ウルの少年
ゆっくりと通りに出ると、子供が大きな荷車を引いて此方に来る。
近づくにつれて子細の整った線に、ハンサムの標本と見まごうような出で立ちに戦慄する。
フィンと戦える貴公子型の新型に、110フィン%と見積もる。
目新しさにやや甘めの採点だが、フィンと比べて遜色ない事は間違いない。
上品な顔立ちに、短く切り揃えられた金髪に、少し冷たいナイフのような鋭さを孕んだ顔と出で立ちに、薄っすらと野性を感じさせる気骨が顔付に感じ取れる。
外見は相当にイケメンで、しかも手触りの良さそうな上等そうな服を着ているが、痩せてやつれているのが勿体ない。
元貴族の子息と言ったところか。
視線が交わり、一応、と、会釈する。
「買わないか? 荷車の商品は手に取ってくれて構わない。」
買わないか? の響きにネットで有名だったホモ漫画が頭を過り、ドキリと頬を冷たい汗が伝う。
やつれた少年は手に持った布に水をたらし、自分の手を拭いてから幕を取る。
扱いが丁寧で、大切な物の様に見える。
闇行商なのだろうか。 貴族子弟がこの様な行動を取る状況に、俺の頭も廻り始める。
普通に考えて、相当追い詰められていると考えられる。
平民を喋る家畜扱いしていた者達が、平民に買ってくれと頭を下げる……
人によっては発狂しかねない行為とも取れる訳で、生半可な事情でやる事とは思えない。
「食器類、道具類、金貨2枚でペアで一通り揃えよう。」
どことなく仕草は上品ながら、言葉の端々にかかる語気が少し偉そうに響く。
丁寧で、客に対する敬意も感じられるのでそれ程嫌な気はしないのだが……
しかし、200ディナールか。
蜂蜜酒と同じ値段でそれだけのものを売らないといけなくなっているのか。
どうも、貴族が使っているような品に見える。
物に触ろうとすると、スっと出てきて濡れた布を差し出してくる。
「手を拭いてから触ってくれ」、と察し、しっかりと手を拭いて、売り物の質感を触って確かめる。
試しに触ってみた食器から、すべすべとした心地よい触感が伝わり、今世で始めての感覚に思いが巡る。
光沢も、単純な白に見え、なんというかクリームの様な淡い甘みを色合いに感じる。
が、反面、食器を売る……その行為に、貴族だとしたら没落の末期を思わせる。
食器には良い頃の思い出が宿り易いからだ。
ひょっとっしたら魔導具なんかも扱ってるんじゃないか?
と、ダメ元で聞いてみる。
同情心で俺が買わなかったとしても、足元を見られて他に買い叩かれるのは目に見えてる。
「魔道具なんかが手に入ると嬉しいですが、どこかで手に入りませんかね?」
少年は少し考えながら言う。
「値段が一桁上がる……が、無いわけではない。 だが、その値段で買えるのか?
こちらも持って来てから何も買えない、無駄足でした、では困る。」
「値段、一桁上がる位なら買えなくもないです。」
「どのようなものを探している? すぐに手に入るものなら明日には用意できるだろう。」
「武具のような物と、沢山物が入る袋ですね。」
「武具は難しいが、袋か…… 何とかなる。
金貨はどれくらいある?」
値段は……カロに相談か。
こういう物の相場を知ってるとしたらカロしかいない。
事前に相談しとくんだった。
カロに小声で訊く。 交渉の現場で無知をさらけ出すのは愚の骨頂だ。
気付かれるだろうが、仕方ない。
その時はカロに交代して貰えば済む話だし。
「母さん、いくらくらいが相場です?」
「10倍縮尺のもので金貨10枚くらいかしらね。
5倍だと3枚、2倍だと大銀貨5枚、中身が入っても軽くていいわよ。」
後で聞いたのだが、この10倍だとかの単位は、内寸に対する倍率で、容積にすると3乗倍の差が出る。
10倍縮尺なら、鞄の見た目の1000倍の物が入るという事だそうだ。
金貨10枚ってことは、10倍の物で1000万円程の感覚か。
「助かります!」
カロと共に少年に向き合いながら話す。
「商品を見てからでいいですか? 此方は金貨20枚位は用意出来ます。」
「少ないな。 二つか三つで良いな?」
「どれくらい入るか見てから決めます。
それと、ものによりますが5倍位の物なら金貨2枚位出せるかと。」
「この荷車丸ごと入るのがある。 モノは安心しろ。」
なるほど、腐っても鯛のようだ。
「了解しました。 明日まで滞在する予定です。
それと、明日この場所で良いですか?」
「3の刻でどうだろう?」
地球の朝9時ごろにあたる。 3時間ごとに一刻だ。
明日はいつも通り、店を回る予定だったが、この街の変わり様、判らないことだらけだ。
――ウルがこんなに変わってしまっているとなると、買い物もし辛い。
今回は情報収集も含めて、色々と当たって砕けるしか無いかもしれない。
