辺境都市ウル・4 ~ 人攫いとエルフのお嬢さん 前編
店を出て、身支度を整え、暫く歩く。
夕方になる頃だが、薄暗くなり始めた通りの街燈が灯り灯すにはまだ早い。
メインストリートを一本奥まった通りに入り、横道を折れ、少し薄暗い通り。
周囲に人通りはほぼ無い。
「……グ! ……イヤァ!」
割と近くから悲鳴が聞こえる。
金切声混じりの、割と本気のやつだ。
カロと、ウィルが目を合わせる。
俺も辺りを見回し、方向を見定め、空気を伺う。
――俺にできる事は殆どないんだし……
「急ごう。 助けられる。」
ドラコさんから男らしい言葉。
もう、ウィルとカロは動き出している。
俺は……
馬車を一人で見ているのも心もとない。
ゆっくりとドラコさんを見やる。
「じゃあ、二人に任せて、二人でゆっくり向かいましょうか。」
頷く。
「そうですね、でも、急ぎましょう。」
馬車で通りの道を道なりに折れ曲がる。
方向は大体こっちだ。
――こういうのってやっぱ、横丁というか、薄暗い裏道なんだろう。
人目に付かない道だろう、当然だ。
カロとウィルが飛び出して行った方向から、もう一度声が聞こえる。
「助け……う……ムグッ……!」
人攫いか、痴漢か?
――畜生、オロオロしかできない。
一応、御者席の横に置いてあった。 短剣を手繰り寄せる。
――身を隠しておくか…
念の為だ。
俺は4歳児。
……0.5人前を目指そう。
「毛布をかぶって身を隠しておきます。 ドラコさんも、必要になったら行って下さい。」
「気遣い、どうもね。」
ドラコさんは飄々としたままだ。
陰になっている通りから足音が聞こえる。
人の一人も背負えば動きも制限される。
汚い下水路のような細い水路脇の薄暗い路地から、怯えた目つきの男3人が小走りなのが見える。
ひそひそ話しながら袋を担いでいる。
「斜め左……見えますか?」
ドラコさんに指差す。
俺が言うが早いか口笛を短く吹きながら駆け出していく。
口笛はウィルとカロへの合図だろう。
数歩素早く走り、壁沿いに加速していく影……
水路を飛び越えるように加速したところから大きく飛んだと思ったら、着地と共に足元狙いの鞭の一撃が前二人の向う脛にガチィンと当たる。
身を低く、鞭を片手に間合いを詰め、背中の剣にも手を掛けている。
――相変わらず良く伸びる鞭だ。
3人が目を剥いて此方を見る、間合いを測ることが出来ないというのは物理戦闘では致命的な不利だ。
それを見た後ろの一人は袋を地面に放し、身を屈めてドラコさんを見て警戒している。
袋の中でもこもこ何かが動いているが、あの悲鳴の主だろう。
前二人は膝にまた一撃を貰いグアッと呻くと、バランスを崩して前に出れない。
見てるだけで相当痛そうだ。
相手が動けない状況――
そこにドラコさんの長剣がシュパッ! と風を切り上段から斜めに入る。
ちょっとだけ間合いが遠かったか?
が、右側の男の頬には一生消えないであろう切り傷が刻まれ、血が滲む。
それを見た左側の男は口をパクパクさせて後ずさると――
後ろの男が「どけぇ!」と言いながら前に出ようとする――
そこに、後ろからウィルが石を投げるモーションが見えると……
「てめえら、ここが「ゴっ!」……何処か分かってんだろうなぁ? ウチの……うっグ!」
と、言う間にウィルの投石が男の後頭部にヒット。
カロが石が当たるタイミングで別の男を後ろから斬り込んでいる。
「ガッハァ!」
その声は最初に切られた右の男の声だ。
後ろからの攻撃に気を取られた瞬間、剣の束でドラコさんが腹に一撃殴り込んだところだった。
カロは一人を斬り倒した後、偉そうな男の側頭部に向けて剣をスイングしたが、空を切る――
が、男は耳の辺りから血を噴出している。
――同時に青い霧がその男の頭に集まっていく……
「……やるじゃ……う……ん?」
カロの斬撃を横に避けたはずの主犯らしき偉そうな男は、そのまま横にドサッと倒れた。
鮮やかな制圧劇は、ものの1分も掛かず終わった事に安心しつつ、周りをキョロキョロ見やる。
特に他に席は潜んでいない様だ。
3人の鮮やかさにテンションが上がり、思わず馬車から飛び出すと、カロが袋を開けていた。
◆ ◇ ◆ ◇
一応、人攫い達は3人とも生きていた。
偉そうな男の耳は珍しい形に輪切りになっていた。
前半分がプラプラと風にたなびき、強面が8割引になるくらい面白い。
カロは「小さな魔法を使ったの」と言っていたが、そこそこの大男だ。
それが何も出来ずに倒れるくらいなら中々の威力に思える。
