騎士だって人の子なんです!
ボクたちは今、パドックを後にしてレース場に移動していた。
ゴール前で観たかったけど大勢の人が集まっていたので、階段を上って関係者席に移動した。
そこはサロンとまではいかないけど、木のベンチに柔らかいクッションのおかげで座りやすい。
それに見渡しも良く、上から眺めるようにコースを見ることができるのでボクは十分に満足だ。
ただ……パドックを出て行くときのソロンの騎士さん(ユウガさんって言うらしい)のおかげではしゃぐ気持ちはなくなっていた。
それがなぜかというと、ボクとリディアにとって悲しい事件があったからなんだ……
「トナシさん!やっぱり騎士変更してください!荷が重いんですぅぅぅ!」
「今になって変更ができるか!覚悟を決めて乗れ!」
「そんなぁぁぁ!」
見た目は多分、カッコいい人なんだと思う……
でも、泣き出しそうな表情で全部が台無しになっていてもったいない。
混じりけのない綺麗な金髪が羨ましいなぁ……
ボクは一房だけある自分の色の違う髪を引っ張ると、ちらりと見上げる。
「私はディクト君の髪、綺麗だと思いますよ。まるでお馬さんみたいですから」
リディアが小さくボクの耳元でそう褒めてくれた。
「そ、そうかな……」
褒められたボクは単純なもので、すっかりとにやけていたんだけど、
「ええい!仕方ない奴だ!……リディア嬢、少しよろしいでしょうか?」
頭を抱えたトナシさんが話しかけてきたので、ボクは顔を引き締める。
「なんですか?」
「あのバカにこう言ってもらえませんか……?」
しゃがみ込んで耳打ちしたので、内容は聞こえない。
「そ、そんなことを言うのですか!?」
リディアが恥ずかしそうに頬を染めているので、あまり良いことではないんだろうなと思った。
「決闘がなかったらこのようなお願いはしませんでしたが、そうなってしまった以上、万全を期したいのです……」
「ううっ……そう言われましたら断りづらいです……」
ちらりとボクを見てこほんと咳ばらいをすると、ぎこちなく微笑みながらユウガさんの方へと歩いていく。
「とってもカッコいいですわぁ……!きっと私の元へ一番になって迎えに来てくださるのですね……騎士様!」
ぼ、棒読みだぁ……
明らかに言わされてる感が凄い……
「おお、小さなレディ……最高の栄誉を貴女にお届けいたしましょう……この騎士ユウガが!」
だけど、ユウガさんはとっても元気になったみたいです。
「さあ!我が愛馬ソロンよ!いざ!栄光の黄金路を共に駆けん!」
再び近くまで来ていたソロンに颯爽と乗り込んだ。
「相変わらずの変な奴……それでは坊ちゃん、ちょっくら行ってきます」
「うん!頑張ってね!それと走ることを楽しんでおいで!」
「もちろんでさぁ!」
そのとき、ソロンは大きくいなないた。
少し前にしょんぼりとうなだれていた姿とは、まるで大違いだ。
「では後ほど、黄金騎士として皆様の元に馳せ参じましょう!はぁはっはっはっ!」
「……こいつ、振り落としてやろうか」
そう言って駆け出していったユウガさんとソロン。
期待に膨らんだ胸が、少しだけしぼむ。
「ありがとうございますリディア嬢。おかげでなんとかなりました」
「もう絶対にしませんからね!あんな恥ずかしいこと!」
「ふふっ、もう少し練習しましょうね。世の男性はあの方ほど単純ではありませんよ?」
「そんなことありませんよね!?私の渾身の演技は素晴らしいものだったでしょう!?」
頬を膨らませて怒るリディアがボクに同意を求めてくる。
「……うん」
ボクはなんとか頷いたんだけど……
「答えるのに長い時間かけたというのに、たった一言なのですか?」
リディアはじとぉ……っと冷たい視線を送ってきて、さらに不機嫌になってしまった。
「えっと……その……」
「ディクト君のバカ!もう知りません!」
「リ、リディア!ごめんってば!」
「「「ははは!」」」
そっぽを向くリディアと慌てるボクを見てみんなが一斉に笑いだす。
はぁ……レース、ホントに大丈夫かな?
ボクはそう思いながら、リディアに謝るのだった。