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肩代わりをスタンドプレーと言う社長

 場所は、俺が務める会社。

 しがないシステム会社のトイレ……だと思う。 ひんやりとした便器の感触。


 目の前にあるのは撓んだ線の長方形に溜まる透明な水。

 ホーローの白、微かに感じる、トイレ用洗剤の金木犀の香……


「ムグぅぅぅううぅぅ! ……ウグ…グオオ! ……グググウウゥゥ!」


 酷い話だ。


 人一倍残業した。

 プロジェクトも救った。

 顧客からはどう評価されていたのだろう?


 そこまで顧客評価が悪かったら言うべきだろうし、場合によっては異動させるべきだろう。

 

 俺の頭は洋式便器の便座の下にあった。

 あの"C"の、「途切れ」、の辺りに俺の首が嵌り、横には動けない。


 ――口にはガムテープと思しきテープが貼られている……


 蓋の上から男が足で踏んでいる。

 時々聞こえる声から、恐らく社長だろう。

 100kg近いと思われる巨漢の社長……、踏みつける足に手加減をしている感じは無い。


 息も出来ない―― 心が砕けそうだ。


「おまえこんなことしてどうするつもりだったんだぁ? スタンドプレーするなと言ってただろう。」


 上からくぐもった声が聞こえる。


 ――だが、口調が変だ…… 声の感じも、なにやらいつもと違う……


 いつもの厳かな威厳の様なものが感じられない。

 声も異常な程、無機質に感じる……


 拭い去れない違和感。 しかし、二面性のある人だった事も思い出す……

 それでも説明がつくとは思えない、別人の様に感じる雰囲気。


 ガシガシと足で踏みつけられている。

 踏みつける合間にぶつぶつと何やら声が聞こえる。


 ――映画のCIA高官の様な「他人に対する深い侮蔑」が含まれた声色に聞こえる。


 ぶつぶつ言う声は言葉じゃなさそうにも聞こえるが、言葉にも聞こえる。

 人を見下す響き…… 言葉だとしても、失礼な事を言っているのは判る……


 不思議な響きの呟きに、背筋が冷たくなる……。


「フンッゥゥグン……ウウ……。」


 苦しい……涙が止めどなく流れている。

 ……そして……首が締まるのが判る。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 昨日のやり取りを振り返る。

 同じプロジェクトにリーダーとしてアサインされた先輩であるAさんは、

 はっきり言ってリーダータイプではなかった。


 工程や日程、作業指示等を率先して出す事は無く、

 誰かが肩代わりする場面が目立っていた。

 というか、一度も率先するような動きをすることは無かった。


 誰かがやらなくてはならない。

 しゃしゃりたくなかったが、

 顧客への迷惑を考える必要がある場面だった。


 試作の計画を手書きで持って行った。

 会議をするにも予想される問題の対策案や、仮の計画が無くては話が進まない。


 気づくと俺が中心になって計画の素案が纏められていく――

 リーダー役のはずの先輩は発言するでもなく、

 気分の良し悪しも表に出すことなくその日の作業を終え、帰宅したようだった。


 俺は残業し、

 顧客に言われた調整事項等を詰め、

 その対応案のメリットデメリットを纏めたり社内調整の為の相談メールを各所へ送り、


 終電で帰宅した。


 それだけだった。


 昨日までは普通だったのだ。


 会社へ呼び出され、会議室でお茶を飲み、意識を失い、気付くとこうなっていた。


 ――まさかとは思うが…… お茶に気絶するような薬でも仕込まれていた?



 …………



 ――もともと俺がスタンドプレーをするタイプじゃないことくらい判ってるだろうに。


 何回もスタンドプレーで問題を起こしてたなら判るが、そんなことは、これまで一度もなかった。


 この状況、訳が分からない。

 人違い?

 ありえないでもない。


 この社長、最近ボケなのか奇行が目立っているという噂を聞いた気がする。


 そもそもAさんが社長に適切な説明ができたと考えるのも……

 この社長なにか勘違いしてないか?


 社長に癇癪持ちは多いらしいが、勘違いでこれは迷惑だ。

 心が砕けそうだ。


 社長が足に一気に体重をかけ始めた。

 声も…… 出せない……


 ――首が……締まっていく……


 なんでだ?


