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崖の下への冒険 ― 2

 思いがけず、2頭の大型のイノシシを獲ってしまった。

 育ち盛りの僕ら、みなホクホク顔で盛り上がった。


 ただ……


「どうする? デカいし、重いぞ?」


 デニスが皆を見回す。


「ニールス先生、先生が一人で頑張って担いでとか無理ですか?!」


 冗談ぽくデニスがボケたが、ニールスも流石に冗談に応える余裕は無いらしい。

 無言でげんこつでポカリとやられた。


「行きもまだもうちょっとあるんだぞ?」


 ニールスの現実的で冷静な意見に、緩んだ空気も少し引き締まる。

 さっきの「鹿を追って来た~~……」の下りのやり取りを思い出す。

 普通に考えてニールスがこの反応なら、誰もこのイノシシの巨体を運ぶ余裕など考えようも無い。


 この間買った魔道具の鞄や袋は、大人用だ。

 腰紐に付けると引きずるので、持ってこなかったのだ。

 ヨハン君が持っていた子供用サイズも今度聞いてみようと思いつつ、深い後悔に沈む。


「まずは、血抜きでもしときますか。 それから考えよう。」


 と、デニスが持ち掛け、皆が同意する。

 血が抜けても大して軽くなる訳ではないが、それとは別の話として、「獣を獲ったら早く血抜きをした方が肉が美味しい。」という事情もある。

 熊の魔物の時に色々な大人に聞いたのだ。


「じゃあ、首の血管を切って、逆さまにして木に吊るして暫く放置ですね。」


 と、縄を取り出し皆でよいしょよいしょと作業を進める。

 草原の端の大木の枝に縄を掛け、反対側から皆で引き上げ幹に立て掛けるように引き上げる。

 戦闘に続いての作業に、皆汗だくだ。


 しかしながら、運ぶとなると本当に重い。

 血抜きをする時点で逆さまに吊るすのも辛い。

 2体とも100kg超クラスだ。


「今の辺りって、馬車の所迄あとどれくらい距離ありますか?」

「うーん、大体で、あと1/4刻位だなぁ。」


 1刻が3時間なのだ。

 45分といったところだろう。


 ――子供の足で45分程となると、だいたい1.5kmか。


 残りだいたい1.5km……思案どころだ。

 もう3/4程来ているらしい。

 今は昼過ぎだ。


 馬車の辺りで半刻~1刻位過ごすとして、帰りの道中なら夕方前位にここを通り掛かる。

 その間位なら此処に吊るしたまま放っておけないだろうか?


 ――イノシシ肉をこれから1.5kmも持ち歩くのは絶対に避けたい。


 ここ迄来たのに、一旦ベースに戻るにも微妙な時間だ。


「帰り道にここで食おうか。」


 ニールスとペーターが何気ない感じで話している。

 この間のベースで3人でやった焚火が頭に過る。


「いいですねぇ。 そうしません?」

「ああ、それが良い。 塩、持って来れば良かったなぁ。」

「少しなら持ってきてるぞ。」


 と、皆口々に同意を口にした。

 という事で、イノシシは内臓を抜いて弦で縛り、草原に隣接した林の木に吊るしていく。

 魔物から逃げられるように草原の真ん中を突っ切る様に進路を取っている。


 草原側から見える場所にすることで、夕方の魔物や危険な獣を回避する狙いだ。

 この肉を守るための人員を置いていくという、戦力を分散は避ける判断をした。

 獣が寄らぬよう、血と内臓は深めに埋め、その上で焚き火をして煙で匂いを誤魔化す。


 帰りに見て、狼などがたかっていたらその時は諦めよう。

 小腹が減ったとき用に前足一本だけ背負って持っていく。

 帰りに引きずれるように、板と紐などが有ったら馬車から剥ぎ取って持ってこよう。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 どんどん歩いて昼過ぎの小腹が減る頃。

 崖の下は木陰からの風が吹いて涼しい。

 近くから石清水が湧きだしている音が聞こえた。


 崖の下は思ったよりも切り立った絶壁で、崖の上からは下が見れないようになっている。

 つまり、傾斜角が若干90度を超えている。

 馬車の金具は錆び切って木材も虫に食われて朽ちていた。

 もう3年近く前なのだ、こうもなろう。


 ボロボロの幌、バリバリと捲り上げて馬車の中に入る。


 一つだけペーパーナイフが残っており、それには見た事の無い紋章が入っている。


 ――変わった紋章だ、拾っていこう。


 若干色は変わっているが、錆びてはいない。 高級品か?


「少しだけですけど、文書らしきものが残ってますね。」


 馬車の中には羊皮紙が数枚散らばっており、外国の言葉のものも見受けられた。

 その中の一枚に、ウルの通行証があり、ウルを抜けてきたのだと判る。


「この馬車に乗ってた人、持ってた地図だけ古かったのかな?」


 しゃがみ、持ってきた「ここで拾った地図」を広げる。


 水筒から水を出して飲み、頭を働かせる。

 地図にはウルと書いてある目印は載っていない。

 ウルと書いてなかっただけで、赤い目印の中のどれかがウルだったりするのだろうか?


