暴れん坊を落ち着かせます!
「どうどう!落ち着けって!」
「あんまり近づくと危ないですよ!?」
「そうも言ってられん!このままじゃ脚を折るかもしれんだろう!」
ハーイアの耳に二人の声が届く。
状況は良くないことはそれだけで判断できる。
坂道を駆け足で上がっていくと、ヘーロイとシエルの二人が閉じた門の前で牧場内の様子を窺っていた。
「あんたなにやってんだい!?危ないから家に帰ってな!」
「柵は頑丈だが破られんとも限らんぞ!」
二人がハーイアに気づくと慌ててつつ、すぐに引き返すように指示を出す。
「この子が……止めるというんです。私も半信半疑ではありますが、この子の想いに応えたいと思います」
「ディクトが?確かに不思議と馬に懐かれる子なのは分かるが……」
ヘーロイはそれでも危ない、そう続けようと口を開きかけた。
それを遮ったのはシエルの言葉だ。
「ディクト……できるのかい?」
「うん!まかせてよ!ばぁば!じぃじ!」
「まったく、無茶ばかり言い出すのは血筋かねぇ?今開けてやる」
「ありがとうございます!」
ハーイアは礼を言い、牧場内に入っていった。
「だ、大丈夫なのかい?」
「孫ができるって言ってんだ。信じてやらなきゃもう笑ってくれないよ」
「うぅ……それは困るが……」
「ならどんと構えてな!それでも万が一のときはすぐに駆けつけるよ!」
二人は互いに長い木の棒を持ち、少し離れた場所で様子を見守りだした。
「ほら……柵の前まで来たわよ」
「はは、ありがとう」
ディクトを抱いたまま白い柵の前に立つと、ハーイアは嬉しそうに笑う息子に感謝をされた。
それを見ただけで、スッと恐怖心が和らいだ。
「おいで」
ディクトがそっと語りかけるように囁いた。
いくら柵の近くといえど、暴れている馬との距離はある。
その言葉が耳に届くのかとハーイアが思っていると、先ほどまで暴れていた馬は途端に大人しくなった。
牧場にいる全員がホッと安心した瞬間、一直線に二人めがけて走り出したのだ。
ハーイアは急な展開に足が動かなくなってしまっている。
「なっ……!何であいつらがここに!?とにかく早く逃げろ!」
「ハーイアさん!ディクト!」
二人に気づいたサイレスとタスクは大声を上げて追いかけるが、馬の速さに追いつくことは不可能だ。
「アタシとしたことが!出遅れちまった!」
「わ、私も!」
ヘーロイとサリアも駆けつけようとするが、間に合わない。
今にも凄い速さで迫らんとしている馬を目前にして、わなわなと震えるハーイア。
しかしディクトはそんな母を安心させるかのように、微笑む。
「えへへ、大丈夫だよ」
「ふふふ……そうね」
自分がなぜこんなにも安心しているのかは分からない。
それでも体の震えは止まり、ただ自分を案ずる息子の頭を優しく撫でた。
その瞬間、視界に影が差す。
馬がじっとこちらを見ていたのだ。
生まれて一年とはいえ、体は大きくたくましい。
「よしよし。大丈夫からね?」
ディクトは柵の隙間から伸ばした鼻を小さな手で撫でる。
すると、ブルッブルッと鼻を鳴らし、舌でディクトの顔を舐め始めた。
「あはは!くすぐったいよ!」
そう笑って舐められていると、ヒヒーン!と馬も笑っているかのように激しく舐め続けた。
その光景を見たサイレスは小さな声を漏らす。
「ディクトは、フリージアなのかもしれん……」
「フリージア?花の名前ですよね?」
この状況との関係性が分からず、タスクは聞き返した。
「ああ、この国の英雄は知っているか?」
「ええ……おとぎ話にもなっている戦争を終わらせた騎士ですよね?それと何か関係が?」
「そうだ。おとぎ話では二国間の戦争を止めるため、この国の王から敵国の王へと戦場を馬とともに駆け抜け、見事に終戦へと導いた。しかし多くの矢を受けた騎士と馬は手紙を届けた後に死んだんだ。それを悲しんだこの国の王はこう称えたそうだ。騎士フリード、その愛馬ジアーク号。二人の関係はまさに信頼と絆。奇しくも二人の名前と同じ名を持つ花を二人に捧げよう。そうして彼らの墓には多くのフリージアが植えられた。それからのことだ。馬と心を通わせるものを、フリージアと呼び出したのは……」
「そんな話があったんですね……知りませんでした」
「まあ花の名前の方が有名だからな。もしかしたらこの街から騎士が生まれるかもしれんぞ?」
「それは楽しみですね!」
二人が見つめる先には、馬と無邪気に戯れるディクトの姿がある。
「もうべとべとだよぉぉぉ!」
しかし、あまりにも舐められ過ぎて困っているようだ。
そんな様子を見て二人は笑い合った。