辺境都市ウル・5 ~ 人攫いとエルフのお嬢さん 後編
「何の用だ。」
入り口の男が立ちふさがる。
「ヘルトリング子爵様の使いの方に。」
あの盗品売買店主がチップに銀貨を渡す。
男が恭しく礼をし、中へと招き、俺たちが入る。
入った瞬間、男が片足でドアから出れない様に制して言う。
「合図する。 10分待ちな。」
中には用心棒と思しき、黒い軽鎧の下半身に、上半身裸の男たちが5人程居る。
意外にも下碑た感じは無い。 腕組みしながら外を見ている。
程なく上階からシュパっという羽音が聞こえるなり、男が下りて来た。
身なりの整った男だ。
真っ白なシャツに、青黒い光沢のあるマントを羽織っているが華奢な文官、といった風情だ。
降りて来るなり入り口前の男に手早く伝える。
「帰りに鳩を持ってくるように言ってくれ。 もう数匹しかない。」
鳩で合図しているのか。 なるほど。
――餌付けされた鳩の帰巣本能は良く知られている。
鳩の伝令は一方通行なのだ。
使い切ったら宛先の巣ごとに補充が必要だ。
目が合ったので会釈しておいた。
フン、と鼻を鳴らし、上階へ戻っていく。
――貴族関係者なのかね。 こんな感じか。
これが平民に対する態度なのだろう。
使いの人がどんな人なのかとても心配になってきた。
話をしても、偉そうに一方的な事を言われるだけとか、約束しても反故にされるとか……ありそうだ。
――手を考えておくか……
嫌な話だが考えないわけにはいかない。
しかし、今からだときちんとした打合せ等は出来ない。
どうしたものか。
◆ ◇ ◆ ◇
「エルフのマントが盗品だと? それが?」
到着後5分、不毛な会話だった。
使いの男は完全に俺達を人を見る目で見ていないことだけは十分すぎる程伝わった。
まあ、目つきから感じる感情を言葉にすると「平民は言葉をしゃべる家畜」といったところか?
「お金はお返ししますので……。」
「返さねぇと、俺の腕が無くなるんだよぉ、どうしたって返さねぇと困るんだ。」
偉そうだった人攫いの男も形無しである。
5分の間に色々な角度から説得していたが、聞く耳の無さに下手に出るしか無い。
使いの男は首を大きく横に振りながら見下ろすように言う。
「此方は金が欲しいのではない。 それは判るか?
なぜお前等の都合を聞かなくてはならない?
そもそも店主殿、君らが買ってくれと言って来た話だ。」
「いや、手に入ったことをお伝えしただけでして……。」
そこにエルフの子、ウィルが打ち合わせ通りに追い込む。
「困ったわね。 いつまで待てば良い?」
「そうだなぁ、そろそろ片腕だけでなく、両腕も斬らせてくれないと待てないぞ。」
ウィルが悪い笑みで人攫いの男を追い込む。
使いの男もウィルの言葉に眉を顰めるが、やれやれと素知らぬ顔だ。
もとより盗品売買店主も人攫いの男もどうでも良いのだろう。
(店主はともかく、人攫いの男の扱いとしては当然か。)
全くの無反応に、正面からの交渉は無駄と全員が理解する。
――plan-Aしかないが……交渉策は用意してある。
そろそろ仕掛けるか。
――喋るのは大人にお願いしたいが、分担なんて今更だ。 もう俺がしゃべるしかない。
一呼吸吸い込み、覚悟を決める。
殴られるのはカロが止めてくれるはずだ。
交渉だ。
BATNAは貴族の使いの男も衛兵に突き出す、だな。
握り潰されるかもしれないが、カロは衛兵の偉方にコネが有ると言っている。
あとは子爵がどれくらい偉いかが気になる所だ。
――BATNA、ZOPAを、事前に決めているかどうかで交渉での優位性がケタで変わってくる。
これに追加し、相手のBATNAを予測し、それに対する撤退プランも欲しい。
交渉の事前準備としては、これくらいが事前にできているのが望ましい。
足りない情報だらけだが、やるしか無い。
顎を撫でながらカロに目配せする。
カロが目で笑う。
何も事前に説明していないが、何か仕掛けるのを察した様だ。
いくか。
「盗品売買が悪事である事は常識では?」
俺が使いの男を見て言う。
同時にウィルが俺の脇から前に出、男が癇癪なんかを起こさないように制する。
心理的プレッシャーだ。 ウィルも、良いタイミングだ。
護衛の男達は外を見ていて此方には無関心だ。
気付かれたらと思うと少し気が滅入るが、その場合はこの小屋を制圧することになるかもしれない。
男はウィルを見た後、俺の事をギロリと見、明らかに不快そうな顔で聞いている。
子供が何を言う? と、言わんばかりの態度だ。
気にせず、俺が話し続ける。
「マントの在り処迄案内してくれれば此方も内密に済ますという話で、どうですか?
貴方はただ強盗に奪われたとでも上に言えば良い。
次からはもう少し戦力をお願いしますとか言えばどうです?