「母さん、お店の方も回る予定でしたけど、ヨハンの話も聞きたいです。」
「そうね。 明日も店での買い物もあるから明日の朝なら問題ないわ。」
カロも色の良い反応だ。
「問題ないです。」
ヨハンに応えると、カロもニコリと頷いた。
何とも言えず、欲しい物を強請るという状況とも言えないこの立場。
だけど、欲しい物は欲しいのだ。
子供に場を預けてくれることに感謝しつつ、色々と考える。
明日の事、街の事、今後の事……
村の荷物を積んだ馬車の方を見ると、ウィルが腰に手を当て、手持無沙汰に通りを見渡していた。
◆ ◇ ◆ ◇
さあ肉の時間だ! と、宿屋の下の食堂兼酒場に入る。
飯の話になった瞬間、ウィルの目付きがギン、とスイッチが入った。
さっきまでの手持ち無沙汰そうに死んだ目だったのが嘘のようだ。
子供もいる訳だ、早めに食べて上に上がった方が良いだろう、と、早めの宿だ。
今回の宿も1階が食堂、2階が宿。
活気に湧く食堂は注文の声と避けに酔う人々の喧騒で騒がしい。
街の衛兵達はここでは飲まないようで、少し安心する。
馬車を繋げるような馬小屋で馬を預けつつ村の馬たちを撫で、草を与える。
ブルルッと鳴いた馬の眼は、飼葉と馬用の飲み水の方に釘付けだ。
俺達もそろそろ、と、食堂に向かう。
「銀貨2枚でたらふく肉を!」
「父さんは酒は1杯だけですよ。」
待っていたとばかりに今回同行の育ちざかりの二人、フィンとペーターが目を輝かす。
あの熊のあともちょこちょこ獣を狩れたが、皆に行き渡るほど取れたわけでは無かった。
やはり肉は皆の大好物だ。
村で安定して食べれるのは鶏肉位な訳だし、ガツンと獣肉で晩餐と行きたい訳である。
肉の焼ける良い香りが充満する食堂で、朗らかな笑顔が広がっていく。
◆ ◇ ◆ ◇
翌日、3の刻に待ち合わせの場所には、既に少年が待っていた。
街の大通りだが、兵士などはあまり熱心に取り締まっていないように見える。
ただ、人は前の様に往来しておらず、殺伐とした空気が流れている。
以前の活気ある街並みとは雲泥の差だ。
「鞄だ。」
少年が馬車の幌と商品の上に書けていた布を取り去り、俺達に見せる。
真っ白い革の肩下げ鞄が一つと、腰帯に付けるような袋が二つ、たすき掛け鞄が二つ。
どれも中身が見えない様に上からかぶさる蓋が付いており、口は大きく開くように幡布と紐で巾着になっていた。
これなら激しい運動中も中身がぶちまけられる事も無さそうだ。
たすき掛け鞄が面白い形をしていた。
邪魔にならない様にペタっと、体に張り付くようになっている。
口もかなり大きい。
1mくらいあり、かなり大きな物の出し入れも問題ない物で、武器を入れるのに丁度良い。
中を見る。
広々と横に広がり、手を伸ばすと空間自体が手前に寄ってくるような感じがした。
「全部7倍程入る品だ。 逆に、それより下のものは手に入らなかった。」
なるほど。 やはり貴族なのだろう。
貴族家の紋章は入っていないものだったが、基本オーダーメイドであれば性能も揃えるか。
しかし、7倍という事は、容積にすると350倍近く入るという事のはず。
「生き物を入れても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。 一応なかなかの高品質のものだ。
市中では手に入らない。 一応、ポリステック製だ。」
中側についてるタグを見せてくれる。 ブランド品の様だ。
カロが横から少し綻んだ顔で口を出す。
「本物のようね。 最高級ブランドよ。 買いね。」
との事。
フィンとペーターは好奇心旺盛の目で見て、少年に手を拭いて触るように注意されている。
ドラコさんも商品を興味深げに見ている。
ベルト、ハンカチ、棒、オルゴール様な置物、食器等、綺麗に下敷きの布の上に並んでいる。
ウィルはやつれた顔の少年の健康が気になる様だ。
一人歩いていくと、馬車から保存食の包を何個か持ってきている。
この行動はとても格好いい。
こちらは此方で鞄の値段交渉だ。
7倍なら……一個金貨5枚位だろうか?
金貨4枚位で買えたら良いのではなかろうか?
「では、見せて戴いた鞄、全部戴きましょう。
金貨20枚でお願いします。」
キリっとした表情で言い切る。
ヨハンにしても妥当な範囲内のはずだ。
7倍ならこれでも安いだろう、カロを横目で見ると少し考えた後で、小さく数度頷いている。
ヨハン君は中空を見つめ、暫くして頷いた。
小刻みの交渉を覚悟していたが、このままで合意したようだ。
「では、金貨と交換だ。」
そこでふと少年一人での商売が心配になる。
用心棒無し、少年一人でこの大金、高級品を持ち帰るの大丈夫なのか?
