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ウルの異変 ― 1

 ミツバチの飼育を本格的に始めた。

 去年までの試作巣箱が軌道に乗ったのだ。

 四角い箱に縦に差し込む引き出しのような板を入れ、ミツバチの誘引を行うのが主な作業だ。


 箱の中の板に森で取ってきたミツバチの巣の欠片を張り付けたり、ユリの花を擦りつけたりして香りや蜜を付ける。

 その箱の中に捕まえた蜂を入れておくと勝手に巣を作り始めるのだ。

 それが誘引だ。


 巣の中では可愛らしく羽を動かし、空気を送ったり蜜を運ぶ蜂が動き、甘い香りを振り蒔いている。

 俺の頭の中では、ビーチパラソルの下で寝そべる金髪美女がオレンジジュースを呑みながら微笑んでいる。


 ほうほう、やっとるのぉ、やっとるのぉと言いながら働くミツバチ達を国会議員風の満面の笑顔で視察した。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 7歳になった。


 二回目のウルへの行商だ。

 今回は荷物に紛れさせて破けたテントを持ってきた。

 修理をお願いできないだろうか。


 ――前回、修理は出来ないと言われていた。

   禁止されている魔道具の為、危険と。


 それと、魔法が使えるフィン君とペーターも同行する様にという工作も実り、一緒に本屋で魔導書を選ぼうと思っている。

 今回は60個程の蜂蜜酒を売る予定だ――


 ――いや、予定だった。


 街に入ろうとすると、今回は受付の門で止められた。

 どうも顔パスはもう効かないらしい。

 まさかと思った。 嫌な予感がした。


 広場の方向からは活気も感じない。

 目的を訊かれ、「行商」と言うと、商品について聞かれる。

 工芸品、保存食、蜂蜜酒と答えると後ろからヒソヒソと小声で話す声が聞こえる。


 少し待つ。

 別室に通された。


「遠路ご苦労様です。」


 挨拶だが、なにやら剣呑だ。


「手短に済ませましょう。 商品を此方へ。」


 荷馬車の荷から、各種一つ二つ程づつ取り出す。

 前回はこんなこと微塵も無かった。

 他の行商達もやっていなかった事だ。


「馬鹿野郎、全部だ!」


 怒鳴り始める軍人風の男が出口前から大声を出す。

 ああそういうことねと、一人状況を理解した。


 ――接収(奪われる)される。


 1年の苦労を思い出し、気が気ではない。

 商品を預けた村人になんて言えば良い?


 俺は握る手のひらに、びっしりと汗をかいていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇



「責任者の方は? 此方は正式な手続きを踏んで行商に来ている。

 領主の方に確認させて戴けますか?」


 明らかに正規のものと思えない要求に、ドラコさんが言う。


「領主、グラスロア家の事だろうが、彼らと話すことはもう無い。

 新しく中央から来た代官が責任者になっている、聞いていないのか?」


 受付の担当兵士が一息に言う。

 村々を回っていもいないのに伝わっているとでも思っているのだろうか。


「木札は来ていない。 説明も受けた覚えがないな。 後日正式に説明に来てもらえるか?

 一応、俺が村長の息子だ。 今回は引き返した方が良いか?」


 ドラコさんは剣呑な空気を察したのか、一旦下手に出る。

 いきなり怒鳴られたり全部置いてけと言われたり、統治者が変わったとか。

 全部が全部門番が言っている事とは言え、事前説明も無しに受け入れられないことだ。


「そうだな。 だが商品は置いてけ。」


 カロが割り込んで話しに行く。


「ここの師団長、カール・フォン・グラドノーヴァ様はおられないか? 私は旧知の者だ。」


 カロが短剣を見せている。 なにやら綺麗な紋章が入っている。

 受付の担当者の眉がピクリと動く。


「師団長なら交代している。」

「荷の品の代金は全部となると金貨125枚程になる。」


 カロが続ける。

 代金、少し吹っ掛けているが、適正額だ。


「蜂蜜酒は如何程ある?」

「一個金貨2枚、60壺ある、他の保存食、工芸品全部で金貨5枚だ。」


 後ろの武官、出口の門に立ちふさがる武官が大声で怒鳴る。


「金貨40枚で全部置いてけないか? 俺に免じて。」

「お前に免じて今後どんな良い事がある?」


 ウィルが腰を低くして手を腰に回した。 何か準備しているのか?

