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序章

海が見える公園のそばにその家はあった。暗い緑色の壁に爽やかな青色の屋根をあわせたその家はどこかレトロなヨーロッパの家を彷彿させた。周りには簡素な趣の日本家屋が多いためかその家は少し目立っていた。と言ってもそれは悪い意味ではない。夏の季節になるとそのレトロなヨーロッパさはかえって新鮮であり、見る者の心に涼やかな朗らかさを与えた。

しかし、その家の住人については知らないし一度も見かけたこともなかった。そして、おそらく廃屋ではなかったとわたしは記憶している。家の壁が苔や蔦で覆われているという訳でもなかったし、歩道に面している大きな一階のガラス窓から見える部屋は生活感に満ち溢れていた。

その窓から見える部屋はダイニングルームであった。と言っても一般的なものではなく高級ダイニングルームと表現するのが適切だ。部屋の壁には美しい印象的な油絵が飾られており、その横には厳かな佇まいのステンドグラスの食器棚と背が高めの観葉植物が適切に配置されていた。中央には大きな長方形のマホガニーのテーブルとそれと同セットと思しき一体感のある8脚の複雑なアンティーク調の椅子が横に3脚、縦に1脚ずつ、それぞれに光沢のある白い革カバーのクッション着きで置かれていた。そして、テーブルの上にはいつも色とりどりの季節の旬の果物が鎮座していた。それらはいつも水水しく輝いており、数日毎に別のものへと替えられていた。通学路なのでほぼ毎日その家の前を横切りその部屋が目に入るのだが、夏場も果物が腐敗しているのを見かけたことは無かったし、時折テーブルの隅に飲みかけのティーカップを見かけたこともあった。その家は2階建てであり一人暮らしだと仮定するならかなり広く、住人は相当のお金持ちだろう。


月日は流れ、わたしは中学を卒業し隣町の高校に通うことになった。電車通学になったためあの家を見ることはなくなった。あの家を見て心を和ませていたこともあり最初の方は残念に感じていたが、電車の車窓から見える海の景色も格別であり、そして高校生活の慌ただしさも相まって徐々にあの家の記憶は薄れていった。そして、さらに月日は流れる。高校を卒業後、私は都会の大学進学のために上京した。そして、現在は大学生活2年目の夏である。試験も無事終わり、友人達と夏休みの休暇の旅行の計画を模索していた時であった。突然スマホが震え確認すると実家の母からであった。

「あんた、今年の夏は帰ってくる?」

「うん。帰るよ。10日あたりかな」

「できれば今すぐにでも来てほしいの」

「え?どして?」

「ほら、あんたの姉ちゃん1週間前に実家で2人目産んだじゃない?里帰り出産ってやつ。そんでさ、上の子の方の面倒をあんたに見て欲しいのよ。可愛いけど暴れん坊で手を焼いているの」

上の子、良樹(よしき)、通称よー君は2歳だった。目が大きく、かなり可愛い。しかし、2歳にしては体格がよく力もかなり強かった。こだわりが強い性格で自分の思い通りにならないとすぐ大きな声で暴れた。わたしはその姿は常々愛らしいと思っていたが、姉は違っていた。発達障害の傾向をわざわざ調べ、自分の子と同じだといつも泣いていた。姉の顔は会うたびに暗くなっている気がする。上の子の面倒を見た母も、「あたしの時はこんなに手がかからなかったわ。旦那の嫌な所が似たのね」と姉に圧をかけていた。姉の心配性や母の性格の悪さは今にはじまったことではないので、どうもしようもない。父は何事にも無関心な性格なので何も対応しない。母の様々な陰口と毎日付き合って精神的に疲弊していったのが要因かも知れない。わたしはこういったマイナスの感情達に振り回されずに上の子はすくすくとのびのびと成長していって欲しいといつも思っている。

「わかった。明後日辺りに帰るよ」

「ありがとう。そういえばその日はお祭りの日ね。よー君良かったわね!おじさんがお祭り連れてってくれるって!!」

電話の向こうから、嬉しいのか大きな声で童謡を繰り返し歌っているよー君の声が聞こえた。リズムにうまく乗っており、かなり上手だった。


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