その決闘受けてたちます!
「トナシ君、そこまで言うのならば受けてあげてはどうかな?」
気を取り直したダヴィルは口論、というか一方的な言いがかりに参戦した。
「ダヴィル翁……そう簡単に言いますが、私だけの問題ではなくオーナーにも火種がかかってしまいます」
「そこは安心していい。ワシがその勝負に乗るので迷惑はかけんわい。構わんじゃろ?ウザック卿よ?」
「ほう……?」
その言葉によって、ウザックの目が冷たい光を灯す。
「貴様もそれなりの相馬眼はあるのだろう?我が馬を見て、それでも勝負を受けるつもりか?」
余裕の表情を浮かべ、見下した瞳と冷笑をダヴィルへと向けた。
それは自分の勝利を絶対と疑わない態度だ。
「まあ正直、勝てるのかのう……とは思っておる。それに自分の目で選んだ馬でのレースでは惨敗続きじゃしな」
「ははは!負ける勝負を受けるとは酔狂が過ぎるぞ!」
「だが、馬を見る目は平凡だとしても、人を見る目は非凡だと自負しておる。勝負を受ける気になったのもその人物のおかげじゃ。まあ言うなればワシは代理の代理じゃな?ほっほっほっ!」
「何……?ならば私の相手は誰だと言うのだ?」
「この少年じゃわい」
「わっ!?」
ボクは急にダヴィルさんに引っ張り出されると、
「……受けると言った勝負、もはや冗談では済まされん。それを後押ししたのが、その子供だと?」
圧倒的な高さから、冷たい視線で見下ろされていた。
それは生まれて初めての体験だ。
「あ、あっ……」
こ、こわい……
ボクは大人の敵意というものを感じて、足がガクガクと震えてしまう。
「大人気ないのう。お主の息子と変わらん歳ではないか」
「ふん……他人の子に興味などたいして無い。それも下賤な庶民とあれば特にな」
「とにかく!決闘は成立ということでよろしいですね!?」
それまで静かにやり取りを見守っていたドルバだったが、嬉々として話に加わった。
「その前に決めておくべきことがあるだろう……それぐらいも知らんのか」
だが、ウザックに睨まれるとすぐに顔を引き締める。
「そ、そうでしたね!私の馬が勝てば土下座して謝罪してもらおう!そして二度とクソ親父の話をするな!」
そう言うと、怒りの形相でトナシを指差した。
「……ダヴィル翁、色々と申し上げたいことはありますが、感謝いたします。この場を整えてくれたことを」
それを受けて、トナシは小さくため息をつきながら帽子をとると、うやうやしく頭を下げる。
「その様子だと勝てる自信は十分にあったようじゃな。感謝だけ受け取っておくわい」
「もちろんです。対戦相手のことは十分に調べ、策は騎士に伝えてあります。それが調教師です。それに私にも後押しがありましたからね」
トナシは柔らかな笑みを浮かべてディクトを見る。
それは彼に大きな勇気を与えた。
やっぱりトナシさんも気づいていたんだ!
自分の考えが間違っていない。
そう思ったディクトの足の震えは止まっていた。
「馬鹿馬鹿しい!そんなことは弱者がすることだ!相手によって策を変えるなどということはな!」
「ソロン、私の調教した馬が勝った暁には、もう一度学びなおせ。古くからの助手や厩務員たちに」
「ふん!いいだろう!そんなことは絶対にないがな!」
「私から、最後に一つだけ教えよう……勝負に絶対は無い」
「その言葉!とっくの昔に聞き飽きたわ!」
ギリギリと歯を食いしばって睨みつけるドルバを相手にせず、トナシは帽子を被り直した。
「さて……前座の条件は決まったようだが、私との勝負で生温いことはさせんぞ」
「どのようなものかの?」
「陛下に貴族の爵位を返上しろ」
「ワシは別に構わんが、少し世間体が悪いのう……」
「ふふ、少しで済むわけがないだろう?陛下から頂いたものを突き返すのだ。その無礼は商会の信用問題にも関わり、取引も危うくなるのは間違いないのだからな」
「やれやれ、分かったわい。それではこちらの条件じゃが……人々を認めろ。同じ、人間として」
「……勝負の前に一つだけ貴様のことを認めてやろう」
「ほぅ、それは光栄じゃ。何を認めてもらえるのかのう?」
「釣り合わんほどの条件を突き付ける、その小賢しさをな」
「ほっほっほっ。商人にとって最高の褒め言葉じゃわい」
苦々しい表情のウザックとは対照的ににこやかに笑うダヴィルだった。
ここに全ての条件は整い、あとはゲートが開かれるのを待つのみとなる。
その舞台は芝、右回りの2400m。
18頭の駿馬が、地方都市ハイリッジ最高の栄誉を目指す。
第35回 ハイリッジ優駿賞 まもなく出走開始。