 カロの返答に、武官が答える。


「そうだな、今後街で自由に行動できるように一筆書いてやろう。

 中隊長のギンガードだ。」

「蜂蜜酒だけでいいな?」


 三分の一の値段か。 俺は構わない。 それでも高くは売れているのだ。

 俺はカロに向かって小さく頷いた。


「50壺で勘弁してもらう。 これでも金貨60枚分まけている。

 しかもウチの商品は評判が良い。 試飲してから決めてくれ。」


 ぽんと一つ投げる。

 武官は飲みもしないうちに


「判った。 いいだろう。 モンペル村か。 旨かったらまた買ってやる。」


 受付の兵士が羊皮紙を持ってそいつの所に行き、サインを貰って戻ってくる。


「1年有効だ。 楽しんでいけ。」


 紙を受け取り、一応会釈する。

 気分良くは無いが、金貨の入った袋を受け取り街に入る。

 金貨はちゃんと数も入っていた。


 何から何まで一方的な物言いに腹が立つ。 が、今の俺には何も力が無い。

 この状況で兵士に囲まれても大人3人が困るだけだろう。

 残念だが堪えるしかない。


 でも、まあ、最悪荷物全部を奪われることだって考えられたわけだ。

 それに、あの武官の感じからすると、前師団長の名前を出したことで態度は軟化していた様だ。

 カロに、感謝だった。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 街に入ると懸念していたことが起きていた。


 ――魔道具屋がなくなっている。


 一応と思ってテントの破れたものを持ってきていたのだが……

 仕方なしに、肩を落とす。


「楽しみにしてたんですけどねぇ、はぁ。

 特にあのテントと組になっている魔道具群はコレクター心をくすぐるというか、価値を物以上に感じるというか、揃えてみたいという欲求が湧くんですよ、はぁ。」


 いつものペーターだ、平常運転だが、やはり昂揚している。

 あの門兵とのやりとりはまったくこの人のハートには影響を与えない。

 意外とこういう人がでかい事するんだろう。


 書店もガランとしていた。


 聞くと、貴族たちが突然買い物をしなくなったようだ。

 貴族しか買いに来れないような書店の店主は1年殆ど本が売れず青くなっている。

 ……粛清の足音がすぐ後ろまで迫っているのか。


「詩の本はどの辺にありますか? どこかで教わったりするようなところはありませんか?」


 この聞き方なら大丈夫だろう。 少し心配だが。

 ……子供だしブルジョワ扱い迄はされないと思いたい。


「詩ならここだね。 安くしとくよ。 3割くらい引けるよ。」

「有難う御座います、でももっと安く買いたいなぁ」


 と、返しつつ、横目に探す。 流石に『詩編』シリーズは無い様だ。

 店員に断り、パラパラと捲ってみる。


「日記風の詩が読みたいんですが……変わってますよね?

 やっぱりそういうのは無いですよね?」


 店員が、ん? という顔になった。

 心当たりはあるようだ。


「ちょっと待ってな……。」


 後ろでガサゴソ始める。

 じゃあこっちは自由に見て回るとしますか、と、本棚を巡る。

 流石1年殆ど売れなかったということで、在庫が前に来た時より良かったが、その分経営が厳しそうなのが空気から見て取れる。


 魔導書のあたりを見る。

『魔道詳解』

『魔道 中・上級』

 が見つかった。

 パラパラと捲る。


『魔道詳解』は古い書物の様で、魔法の応用術が書いてある。

 射出を早くする方法、威力、速度を変える方法、炸裂させる方法、軌道を変える、キャンセルする方法

  ……etc


『魔道 中・上級』は殆ど内容が魔道入門と被っていた。

 こっちは要らないだろう。

 店員さんに、『魔道詳解』の値段を聞く。


「それはところどころ間違ってるみたいで貴族のところから帰ってきたんだ。

 それでもいいなら金貨5枚でいいよ。」


「間違ってるなら困るなぁ、もっと安くしてくれないと、ねぇ。」

「確かに、魔法って結構練習するから方法に問題があるときついですね。」


 ペーターとフィンが良い感じに追い打ちをかける。


 ――ひょっとして掘り出し物?


 アレだ。

 貴族の技術力不足のせいで出来ないだけなのに、本のせいにされた的な。


 でもここは交渉の場だ。

 う~んと言いながらてをひらひらさせて気の無い振りをする。


「詩編はどうです? ありましたか?」


 と言いながら他の棚を見に行く。

 今度は格闘術とか、剣術とかの書物を漁る。

 見たところ殆どが物語風の題名の書店で、武術系の書籍は少ないようだ。


「もうちょっと探してみるよ。 ちょっと待っててね。」


 どうも必死なようだ。 あまり気を持たせるのも酷か。

 さっきの魔導書を値切って買う予定だっだけど、値切るのも可愛そうだなぁ。

 そう思いながら、母親に聞きながら武術書にあたりを付ける。

 ドラコさんも一緒だ。


 ウィルは本に興味は無いようで、周りをキョロキョロする大型動物の様に、馬車の番をしている。


「へぇ……槍の有名人の本があるわね。」


『槍と生きる』という名前の本がある。 パラっとすると、栞が挟んであった。

 線が引いてある。 古本か。 いや、この世界古本が普通なのかもしれない。


 『どのような武術にも守破離の段階を経、達人の域に達する。

  つまり、段階的な応用・発展を要する。

  自ら考えることなくして達人への道は無い。』


 とあった。

 お、と思う。

 前半の基本型のページ、中盤の応用例のページ、後半の読み物(達人評論と強敵との出会いを記した物語風の文章)のページ、3部構成となっている。


 ――後半の物語部分を読み、色々と工夫する事まで考えられているのか?