しかも人攫いに狙われかねない出で立ちに、フィンを見やり、また少年に視線を戻す。
「用心棒の人なんかは居ないんですか?」
「……試してみるか? 護衛は居るぞ?」
と、不敵な笑みで返される。
俺はゾクリと空気が冷たくなるのを感じ、
「いや、良いです。 大金だし心配しただけですから。」
と、突如の微妙な空気を躱す様に言う。
騒ぎを起こしても誰も幸せにならない。
そのやり取りの横合いから、ウィルがヌっと出て来て保存食をヨハンに手渡す。
「うちの村の品だ。 何人家族だ? 人数分だけでも持っていかないか?」
「助かる、保存食なら皆も喜ぶだろう。 20食分欲しい。」
一瞬の緊張した空気が和らぎ、ゆったりとした空気に戻る。
俺は護衛の事が気になり、チラチラと周りを気にしながら周りを見回しながらやり取りを聞いていたのだが、ふと考える。
今回の村からの行商で、蜂蜜酒以外の商品は殆ど売ることが出来ていない。
食料品などはこのままでは大量の在庫を持ち帰る事になる。
なんなら、と、ドラコさんに急いで相談する。
この少年、困っているなら食料を持って行ってくれないかと。
お金は……鞄を安くしてもらった手前請求するのも微妙だ。
初対面という事でサービスする方が良い気がするのだ。
「ヨハンさん、お邪魔じゃなければ40食分程お付けしますけど?
食料、ひょっとして足りてないじゃないですか?」
「食料か……助かる。」
手渡すと、少年も腰袋を持っておりそれに食料を入れていた。
その腰袋も魔道具の袋の様で、流石な事に全部入る。
さて、40食分付けた理由だが、どうもこの少年とは付き合った方が良い気がするのだ。
高級品が安く買えるという点に目を付けるのは、彼の世間知らずに漬け込む様で気が引けるのだが、現時点で、彼も相場に明るくない事は明らかだ。
なら此方も好印象を持って貰うのは、今後活きてくる可能性があると思う。
売る側と買う側、お互いに学び合うのに良い相手に思え、此方としては相場より安く買う機会を得られ、そして、苦しい時の親切は心に残る。
40食程度なら村人に説明するにも誤差の範囲で理解を得られる自信がある。
いざとなったら村の奥様方に口添えして貰うという飛び道具もある。
それに、何となく俺はこの、ヨハン君に良い印象を抱いていた。
他の貴族家を尻目に商人としての行動を一人で起こす気概に、非凡さと「姿勢」を感じたのだ。
それと、今後貴族にしか知り得ない様な重要な情報等、色々な情報を聞けるかもしれない伝手は貴重だ。
「他にもまだ手に入りますか? 作っているところなどを教えて欲しいのですが。」
「魔道具はなぁ…… もう、手元にあるものしか売れなくなってしまった。
魔道具職人も他の国に行ってしまったし、魔道具屋も無くなっただろう?」
去年のやり取り、ブルジョワという言葉と革命の話。
魔道具屋は建物だけが残り、営業していなかった事は俺も見ている。
「なるほど、我々はモンペル村の者です、食料で何かあったら寄ってください。
何分田舎なので物々交換になりますが。」
「覚えておこう。 私はヨハン・フォン・クホンヴェルという者だ。
今は商人見習いをしている。
商会の仕入れで会うこともあるかもしれない。 今後とも、宜しく頼む。」
カロが蜂蜜酒を持って目配せした。
「それと、一つお付けします。 蜂蜜酒です。 ご家族と、どうぞ。」
これくらいおまけしても良いだろう。
良い取引だった。
「有難う、感謝する。 貴君の名は?」
「此方が母のカロリナです、私はヴェルナーと申します。 では、また会いましょう。」
勝手に付けたおまけについて何か言われるかと思ったが、皆、ヨハン君の持ってきた商品を見たり、商品の片隅に有ったオルゴールの音なんかに夢中で細かい事は言われない空気で話も進んでいく。
まあ、どうだろうと在庫を全部持ち帰っても仕方がない。
食料品も在庫を減らしたい気持ちは皆一緒だ。
行商に来る前に、村の共有小屋で事前に色々話していた範囲内に収まる分量だし、戻ってからも何とでもなるだろう。
最悪村人達に何か言われても俺が金を出せばいい。
これくらいの金額なら……と、思いながら、「良い顔する為に自腹なんて、商人失格じゃ?」と頭に浮かび、やっぱりお金を貰って売れば良かったかなぁ?
と、今更ながらに優柔不断な気持ちが顔を出す。
儲かってる商人がいろいろな所に寄付したり、孤児院にお金を出したりすることがあるが、皆どんな基準で判別しているのだろう?
やっぱり長い目で見て利に繋がる様にやっているのだと思う。
今回のはまだ分からないが、それと同様の判断だと思う事にした。
ヨハンを見ると、「カロリナ……」と、名前を聞いてから暫く、何かを考えている様だった。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら
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