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ウチの子が元気をなくして帰ってきてしまいました……

「あれ?ソロンがいる?」


ボクが牧場に行くと、少し前に馬主さんに買われていった子がいた。

一人でいるのが好きでちょっと臆病な性格。

だけど走ることに関しては負けず嫌いな部分もあり、ボクやみんなもレースでは頑張ってくれると、期待をしている子なんだけど。


「ああ、ちょっと負けが続いてな。すっかり意気消沈したみたいで元気がないんだとよ。それで少しリフレッシュを頼まれたんだ」


「そうなんだ……」


「ディクトもソロンの気分転換に付き合ってやりな」


「うん!」


ボクは牧場の隅で横になっているソロンへと足を進めた。

少しずつ近づいていくにつれ、ソロンの表情がハッキリと見えてくる。

目はとろんと垂れ下がり、全く覇気のない様子だ。

今年25歳になるおじいちゃん馬の方が元気だよ?


「どうしたんの?元気がないようだけど?」


「……坊ちゃんですかい」


元気のない鳴き声がため息のようにこぼれる。

片言のように聞こえていた馬たちの想いは、今ではすっかり流暢に聞こえていた。

それも自分の中にいる存在を強く意識できるようになったからだと思う。


「ボクでよかったら話を聞かせてくれない?」


「情けない話ですが……怖いんですよ。レース中、他のやつに追われることが……」


「でも最初のころは調子が良かったんじゃない?」


ソロンは逃げという戦法を得意としている。

最初にスパートをかけて後ろを引き離し、自分のペースを作っていく。

それが性に合ったようで、限定戦では勝つこともあった。


「自分でも俺はやれるんだと思ってました。ですが、大きな舞台で思い知らされたんです。本気で迫ってくるプレッシャーという恐怖を……」


ブルブルとソロンの大きな体が震えている。

そうか。

限定戦は一度も勝ちあがれていない、大きなレースに出るには実績が足りていない、そんな子たちの戦場だ。

人間で例えるなら、見習い騎士同士が戦う場所と言える。

そこで実績を積むと正騎士と認められ、大きな戦いにも出れるんだけど……

そんな場所にいるのは歴戦の猛者ばかり。

一人前になりたての正騎士がそうそう勝てる場所じゃない。

でもボクは実力さえ出せれば、ソロンも負けていないと思っている。


(トーマ、何かいい方法はないかな?)


ボクは心の中に問いかけた。


(そうだな。追われる側から、追う側になってみるのがいいかもしれん。最後方というのは気楽だぞ?後ろには誰もいない。前を全て抜きさればいいだけだからな)


(それが難しいんだけどね……?)