カロが袋の中のお姉さんを手当てしている間、ドラコさんとウィルで3人を縛り上げていた。
「あ、ありがとうございます!」
中には下着姿のグラマーな美少女が入っていた。
透き通るような白い肌が美しい。 金髪美女だ。
ショートカットの髪からはみ出た耳が長い。
花の香を纏わせた横顔はほっそりとした上品な曲線で、透き通るような白い頬に薄っすらと赤みが差している。
綺麗に切りそろえられた前髪の下から覗く目は大きく、好奇心旺盛に動き回る。
手足も指も長く、全てが上品な曲線で華奢さを強調する美しさに見惚れる。
恥じらった仕草で髪をかき分け、大きな目が此方を見ている。
下着姿は気の毒だ。 毛布を持って来よう。
手渡す毛布に、ニコリをしながら受け取り、手早く体に纏っていく。
「めずらしいわね? エルフのお嬢さんね? こんにちわ。」
初めて聞くが、エルフ……。
耳の長いこういう人達の事を言うらしい。
魔法が得意で精霊達と仲が良い……と、カロが簡単に説明する。
ウィル達も見たことが有るようで驚いているのは俺だけだった。
綺麗で触るのが怖い。
緊張のなか、馬車の中で水を出す。
折角だ、魔導具屋で買った水瓶を使おう。
「冷たい水で元気が出ますね、 有難うございます。
? あ…… これは……これはとても綺麗な水ですね。」
エルフの女の子は水を褒めたかと思うと、今度は器をみて微笑んだ。
コロコロと目も表情も動いて可愛い。
実はこの出会い、俺の人生に後で滅茶苦茶影響を与える重要なものなのだが、この時は知りようも無い。
事も無げに水を飲む彼女を眺め、眼福、と小さく呟く。
「バンブーを使ったコップ、良い香りですわ。」
村長の家の辺りの庭園から取った竹だ。 風合いが皆のお気に入りだ。
「ええ、ウチの村の作品です。 市場でもよく売れるんですよ。」
女の子は微笑みながら此方を見回す。
自らに毛布を掛け直す際に、一瞬胸が露わになる。
胸の布は付けていない。
くぅ……綺麗な胸だった。
――ヤバイ、残像に残る。
真っ白い肌に、薄い桜色のピンク。
小さくて可愛い乳首は理想のものだった。
俺は顔が真っ赤になった。
まだ4歳。
勃起出来ないことに軽く寂しさを感じつつ、頭から雑念を振り払う。
その傍らで、ドラコさんとウィルは、3人の人攫いを衛兵に突き出す算段を付けているところだ。
その前に3人の持ち物などを検査すると、剣と財布の他に装飾品の様な物を持っている。
その中に革袋もあり、その中の粉を見つけてドラコさんが言う。
「麻痺の薬だな。 ……いろいろ混ぜてるなぁ。 眠りの花粉? も、か。」
革袋の底に、黄色と緑、紫の粉が溜まっている。
ドラコさんは植生に詳しく、自然素材の薬を作れる。
見て判った事を皆に説明してくれる。
「そうなんです、服のお店で試しに着ている時に、上から変な粉が降ってきて……気づいたら。」
なるほど。
何の心得も無いエルフの女の子が一人旅をする訳がない。
恐らく何らかの護身の術は持っているものと思われる。
だが、麻痺の粉で動けなくされたらどうしようもないだろう。
「そうだったんですか、災難でした。 お荷物は?」
女の子の顔が沈む。
「判りません、店にあるかどうか……。」
俺が言葉を汲む。
「尋問の後、取りに行きますか……いや、急いだほうが。
遅くなると売られるかもしれませんよ。」
「そうね、向かうわ。 衛兵は後回しよ。」
「ドラコさん、服屋に急いで下さい!」
「魔道具屋の筋違いの服屋さんね?」
女の子が手早く答える。
「そうです。 屋根の色は、……緑でした。 お願いします!」
「了解、揺れるからね。」
馬の歩音が激しくなる。
それを聞きながら、後ろで締め上げているウィルの目つきが厳しくなる。
「おい!」
言うが早いか、偉そうだった男の猿轡を外す。
「売ってねぇよ! でも、店の中にあったものの事は判らねぇ。」
「店の店主が売ってたらどうすんだよ。 全部お前のせいだな。」
ウィルが追い込む。
「衛兵に突き出す前に、五体満足かどうかの保証もないぞ。
売られてない事を祈れよ?」
「脅しかよ。 ……素人が。」
ふむ、と、息を吸い。
ウィルが耳元で大声で言う。
「素人に負けといて何言ってんだ?
魔物の森に張り付けるくらい、素人でも出来るんだがなぁ。」
後で聞いたが、ならず者がよくやる処刑方法だそうだ。
裸で縛り上げられ、魔物寄せの香を焚いて置き去りにされる。
恐怖で気が狂わんばかりになり、生きたまま四肢を食われ、内臓を食われながら死ぬのだそうだ。
聞いただけでもまあまあキツイ。
「わかった。 ……糞!
