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逃げる男 ― 崖道の裏切り

1~2話は少し重いです。

3~6話でだんだん軽くなります。


作者としては、できれば主人公の『座標』覚醒まで読んで頂きたいところですが、どうぞ宜しくお願い致します。

 国境近くの山岳地帯、山肌にへばり付くように走る、細い切り立った崖道だ。


「ヴィルヘルム……」


 不意に、息子の名を呟く……

 諜報員の現場隊長として大帝国に潜り込み、1年の交代時期を迎え帰国するところだった。


 ほぼ満杯の荷物の半分は、1年ぶりに会う息子への菓子や土産だ。

 馬車の揺れに、カシャッカシャコンッと音が呼応する。

 息子の喜ぶ顔を想いながらの俺に、この音は和みの音だ。


 ……しかし、俺は今、失意のどん底に居る。


「情報が漏れたのか!?」

「追手は4小隊以上、恐らく50人規模います。」


 ――50人? たったの6人の商隊に?


 祖国、商業都市カラベルから長期任務でこの大帝国、エズネスへ潜入している我が諜報部隊は、5人規模の小集団でしかない。

 身軽な者、商人に化けるに適した者、その護衛風の者等、6人といった内訳だ。


 我々も軍属の集団である。

 全員それなりに訓練を受けており、一皮剥けば精鋭だが、50人となると正直厳しい。

 全員で対応して何とかなるかどうか、か。


 しかし、引っ掛かる。


 ――俺達の正体と戦いの腕を知っている?


 普通ならありえない追手の数に、疑念が浮かび上がる。


 ――俺の日誌が届いていない事になっている? だと?


 その報を受けた時は唖然とした。

 直ぐ様書き直し、鳩や伝手を使って速達で送った。


 それ以来、3経路で同時に発送するなどの工夫をし、なんとか対処していた。

 が、上司に関わる経路の物が一番早く届くはずが、2番目に早い経路のものと同時に届いたという話を度々聞くようになった。


 ――まさかとは思うが……俺が邪魔、と考えるようになった……とか?


 特に、俺の上司は人の痛みや苦労を考えない、自分の利の為に部下を切り捨てる事を日常的にやっている男だ。

 ……しかし、元々一般人だった俺を半ば強引に諜報員にしておきながらのこの所業は決して納得できるものではない。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 諜報員はあらゆる非日常的なリスクに晒される。

 国の命令で暗殺したのが、手違いだったと国に切り捨てられる、なんてザラな世界だ。


 常日頃から小さな疑念にも仮説を立て、それに裏付けは無いか?

 最悪の事態が起きた場合にどうするか考える習慣が付いていた。


 念の為、と、日誌の予備として、メモ代わりに使っていた詩集用の白紙本に日誌の内容を写して残しておくことにしていた。

 証拠としては弱いものの、記録を残しています、ほらここに、と、出せばある程度の疑いを晴らせると考えたのだ。


 一応、他人の手に渡った時の事を考え、帝国の図書館に居る別上司の指揮系統の諜報員に伝えるように書いてある。

 最悪の最悪の場合の為だ。

 俺が死んで手帳だけが残った場合にしか意味はない。


 そして、俺は死ぬ気は無い。


 ――逃げ切れる。


 逃げ切れたとしても、仲間に裏切られたという事実に心が沈む。

 諜報員は、「知り過ぎた者」となる事が宿命付けられた職業だ。

 上層部に一度疑われたり邪魔と思われてしまうと、その先の人生の見通しは、暗い。


 何かと理由を付けられて殺されるか……

 或いは冤罪で奴隷に落とされるか。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 そうこう考えているところで、俺の直ぐ前方で大きく膨れ上がる魔力を感じる。


 ――まさか!


 強烈な空気の振動が急激に広がる――

 馬車の木も割れて飛び散る。

 視界に入る光が赤い――


 ブゥ……ブワッ……ドオォォン!


 と、仕掛け花火のように連続する炸裂音の合間に大きな音――魔石爆弾か――

 ふわりと来る熱気とやや柔らかい膨らむ音。

   そして複数の乾いた音がほぼ同時に来る。


 体が浮く時の内臓を引き下げれらるような感覚――

   俺は馬車から上空に吹き飛ばされ、放り出された事を空中で知った――


 ――う。 剣も横に置いたままだ……


 眼の前が真っ赤になるような自分への怒り。

 こんなことなら馬車でなく、馬にするべきだった……と後悔する心を抑え、冷静にと務める。


 咄嗟の事で、爆発から生き延びている幸運迄は頭が回らない。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 走り込み、奪った短槍を左手に3人目を屠り、馬を奪う。


 ――休む暇が全くない……

   後続に遠隔攻撃部隊がいたら、無理かもな。


 覚悟を決め、槍を握りなおす……

 潰れかけの馬では、奪ったところでもう殆ど逃げられない。

 奴らの機動力もほぼ同じ状態だろうが、弓、魔法で狙われたらどうにもならない。


 ――後続にそういうのが居ない事を祈る……


 体力が厳しい。

 息を整えながら4人目に突き込む……



 ◆ ◇ ◆ ◇



 最初の16人程と切り結び、片腕からは矢が生えていた。


 後続隊に魔術師が数人と、腕の良い弓兵が居た様だ。

 既に馬は彼らの連携により屠られていた。

 そこからは走りづめだ。 どちらかを避けるとどちらかが俺の行く手に合わせてきた。


 ――強いな……


 俺は敵から奪った長剣を二本構え、片方を盾替わり、矢落としに使い何とか持ち堪えてきた。

 しかし、もう左手の握力が無い。 走るのも、限界か。


 絶望に、崖下に飛び降りる事すら考えた。

 無理だ。 30m程の高さだ。


 ――糞…… 最初の一人が強かった……


 隊長クラスだったのだろう。

 一人相手に殆どの体力を使ってしまっていた。


「囲まれた……か。」


 息子の顔、妻の顔が頭に過る……。


 ――俺はマーガレット、ヴィルヘルムに会うまでは…… 死ねない。


 武器を両手から放し、抵抗の意思のない事を表明した。


 ――俺は……


 降伏した。

読んで頂きありがとうございます。

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