戦力を改めて教えてくれます!
「あらあら、随分と大勢の方がいらっしゃいますね?」
ボクたちが席に着いてから少しして、おっとりとした声のおばあちゃんが話しかけてきた。
「これはオーナー。生産者のサイレスとその息子のディクト。そして今回応援していただけることになったダヴィル卿一家の方々です」
「まあ、それは光栄ですこと。私、エリザと申します。皆様、どうぞお見知りおきを」
落ち着きあるグレーのスーツとスカートを上品に着こなしたエリザさんは、優しく微笑んで頭を下げてくれた。
今では名前だけになっちゃったけど、王家の遠縁ということもあって多くの人に慕われてる優しい人だって、お父さんに教わったことがある。
ボクも何度か会ったことがあるらしいんだけど、あんまり覚えていなかった。
その挨拶に応えて、ダヴィルさんやオクリスさん、それにリディアも笑顔で挨拶をしている。
良かった……リディアの機嫌も少しは直ったのかな。
そんなことを思って彼女を見ていると、目の合った瞬間にぷいっと目をそらされてしまう。
まだ怒ってるよ……
ボクがしょぼくれていると、エリザさんは嬉しそうに話しを切り出した。
「トナシさん、このような晴れ舞台に導いていただきありがとうございます。それにサイレスさんにディクト君やソロンを応援してくれる方々がこんなにたくさん来ていただいて。もう思い残すことはないわ……おじいさん、今からそちらに向かいます……」
そう言うと両手を合わせて、そっと目を閉じるエリザさん。
「オーナー……旅立とうとしないでください。まだまだお若いのですから」
「あら、やだわぁ!こんな70のおばあちゃんを捕まえて若くて綺麗だなんて!」
その言葉を聞いて元気に目を開くと、トナシさんの肩をバンバンと叩きだした。
なんか、すっごい元気なおばあちゃんだな……
ボクの中でのエリザさんの印象は、上品なおばあちゃんから元気で面白いおばあちゃんに変わっていくのだった。
「オーナーもお越しになりましたし、改めて今回のレース展開から主なライバルを説明いたします。色々と不安な部分があると思いますので……」
「助かるのう。乗ってはみたもののいろいろと……困惑しているんじゃ。特に、騎士君にじゃが」
ボクたちは困ったように笑い合う。
「では、まずはそこからお話ししましょう。彼は目立った戦績はないものの、一つだけ飛びぬけているものがあります。それは後方でのレースの上手さです」
「おや?後方のみなのかね?」
「……彼は追われる立場になると非常に動揺してしまい、馬のペースもなにもかも忘れて鞭を振るうのです。そのせいで体力の尽きた馬に良い結果は出せません」
あれ?誰かに似てるような……?
「しかし後方から、それも最後方だった場合、彼ほど技術のある騎士はそうはいないでしょう。冷静なスタミナ配分、コースの位置取り、ラストスパートのタイミング、どれをとってもこの地方では上位に値します」
「トナシ君がそれほど褒めるのも珍しい。しかし、それだけの技術を持っているのならあの自信のなさはどういうことなのかな?」
「彼は貧村の出身でして、騎士に憧れてこのハイリッジの騎士学校に入学しました。親だけでは出せない学費を周囲の人の援助でまかなったそうです。無事に卒業したものの、後ろ盾もない新人の騎士に任されるのは雑用や調教といったことばかり。たまにレースに出たとしても、調教師の指示は先行待機というもので彼の技術を活かせることはありませんでした。その結果、卒業して二年間での彼の戦績は、0勝とひどいものでした。同期は既に複数の勝ち星を挙げており、しまいには後輩にも抜かれてしまったのです」
「く、苦労人じゃのう……」
「可哀想です……」
「てやんでぇ……目から汗が止まらねぇ……」
先程まで怒っていたリディアもユウガさんの過去を知り、瞳を潤ませている。
ボクの隣ではお父さんが滝のように涙を流していた。
大変だったんだな……
「おや?しかし、このハイリッジ杯は未勝利騎士は参加できないのではなかったかのう?」
「えっ?なんでですか?」
「この地方では最高峰のレースじゃからな。それにふさわしい技術を持つ者でないと出場を認められんのじゃ」
ボクの質問に、ダヴィルさんは優しく教えてくれた。
「彼は今期、二勝を挙げています。それもソロンとのペアで、昇級戦とトライアルレースを勝ちあがりました」
「トライアルレース?」
また知らない言葉だ。
「ハイリッジ杯の予選のようなものじゃ。これに勝つことで出走権をもらえるのじゃが、予選とは言っても実力馬が揃うので下手なレースよりも勝つことが難しいと言われておる」
「ソロンがそれに勝ってくれたから俺たちに案内状がきたってわけだ」
「へぇ……そうだったんだ。それじゃあソロンとユウガさんは息ピッタリってこと?」
「お互いに後方からのレースを得意としているのでそうなる。実際に二戦二勝と良い結果が出ているのでな」
ユウガさんが、誰かに似ていると思ったのはソロンだったんだ。
だったら息が合うのも分かる。
「トナシ君もよくそのような逸材を見つけたものだ」
「調教を何度か手伝ってもらったことがありまして、その時から光るものを感じておりました。しかしこれも、オーナーがソロンに乗せてくれる許可をしてくださったおかげです。ありがとうございます」
「お礼なんていりませんよ。一生懸命な若者には機会をあげたいものでしょ?それも可愛い子なら、ね?オクリスさん?」
「ふふっ……薄幸な美青年なんて逸材ですからね?」
「そうでしょう!?話が分かるわ!」
「おーい……旦那の前じゃぞーい……」
その寂しそうなダヴィルさんの声は、楽しそうに笑う二人には届かなかった。
「……いいかもしれません」
「……えっ?な、何がかな?」
ボクを見るリディアがすごくいい笑顔なんだけど!?
「えへへ……子犬のように震えるディクト君を想像したら、つい……」
「つい……何!?」
「……秘密です♪」
機嫌が良くなったのはいいけど、ものすごく恐いんだけど!?
「頑張れよ……ディクト」
「皆様、レース展開は……よろしいのでしょうか……?」
トナシの言葉は誰にも届くことはなく、風に流されていった。