 なんでAさんじゃなくて、俺なんだ? 悔し……い……

 違和感についても考えようと、同時に意識を保とうと手を握り、開きを繰り替えす……

 そんな努力空しく、……俺の意識は遠のいていく。





 …………



 ◆ ◇ ◆ ◇



 思い出したくない事を思い出し、無意識に手をグー、パ、グー、パ、……繰り返していた。


 ……


 時間が、その概念さえ否定するかのように、ゆったりと流れている。


 ――目が……開かない。


 ただ体が揺られている―― そんな時間が続いていた。


 時折くる一定間隔の振動や、咳払いの様な音、ポンポンと部屋の壁を叩かれている様な優しい音……

 そんな環境の変化が時折感じられるが、何の刺激も、意識を保つ理由も感じられない。


 ただゆったりと揺られている。


 時々お腹が空いた気になるが、いつの間にか満たされている……

 頭がぽぉ~っとしている。 やや暑いか。


 何も考える気が起きない。

 無気力に支配されている。

 ただ、揺られている。


 あんなに日常的に精神的に追い詰められていた気がするのに、不安も全く感じない。




 ……



 ふとした瞬間、頭が絞られるように圧迫感を感じ、命の危険? を本能的に感じる。

 訳が分からない。

 押し出される感じか?


 ――こういうの、急に始めちゃうわけ?なんだこれ?


 ググググ…デュボッ

 ……ググググ

 ズルズル…デュボッ


 ――何かをくぐっている?


 息が苦しい…… 

 意識が飛びそうになる。



 ……

 窒息死ってこんな感じなのだろうか?

 本当に、意識が飛びそうに……なる……


 きついな、

 内臓の全てが酸素を欲している。


 ……くそ、もがく。


 ――死んで……たまるか!


 バサロ泳法に近い恰好で腰から下をバタつかせる。

 必死だ。もう何も考えず、これだけをやる。


 ジュバジュバッ……

 デュボッ……

 デュボッ…デュデュボッ


 鼻の辺りがつっかかって……もう少し……!

 ……もう少し!


 なんだか頭の方向に突き抜けなくてはならない気がする。

 バサロに加えて頭をズボッと、「気を付け」の姿勢に突き出す。

 まだ突き抜ける感じはしない。


 もう一度……もっと強く……

 俺は叫びながら渾身の「気を付け!」をした。全身の筋肉をこれだけに集中する。


 ふんあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 ――と、三回目で、ふと、突然呼吸が楽になった。


 さっき迄水の中で叫ぶような直接体に返ってきていた叫びの反射も、最後のだけ遠い……。


 なんだか空間の様なものが広くなった感じがする。


 ――成功か……


 兎に角、外には出た様だ。

 あ、そう言えば、この間レンタル屋で借りたDVDも返さないとな。


 …………


 肺に冷たい外気があたる。

 大きな手に、次の瞬間温かいお湯の中をくぐらせられ、救い上げられる……なんだが為すがままだ。




 なんだろう、

 周囲は「ごはんですよ」と「淡水魚の死骸」のような匂いで満たされている。

 ああ、白いご飯が欲しい。

 空腹ではないが、この匂いは食欲をそそる。


 ん?

 周囲の音の反射が凄い、

 全身が膜に包まれているかの様な説明が難しい感覚で音を感じる。


 目を開けてみる。 ……周囲は蝋燭に照らされてる程度で薄暗い。

 部屋もなにか薄暗いのに、目に映る光は乱反射しているようにまぶしい。


 ……ふと鼻が痒くなった。 どうしよう? 手が……ん?

 体の動きが鈍い。


 と、思ったら大きな女の人の顔が迫る。

 いつの間にか布のようなもので体が包まれている?

 布に邪魔されて手が動かない。


 ああ、鼻が痒いのだが。。。


 目の前の顔が笑っていた。

 幸せそうな表情だ。

 俺はきょろきょろする。


「―…」

「…―――…―」


 何か言ってる?

 言葉が判らない、聞いたことのない言葉に包まれている。

 心細くなる。



 色黒のマッチョな男がその目の前の女の人の肩を抱き、労っている様に見える。


 ふとさっき考えていた匂いの事を思い出し、「ごはんですよ」を目で探すが、食卓とかそんな感じじゃない。


 目の前の女の人の顔はどこか疲れているようで、頬が少しこけている。

 肩を抱く男は嬉しそうに……

 俺の額に触れ、……頬を撫でた。


「――…―…、ヴェルナー・――・」


 ゆっくり、はっきりと発音する「ヴェルナー」という言葉。

 俺に語り掛けている様に繰り返している。

 太い声だが、優しい響きだ。



 ……


 ふと昨日の事がフラッシュバックした。

 どうも無性に悲しくなる。


 ……あんなもん受け入れられるものじゃない。



 声を出してみる。


「あううああうあ?」


 ?


 もう一度……


「あうあ?」


 ………‥これ、俺の声かぁ?


 ここは何処ですか?

 と言おうとしたのに、赤子の様な声で、あうあうになっている。

 もう一回だ。


「あうあああいんこんああお?」


 誰か日本語は喋れませんか?


 と言ったはずだった。

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