の葉や枝は良い香り付けになる。
この山は、見る限りそれほど動物がいる訳ではない。
この山はワイバーンも居るし、この辺境の地には森林が沢山ある。
そちらの方が余程獣が出る。
木の実の恵みが豊かでワイバーンという脅威も居ないからだと思われる。
それでもそこそこ獣が狩れる訳だが。
そうこうしている内に鍋からは良い香りが漂い始め、皆も持ってきた皿や箸、フォーク、ナイフを手元に広げる。
鍋の中の山菜達はバリエーション豊かな歯ごたえと香気で、山の幸の豊かさに深みと彩りを添える。
シャキシャキとした歯応えの後にキョリキョリ、コリコリと肉の合間に不意に来る軟骨、蕨のような柔らかな山菜の茎独特の食感は、噛む度のサプライズと次の歯応えの楽しみで俺達の労を楽しく労う。
スープからすくい上げるほこほこの芋に顔は綻び、噛む口からも湯気が立ち上っていく。
腹八分目と思いつつも、焼き焦がしたうさぎの皮目の香ばしさに、もう一口もう一口と食べすぎてしまった。
体はもうぽかぽかに温かい。
「フランが居たら即席で机ができるのになぁ。」
大工の見習いのエストリックが残念そうに言う。
キャンプの道具も色々作ってくれていて、今回も小さな持ち運びの椅子をマジックバッグに入れて持ってきている。
確かに野営に土属性の魔法は便利そうだ。
「女の子に山登りはきついんですよ。 男と違って野外に抵抗があるもんでしょう。」
体を拭くにも人里に居る時から比べると雲泥の制約がある。
特に女の子は肌を見せないように色々と気を遣うのだ。
「そういうのは私の前で言わないでよねぇ~。 頑張って先導しに来てあげてるんだから。」
と、女扱いされていない事に不満なのか、カロが笑いながらジト目で突っ込む。
皆狩りの際のカロの弓や諸々の実力を目の当たりにし、畏怖の念と敬意を覚えたのは明らかだ。
いいえ、カロリナさん、僕たちは貴方の親衛隊です、と言わんばかりの尊敬の目線でフィンは母さんの腕を取って細腕を揉み始め、察したエストリックもサッと動いてカロの肩を揉み始めている。
俺とデニスは足を揉むと、悪くないわね、と一言良うとニンマリとしながら目を瞑る。
どうやら機嫌は直ったようで雰囲気も明るむ。
「ここのワイバーンは少し大きいわね。 皆も明日は気を付けましょうね。」
と言いながら、鼻歌交じりに足取り軽く小川に歩いて行った。
水場で体を拭く、とのこと。
少し心配しつつ、今居る拠点は小川から走って数秒のかなり近い位置なので問題は無いだろう。
皆、焚き火で暖を取りつつ見送った。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。
誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)