それでも我々の話を聞く気になりませんか?」
これで、俺たちが人間扱いされないようであれば……
申し訳ないが、実力行使(この小屋を制圧して拷問とか)するしかない。
ふと、「初対面の子にそこまでしてやる義理があったか?」と浮かんだ。
初めての異民族等とのやり取り、「自民族代表なのだ」と、過剰に親切にしたくなる気持ちが湧く。
しかも、エルフ、それに美少女だ。
しかし、それにしても少し変な気もする。
――俺は、この美人エルフに骨抜きにされてる、とか?
そんなことは無いと思うが……と、魅了? 魔法? 変な仮説が浮かびつつ消えていく。
然しながら、まずは眼の前の交渉だ。
実力行使……? 貴族の拠点を制圧?
やったとして、その後どうなるだろうか――
――やったらその後、ウルに二度と来れなくなる恐れもある。
追っ手が掛かる可能性大だ。
この貴族が物凄く偉かったら村に攻て来るかもしれない――
……
絶対に避けたい!
そんな俺の心中等いざ知らず、使いの男はギョッとした目で俺を見ている。
「盗品だと判った上での取引の持ち掛け。
ならもともとトラブルになり得る事も織り込み済みでは?
こんな場所で取引の話をしているのもその証拠、って事で良いですよね?
ここはスラム。 多少の揉め事も揉消すのは容易でしょう。
だからこんな場所で取引するんでしょう?」
使いの男は不思議な顔で俺を見ている。
一瞬不気味な物を見る目になり、……段々と真面目な顔になる。
「……何が言いたい?」
「貴方方の想定通りの事が起きているだけですよ。
トラブルが起きそうになっている。 それだけです。」
続ける。
「我々の要求は、盗品なので返して貰う事。 貰ったお金も払い戻す。
出来ないならご想定の通り、トラブルになるだけですよ。
その場合、貴方は家名に泥を塗ったと子爵様に言われてるでしょうね。
そして、その後どうなるんでしょうね。」
更に続ける。
「そこまでエルフのマントに拘る理由はあるんでしょうか?
トラブルになれば最悪、貴方の人生が滅茶苦茶になるでしょう。
子爵家の名前を出せばもみ消せるかもしれませんよね?
ですが、同時に子爵家が平民を使って盗みを働いたという汚名を被る事にもなります。」
「まあ、そうなるだろうな。 だが、これくらい、貴族社会でもよくある話だがね。」
使いの男は動じない。
「そのあとどうなると思います?
万が一の時は、貴方の人生はおしまいです。
子爵家があなたを見捨てない保証はあるのでしょうか?
家族ごと殺されるかもしれませんね。
気まぐれで見捨てられるかもしれませんし、言い訳したとしても貴方の弁明が当主の耳にきちんと伝わる保証もありません。」
「マント一枚に命を掛ける価値があるのか、と、そう言いたいのか?」
ナメ切った顔だった使いの男の顔が少しづつ引き締まっていく。
当然だ。 こんな汚れ仕事の小間使いだ。
優秀な奴を使うかもしれないが、そこまで偉い訳がない。
そして、汚れ仕事は瞬間判断はできる奴じゃないと出来ない。
だから考えなしのバカが担当することは少ない。
俺の言っている事、そのリスク、全てを理解しようとする頭は有るようだ。
裏読み、推定、心理戦……。
多分、この男の頭の中でも色々な考えが巡っている。
一瞬、使いの男の顔が緩み、少しまた引き締まり、目を瞑った。
過去に何か思い当たるようなことが有ったのかもしれない。
「上手く行ったところで、せいぜい給金が少し増えるくらいだって言うなら、止めた方が良いのでは?
真面目に、世のルールに従った方が安全ですよ。」
「……。」
唾を飲む音が聞こえる。
男は何度かカロの方をチラチラ見ている。
何か気になる事が有る様だ。
「ここで争ったとして、ここはスラムです。 もみ消すくらいは出来るでしょう。
ですが、我々を全滅させることが出来る保証も、どこにもありませんよね。」
使いの男の瞬きが早くなる。 手足から力が抜けたのが判る。 観念したか?
「我々が一人でも生き残ったら、貴方は終わりです。
そして、ここには手練れの魔導士と、エルフも揃っていますが?