……そうだな、話には俺を連れて行け。
店のもんに話を付ける。 取り戻してやるよ。」
エルフの女の子の顔が、少し和らいだ。
だが、まだ涙ぐんでいる。
「貴重品、金目の物は有ったんですか?」
「ええ、叔母の贈り物や、大切な剣、鎧がありました。
エルフのマント等は、高く取引されるそうです。
……残っていれば良いですが。」
心底残念な顔をしている。
エルフの品は、魔力が宿る事で有名なのだそうだ。
特にその品は祈りが込められ、一点一点特性があり、しかも高品質だと言われているとか。
大切な、思い入れのある品、家族、親戚から託された品。
かけがえのない品もあったのだろう。
不安に揺れる目は、今にも泣き出しそうだ。
◆ ◇ ◆ ◇
店は閉ざされ、カーテンが掛けられていた。
「閉まってるじゃねぇか。 ……死んどくか?」
ウィルが無慈悲な声を掛ける。
横のカロが微妙な顔で見ている。
――うん、確かにいつものウィルからは想像できない。
偉そうな男は後ろ手で縛られ、ウィルに跪かされている。
「おぉおおい! あぁけろぉお!」
あの偉そうな男も必死だ。
青い顔で叫んでいる。
中から物音が聞こえる。
ウィルがもう一度やれと言い、男が息を吸い込んだところで、店主と思しき男がカーテンの隙間から顔を出した。
ぎょっとした顔で入り口を開けに走るのが見える。
ぱっと見とても人を騙しそうには見えない、人の良さそうな禿げかけた店主の顔に、「確かにこの感じの店主なら油断しそう」とエルフの子に同情する。
カチャリと開き、店主は真っ青な顔でウィルを見る。
「おう、話はわかるな? 店主。 エルフのもん、持ってこぉい。」
偉そうな男が耳をプラプラさせながらドスを利かせるのが哀れだ。
後ろ手に縛られ、跪いてドスを利かせるってのもなかなかにギャップのある絵だ。
店主はいそいそと店の中に俺達を案内する。
ドラコさんとカロを残し、俺とウィルとエルフの子で物を確認しについて行く。
「他のが来るかもしれません、手短に。」
ドラコさんがウィルに言うのが聞こえた。
女の子も小さく頷き、手早く動いてついて来た。
◆ ◇ ◆ ◇
女の子は試着室から3分もせずに出てきた。
緑に金、銀で細工、縁取りされた鎧も美しく、とてもお洒落だ。
「おい、マントはどうした?」
ポシェット、腰袋、魔法のバッグ、は中身が他人に見えない様に「制約」していたようで、中身もそのまま返ってきたようだ。
服、帽子、鎧、武器一式迄は揃っており、逆に綺麗に手入れされていた。
まあ、売るつもりだったんだろう。
――値打ちものの「エルフのマント」。
嫌な予感がする。
店主の言葉に、ウィルが剣を大きく振りかぶっていた。
「前々から言われていた方が居りましたもので……
先ほど取りに来て、その、渡してしまいました。」
店主は青くなっている。
「ま! 待て! 誰だ!? 誰に売った? そんな話聞いてないぞ! 何勝手してやがんだ!」
ウィルの剣は勢いよく振り下ろされ――
男の頭の直前、10センチくらいの辺りでピタリと止まった。
店主は目を閉じて、涙ぐんでいる。
「おい、答えろ。」
ウィルの言葉に、関を切った様に話す。
「うぅいぃ! ……貴族のヘルトリング子爵様です。
使いの者が来られたのはほんの10分前です!」
「案内しろ!」
ウィルが言うと、青白い顔で「はぃぃ!」と頷いた。
店主は急ぎ、出発の為に店を閉める、といっても鍵を閉めるくらいだ。
馬車で急ぐ。
◆ ◇ ◆ ◇
その貴族の使いと会う場所は、いつも貧民街の端の建物だという。
ヤバイ雰囲気がひしひしと伝わってくる。
さっきから若い女の人が一人も見えない。
ところどころの街角に、老婆と中年位の男がぽつりぽつりと立っている。
カフェのような店の前では、カードゲームの興じているテーブルの横で男が思いっきり殴られている。
5、6発、そこから馬乗りになってボコボコだ。
この辺りだけ雰囲気があからさまに暴力的だ。
「このあたり、人と言い雰囲気と言い、インパクトありますねぇ。」
俺が呟く。
店主が頷く。
「私も2回目ですよ。」
そこから言葉は続かなかった。
誰もが周囲を気にしていた。
一軒、宿屋風の建物がある。
看板が出ていない。 エルフの子はふぅ、と息を吐いた。
腹が座っている。 全く動揺が見えない。
チラリと見ると目が合った。
片目でウィンクし、安心しなさい、と呟いた。
でも、さっき、毛布を受け取る手は震えていたのを覚えている……。
気丈だ。
やせ我慢で気取られないようにしているのだろう。
「行きましょうか。」
店主の男が言い、馬車の番にドラコさんと人攫い二人を残し、俺たちは立ち上がった。
こんなにとっつきにくい作品なのに読んで頂き、誠にありがとうございます。
できましたらブクマ、いいね、評価、感想等、宜しくお願い致します。
誤字報告大歓迎です。 いつも有難うございます。 (*^^*)