 暫く頭を悩ませながら考えたが、崖の曲線からはこの場所がどこなのか特定することはできなかった。

 そもそも子供の行動範囲で崖の似たような形の曲線を特定するのは無理がある。

 今日のことろは、諦めるしかないのか…… と、膝をさすりながら立ち上がる。


「ちょっと見せて。」


 と、ニールスとペーター、デニスも言って来たので渡して説明する。


「今いる場所がこの地図のなかの何処に当たるのか解らないんですよね。

 多分、この赤いマークのどれかが何かの目印とか、ウルの街を差してるんだと思うんですが。」


 言い残して今度は馬車の中を色々探る。

 馬車の御者席の辺り。


 ――なんか、この辺とかに文書とか隠しそう……


 普通に考えて、大抵御者席の辺りだと思う。

 その辺りの比較的無事そうな板をベリベリと剥がしてみる。


 ……すると、見つけてしまった。

 隠してあった手紙だ。

 見ると、蝋で封等に封がしてあり、蝋封の紋章はペーパーナイフの紋章と同じだ。


 少し興奮しながら見つめる。

 もう3年も経っている。

 急いでも意味は無いのだ。


 後で焚火の最中にでもゆっくりと開いてみよう。



 ◆ ◇ ◆ ◇



「目ぼしいものはもう持って行ってあるからな。」


 ニールスが言った。

 本当に感謝だ。

 報酬に蜂蜜酒一生飲み放題でも安いかもしれない。


「焼き肉にしましょう!」


 外した朽ち果てた虫食いの板を燃やして焼き肉を始めた。

 ポンポンと肩を叩きながら、ペーターが俺に話しかけてくる。


「ヴェルも魔法が上手くなったよね、風で刃を作れるようになったのは驚いたよ。 うん。」

「いやいやいや、必死でしたよ。 イノシシがこっちに向かって来た時は本当に死ぬかと!」


 余裕無く「ひぃっ」とか言ってたのを思い出す。

 いや必死だった訳で。

 非力な一番年下なのだし仕方ないとも言えるが。


 ――本当に、イノシシに殺されてもおかしくない程俺は弱いんだなぁ。


 しんみりしながら火を囲んだ。


 肉に会話も弾む。

 ニールスが常備して持ち歩いていた塩で、簡単に味付けをして食べる。

 焚火の脇で手紙を開く。


 ……その内容は、切実でリアルだった。

 覚悟と悲しみを真っ向から突き付けられるような内容だった。

 蝋封にはペーパーナイフと同じ紋章から、どうも高貴な人の物の様だ。


 『これが読まれるという事は、私は恐らく死んだことだろう。

  遺書として(したた)める。


  この内容を我が妻に伝えてほしい。


 1. 俺に庶子は居ない。 借金もない。―

 2. 本家の相続に関しては争うな。 放棄しろ。―

 3. 南アガスタ地方に別荘がある、そこで再婚でもして幸せになってほしい。―

 4. 諜報部員が訪ねてきたら、エズネス帝国の王都の図書館に行けと言え。―

 5. 俺の全ての財産の権利を与える、自由にしてほしい。 幸せになれ。―

 -- ドラクスラー・ビショップ 』


 書かれた項目一つ一つに勝手に追記されないよう、末尾に横線が引いてある。


 ……3年。


 この間に適切に処理されているだろうか?

 何であろうと俺にとって間接的な恩人でもある。

 本を与えてくれた。


 動けず申し訳ない、と心の中で祈る。

 せめて今の場所が地図の印に残っていれば……

 王都迄の道なんかも書いて有れば……


 何故だか判らないが、切実な文面に心が共鳴する。

 いや、この文面を見たら、理由は要らないかも知れない。

 命まで懸けようとは思わないが、なにか出来ないだろうかと思う。


 まだ確定してはいないが、虐殺が起こる可能性は決して低くない。

 俺達は九死に一生を得る為の、細い細い糸を辿っている可能性は高いのだ。


 此処にあった書物が無かったら、世の異変に気付く事も無くただ殺される事になったかもしれないのだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 暫く肉を楽しみ、石清水を飲み、顔を洗い、そして木陰で少し休んだ。

 ちょっとした遠足気分になってきている。

 食後の緩んだ気持ちをキリリと引き締め、帰路に就いたのはやや日が傾いた頃だった。


 血抜きしておいたイノシシを拾い、帰途の途中――


 思いがけずフィンと合流した。

 BBQの煙を狼煙だと勘違いしたらしい。

 傍らには短剣で勇ましく武装したエニスと他の男の子2人も付いてきていた。


 他の男の子たちは二人ともナイフと木の棒を持ち、顔色が悪い。

 片方は涙ぐんでいる。

 ……強敵を覚悟して来たのかもしれない。


「紛らわしい! こっちは取る物も取らずに急いできたんだよ!」

「ごめんごめん、イノシシ2匹獲れてさ、助かるよ! 手伝ってくれ!」


 そうなのだ、イノシシを運ぶ手は欲しかったのだ。


 平謝りしつつ、意外な幸運にそれ程怒らないでくれるフィン。 

 なんとかイノシシの肉を持ち帰れそうだが、血抜きをした林の木の周りには不穏な空気が漂っていた。

 結果的にだが、フィン達が来てくれたのは明らかに僥倖だろう。


 ――もう少し遅かったらどうなっていたか分からない。


 それを考えても、フィンが来てくれて助かった。

 それを伝え、肉を渡してやると、


(ほか)ならぬ君だからすっ飛んできたんだ、何度でも飛んでいくよ。」


 と言っていた。


 声に乗る怒気に、心配掛けた事を申し訳なく思う。


 ――もっとうまくやらねば。


「ごめん……次は、俺が君を助けるよ。 来てくれて、本当に助かったよ。」


 涙ぐんで迄来てくれた子達にもお礼を言い、皆でイノシシを担いで村に帰る。

 フィンには肉を多めに渡そうと心に決めつつ、でも命懸けで取ったの俺達だよな?

 と、こまけぇ事を機にしつつ、複雑な分配の見当に頭を悩ませた。


 こんなに気を回して急いで駆けつけてくれた友情の方が大きな事なのだが、その価値に気付くのはずっと後だった。

こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。

できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。


誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)

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