エルフから運良く盗み出せたのは、毒を使って不意打ち出来たからでしょう。
実力で勝てる保証は何処にもありませんよね。」
数秒の沈黙が流れる――
そこでこれ迄黙っていたカロがゆっくりと前に出、軽い感じで言う。
「あら貴方、使いなんていう高度な仕事をしてる割に、なんだか判断が遅いわねぇ。」
外を見ながら優雅に歩き前に出る、男を横目で見る位置で言う。
「貴方もこの紋章くらいは知ってるでしょう?」
綺麗な飾りの付いた短剣だ。
青い宝石と、銀を基調としながらも所々に金色の縁取りが入る、上品な品だ。
片手で事も無げに、男に見えるようにチラリとかざす。
「ふむ……。
その短剣……、貴様が正当な持ち主だと証明できるのか?」
フッと、カロが軽く鼻を鳴らしながら答える。
余裕の雰囲気だ。
「カロリナで、判るかしら?」
あの短剣、紋章とか言っていたが……
どういう意味のある品なのかは解らないが、役に立つ品の様だ。
どんなものなのか、後で聞いておこう。
「カロリナ? ライプニッツ卿だと?」
カロがコクリと小さく頷く。
男の顔色に明らかに陰りが見え、髭を撫でる手の血管が浮いたのが見えた。
片方の口を下に曲げ、大きく目付きが緩むと同時に大きく息を吐いている。
「……守備隊を敵に回す気は、無い。
……判った。 返却しよう。
その代わり、この話は全て内密に頼む。」
守備隊……カロは昔護衛をしていたと聞いているが、その辺りにも顔が利くという事だろう。
門兵とのやり取りも、なんとなく納得だ。
――しかし、……なんだろう。 カロに関する謎が増え続けるなぁ。
と、考えながらも交渉の行方に注意を戻す。
「内密にするというのは交渉で此方から出した条件です。
貴方方が裏切らない限り守ると思って戴いて結構です。」
一応だが、話が纏まった瞬間と言って良いだろう。
空気が少しづつ緩んでいくが、ここで気を抜くわけには行かない。
ウィルは俺の頭をポフポフと軽く叩きながらも片時も使いの男から目を離さない。
カロは短剣を鞘に戻しながら、使いの男に
「早くしたいわ、持って来てくれると助かるのだけど。」
と言い、場の牽制を続ける。
男は軽い会釈の後、手早く上階に行き鳩を飛ばした後で此方に向き合う。
「ああ、此方も手早く済ませたい。 少しだけ待てば此処に持ってこられる。」
悪びれもせずに言う。
俺達の一日を滅茶苦茶にした謝罪は無いらしい。
――これが封建社会。
貴族ねぇ。 嫌な気分になるだけだな。
出来るだけ関わりたくないもんだね。
いちいち言い方に見下す語気を感じる。
たった数十分でどっと疲れを感じる。
俺はこのやり取りの中で見た平民に対する「目付き」「態度」だけで貴族関係者の事が大分嫌いになっていた。
◆ ◇ ◆ ◇
「あなた可愛い顔して賢いのねぇ!」
マントが戻り、上機嫌になったエルフさんは、ニンマリした顔で俺の鼻先をつんつん弄っている。
時々俺はその指先を噛みついて応戦する。
当然甘噛みだが、エミーナさんはキャッキャ言いながら指を引っ込める。
――エルフの女の子は「エミーナ」さんと名乗った。
「東の森から来た、エルフのエミーナです、宜しく、ね?」
ふわり、と言った感じで軽やかにお辞儀をした。
俺も返礼に、日本人風の60度くらいの礼儀正しいお辞儀を返す。
それがエミーナさんにはツボだったらしく、暫く俺の頭をなでながら思い出し笑いしていた。
――珍しいのかな? そんなに喜んで貰えるとは……。
不思議な感じだ。
笑われてもからかわれたんじゃないなら、よし。
場が賑わう。
マントは外側が青で、内側がワインレッドの、とても気品のある光沢をしていた。
内側はうっすらと起毛していて、手触りもよく暖かそうだ。
頬ずりをしたらエミーナさんにむず痒いような変な顔をされた。
「こんな品なら、頑張った甲斐がありました!」
笑っておく。
エミーナさんの顔が赤くなっていたからだ。
「そうね、お気に入りなのよ。いいでしょう?」
俺も、むははははと、照れを隠す。
まあ、無邪気な笑顔が有れば何も悪い事は無いでしょう。
「でも、残念ね。お話ししたいんだけど、長く滞在できないのよ。」
「……そう、なんですか?」
「遠くに住んでるお婆さんに、お届け物があるのよ。」
俺は務めて明るい顔をする。
本当は心が沈んでいた。 どういう訳か、エミーナさんと一緒に居たかった。
それを察したのか、エミーナさんは俺をじっと見つめて言う。
「あなたは……。」
少し迷った顔をした。
言うか迷っているのか。
「旅に出る事を恐れないで。 機会が有ったら、どんどん旅に行くと良いわ。」
腕輪を差し出して言う。
「貴方に幸せがありますように。」
一瞬、目を瞑ってしまった。
一回目を開ける。
俺の腕に、冷たい輪っかが嵌められていた。
この腕輪が後に物議を醸す代物なのだが、それは後の話としよう。
顔に当たる柔らかな膨らみ。
あっ…… 抱かれる。 と、慌てて目を瞑る。
額に、冷たいものが触れる感触があった。
顔に柔らかい感触がある。
額に、唇を押し付けているようだった。
胸の感触が顔に、ある。 ん、ムフーーーー。
俺は、息を深く吸って、ゆっくり吐いてみた。
なんだか、このまま眠りたかった。
実は貰ったこの腕輪、考えようによっては国宝級の魔導具で、物語上もキーアイテムだったりします。(ヴェルナー限定で。)
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こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
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