 だとしたらとても意味深い本だ。


 基本型の記述を見てみる。


 そこには基礎中の基礎、「突き、回し、払い」を愚直に繰り返すように強く言う文言に続き、それをどの様に使うのかの実践パートへ続く。

 それらの基本型を使いゆさぶり、相手を崩し、優位な状態や態勢を利用しつつ、崩された側の「振り戻しの心理」を振り子の様に利用し、相手の動作を制限していく……

 心理戦といった次元の、ハイレベルな戦いを想定した物だと直感する。


 ――全ての競技や格闘技は、一定以上のレベルになると心理戦要素が大きくなっていく。


 これは当たりだと直感した。 買いだろう。


「これも良さそうよ。」


『居合指南』。 居合、なかなか手が出ない武術の極意だ。


 相手に構えさせない。

 構えている相手の意表を突いて致命傷を与える、

 考えようによっては非常に有効、考えようによっては非常に卑怯な手法だ。


 しかし、本としては薄い。

 そりゃそうだろう。 居合は感性でやるものだと見ただけで思う。

 ドラコさんは、お、という顔の後、にこにこしている。


 ――なるほど、あの武器ならこの動きが活きるだろう。


「お二人とも詳しいですね。 その2冊も買いましょう。」


 魔道具屋も無くなった。

 買えるうちに買った方が良いと、俺の勘が言っていた。


 ふと目の端に一冊の度の本が入った。

『辺境の旅』ひょっとしてこの辺の地図も載っていないだろうか?

 捲る。すると、


 『王都から出発し、西の辺境を北から南へと巡る旅の記録』


 と書いてある。 ウルの事は書いてあるだろうか?


「この4冊で金貨5枚でダメですか?」


 10枚まで出せる。 どうだろうか。


「う~~ん……、6枚に大銀貨5枚でどうだろう。 これでも結構負けてるんだよ。

 5割以上引いてる。」


 流石に気の毒になった。


「じゃあ、言っていたような詩編があったら今度安く売ってください。

 金貨7枚でこの4冊買いましょう。」


 店員さんはほっとしたように


「ああ、前に見たことが有るんだよ、そういう詩編。

 確か有ったと思うんだけど、4年位前かな…… 探しとくよ。」


 古いものしかない様だが、一応お願いしておく。

 情報としてあまり期待できないが、ひょっとしたらというのがある。

 店員さんに礼を言って、本を受け取る。

 今の段階ではいい買い物をしたと思う。


 しかし、蜂蜜酒様様だ。

 あれが無かったら絶対にカロの許可は出なかっただろう。

 魔道書籍のあたりをしばらく見て回っていたペーターとフィンも戻ってきた。

 これはというのが有ったか聞くと内容が被っているものばかりだったとのこと。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 しかし、市は立っていないが家具が壊れたりした場合どうするんだろう?

 社会主義国(共産主義の出来損ないを社会主義と言う)のキューバの農家が海外ドラマにちらっと出てきていたのを思い出す。


 殆ど自分でなんでも修理するしかなくて、

 自動車のギアが壊れたのも有り合わせの故障車と「ニコイチ(2台を1台に集成)して」修理していた。


 つまり、商業ベースでは新品の工業生産物は何も手に入らない様である事が伺えた。

 実際にキューバの道路を走っていた車は100年前の型式の旧車ばかりである事は世界的にもかなり有名だった。


 ――これ程産業的に遅れた状態であるにもかかわらず

   キューバは、数ある共産主義国の中でも成功した方とされている。


 それでもこんなもんなのだ。


 他の共産主義国の事例等、推して知るべしであろう。

 共産主義の「成功例」は、社会全体を見渡しても皆無であるととあるジャーナリストも言っていた。


 それが、共産主義の現実なのだ。


 記憶の中にある惨状に、この国の行く末を想う。

 あと何年このような自由商業時代の残り香がある状況が続くだろうか?


 とりあえず小さな拳をぐっと握ってみる。

 この先に有るであろう、虐殺や文化大破壊の歴史上の惨事が想定される。

 前述したとおり、共産主義国ではその体制の維持に、この様な悲惨な出来事が必ずと言って良い程付いて回る。


「今、既にこんなに世の中が不安定になってきているんだ。

 何時虐殺なんかが起こるとも限らない……力を蓄えなくては……。」


 意思を新たに、今後の革命政府の動静を観察していかなくてはならない強烈な不安に、小さな体で慄いた。

こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。

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