その方法は今のソロンにはぴったりかもしれない。

ボクはそう思った。

でも、今はまだ伝えるときじゃない。

まずやるべきことは、走ることを楽しんでもらうこと。


「ソロン、またボクを乗せてくれない?」


「おやっさんに怒られますよ?」


「大丈夫、大丈夫。よいしょっと……」


伏せているソロンの背に乗りこむ。


「ほらほら。早く立って走ろう?きっと気持ちいいよ」


「坊ちゃんには敵いませんねぇ……ちゃんと掴まってくださいな!」


元気よくいななくと、ボクを乗せて走り出した。


「すごいすごい!前よりももっと早くなってる!」


「自分も厳しいトレーニングしてたんでね!」


ディクトたちは牧場内を走り回る。

そんな光景を目にしたサイレスは、頭をかきながら苦笑した。


「まったく……あいつにかかったらすぐに元気になるんだからよ。いい走りしてんじゃねぇか」


楽しそうに走るソロン、そしてその背にまたがるディクトに大きな未来を見てしまう。


「ホントに、将来が楽しみだぜ」


サイレスはそう思わずにいられなかった。


ソロンが牧場に帰ってきて、一週間が過ぎた。

あれからすっかりと元気を取り戻し、今も楽しそうに走っている。

その一方でボクたちは応接室で来客をもてなしていた。


「いやあ見違えたぞ。今までで一番調子が良さそうじゃないか?」


そう話すのはソロンを管理している調教師のトナシさん。

白髪をオールバックにし、髭を生やした姿はまさに紳士だと思う。

この辺りでは有名な人で、馬主さんやボクたちのような生産者からも信頼が厚い。

管理馬に無理をさせず、可能な限りの賞金を獲得してくれるからだ。


「それは息子のおかげだよ。こいつが一緒に遊んでからは食欲旺盛で、毎日走ってばっかりさ」


「ほう?君から話は聞いていたが、あながちただの親バカではないようだな」


「ははは!そう褒めるんじゃねぇよ!」


「……別に褒めてはいないが。とにかく助かったよ。ありがとう坊や」


お父さんの隣に座るボクに向かって、頭を下げてくれる。


「そ、そんなことないです。ボクはソロンの元気がないのが嫌だっただけでですから」


「ふふ、君は父親に似ずに謙虚だな」


「そりゃあもううちのかみさんにそっくりだからよ!」


ガハハハッ!と高笑いする父を華麗に受け流し、紅茶を口にする。


「君に何かお礼をしたい。欲しいものはあるかい?」


「そりゃああれだよ!」


「お前じゃない」


「なんでい……ケチくせぇ」


「何か言ったかな?」


「なんでもございません!」


小さく悪口を言ったもののトナシさんににっこりと微笑みを向けられ、お父さんは恐縮してしまった。

ボクは二人のやり取りをおかしく思いながらも、意を決して一つだけあったお願いをしてみる。


「ソロンは今は元気を取り戻しましたが、追われることを怖がってるみたいです。だから以前と同じような逃げるレースをすると、また自信をなくしちゃうかもしれません」


「ふむ……後続が迫ったときに走る気を失くしてしまうのはそのせいか。しかし、よく分かったね?」


「えっと……」


ソロンや馬と話ができるなんて言っても信じてもらえるだろうか?

ボクの家族は全員受け入れてくれたけど、変な子扱いされないかな……


「心配することないさ。俺が認めた人だからな!」


ボクの様子を見て、迷っていることを察してくれたようだ。

お父さんは腕でボクの肩を抱き、豪快に笑う。


「一応、褒め言葉として受け取っておこうか」


笑い合う二人の様子を見て、迷いは消えた。


「ボクは馬と会話ができるんです。だからソロンにどうしたの?って聞いて、答えてもらいました」


「なるほど。納得がいった」


トナシさんは当たり前のように受け入れてくれる。

子どもの夢のような話ではなく、本当のことだと。


「信じてくれるんですか?」


「ああ、なにせ君の指摘は全てが的確だ。それは本人から聞いたからだろう。それに馬と会話ができるかのような力をもった人間は、過去にもごくわずかだが存在している。かの英雄フリードもそうだったらしい」


「そうだったんだ……」


「ただし大人になるにつれ、その力は失われていくとの記述もある。原因はハッキリと分かってはいないが、馬を大切にするという心を失くしてしまったからではないかという。そのことを忘れずに大切にするんだよ?」


「は、はい!」


牧場の馬のみんなと話せなくなるなんて、そんなの絶対に嫌だ。

ずっと大切にしていこうと、ボクは改めて思った。


「少し話はそれたがソロンのことに戻るとしよう。逃げることができないとなれば、最後方でのレースしかできないな」


「ん?なんでだ?」


「……ソロンは臆病な馬だ。他の馬に囲まれてしまったら、それこそ力が出し切れんだろう」


「ほぉ、なるほど」


「これくらい知っておけ。貴様も生産者だろうが」


「俺はその辺のことは全く分からないからな!」


「……胸を張るんじゃない。そんな調子でよく良い馬を生産できるものだ」


「あの、良い馬ってどうやって生まれるんですか?」


ボクもよく分からないので、聞いてみることにした。


「それはすごく難しい問題だね。なるべく簡単に説明すると、運動が得意な男の人がいるとしよう。その人が結婚して赤ちゃんができた。ではその赤ちゃんは運動が得意だと思うかな?」


「えっと……それは分からないんじゃないですか?得意かもしれないけど、苦手かもしれないし」


「その通り。ではその赤ちゃんのお母さんも運動が得意だったとしよう。これで両親ともに運動が得意だ。そしておじいさんやおばあさんも運動が得意だとしたら?」


「あっ……得意になりそうな気がします」


少しだけ分かった気がする。


「それは馬も一緒なんだ。だから普通の生産者はお父さんになる馬と、お母さんになる馬をすごく悩んで決めるんだが……君はどうやって決めているのかな?」


お父さんへと質問する。


「そりゃあもうビビッときた馬同士だよ!俺もビビッときたからカミさんに決めたんだぜ!」


「これでたまに当たりの馬が出るんだから、不思議なものだよ」


「あはは……」


急に牧場の行き先が不安になってきた……


「とにかくだ、ソロンは連れて帰るとしよう。そして調教を一新する。一番後ろからのレースに慣れさせるためにね」


「お、お願いします!」


「任せておきなさい。それと改めてお礼を言おう。ありがとう」


そうしてソロンはまた牧場から出て行くことになった。


「坊ちゃん……」


そのとき、ソロンは不安そうにボクを見てきたので優しく頬を撫でてあげた。


「楽しく走ることを忘れないで。ボクを乗せてくれたときみたいに」


「……坊ちゃん!大好きですぜ!」


ベロベロベロベロ!


「くすぐったいてば!」


見送りのみんなもトナシさんも、全員が笑っていた。

そしてボクもよだれだらけの顔で笑う。

ソロンがまた活躍することを祈りながら。

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