なんだか嫌な人が来ました……
「まったく、騒がしいな……」
「……これはウザック卿、お騒がせして申し訳ない」
後ろからの声にボクが振り返ると、二人の人物が立っていた。
一人は茶色の髪をオールバックにした紳士風の男性。
キラキラとした宝石で飾り付けたスーツ姿の人物で、髭を触りつつこちらを冷たく見下ろしていた。
そしてもう一人はボクと同じくらいで男の子。
二人はよく似た整った顔をしているので親子だろう。
こちらも綺麗に着飾っていて、その目の先にはリディアがいる。
「ここは由緒ある上流階級の憩いの場なのだ。君は新参者だからこそ、もう少し謙虚にしたまえ」
父親ほどの歳の差があるダヴィルさんを、こき下ろすように叱りつけた。
そしてボクたちをちらりと見ると、
「それに下賤なものを入れるんじゃない。空気が汚れてしまうではないか」
ボクはその言葉の意味が分からない。
だけど、悪口であろうことは分かった。
お父さんが震える手で自分の足を押さえつけているからだ。
そうやって必死に怒りを抑えているんだと、ボクは思った。
「彼らは生産者でワシの客人だ。それに下賤なものなどではない。謝罪をしてもらおう」
「ふん。いいか?貴族ではないものは下賤なのだ。それを下賤と言って何が悪い」
まるで闘っているかのような言葉の応酬が、目の前で始まってしまう。
先ほどまでにこやかだったダヴィルさんの面影はそこにはなく、怖い顔をしている。
オクリスさんは何事もないようにお茶を飲み、リディアは見つめてくる男の子から目をそらしていた。
トナシさんはお父さんの腕を押さえ、耐えるように促しているみたいだ。
「貴族というのは本当に流通が分かっておらんな」
「……なんだと?」
「貴様の着ている服、身につけている宝石、その他日常生活のありとあらゆるものに多くの人が関わっている。そしてその大多数は貴様がバカにしている人たちだ。それを感謝もせずに見下すとは、あきれ果てるわ」
「貴族の私に奉仕できるのだ。逆に感謝してほしいものだな」
男はまったく意に介さず、嘲笑う。
「ならば貴族として、貴様は人々に何を返すのか?」
「バカを言うな。なぜ私が返す必要がある?」
「貴族というものは、戦国の世で民衆の盾になるべき存在だった。敵国から守るべきためのな。だからこそ民衆は貴族を称え、感謝したのだ。それが分かっている貴族は自分のもとに集まった富を民衆へと分け与える。病院や学校を建設、運営したり、祭りを開いたりとな。そうやって分け与えた富はまた街や人を駆け巡り、名声となって返ってくる。それが今の世の貴族じゃ。分かったかな?坊主」
「私を侮辱するか!?成金風情が!せっかく高貴なる我が一門に加えてやろうとしていたのだぞ!?息子と貴様の孫娘を婚姻させて!」
「その話は何度も断っているじゃろう?政略結婚など馬鹿馬鹿しい。孫には良い恋をして欲しいからのう」
「……どうやら血の重さが分からんようだな。この話は破談とさせてもらう」
「だから先に断っておるのじゃが……」
ため息をつきながら、ダヴィルさんは男の子に目を向ける。
「ただ愛しあう二人なら、反対する理由はない。振り向かせることができたのならのう?」
その言葉を聞くと、悲しい顔をしていた男の子は微笑んだ。
「……戯言を。行くぞ、ライハーツ!」
「う、うん……」
力なく返事をすると、ずかずかと歩く父親の後を追っていった。
「みなさん、お騒がせしてすみませんでした」
そうして完全に姿が消えると周囲の人たちに向かい、ダヴィルさんは頭を下げて謝罪をする。
「いや、気にしないでいただきたい」
「ええ、良い言葉を聞かせていただきましたわ」
「まったくだ。襟を正す気持ちだよ」
「お恥ずかしい限りですな」
険悪な空気はあっという間に消え去り、和やかな空気へと移り変わっていく。
「ワシの顔を潰さずによくぞ我慢してくれた。ディクト君のお父さんは強い人だな?」
お父さんの肩に手を置き、優しい微笑みをボクに向けてくれた。
「うん!世界一のお父さんなんだ!」
「……ありがとな」
お父さんはそう言うと、大きな手でボクの頭を撫でてくれる。
「さて暗い話はここまでにしようかの。もうすぐメインレースじゃ!パドックを見に行こうかの!」
「はぁ……すぐにこれなのですから」
「べ、別にいいじゃろ!楽しみにしておったのだから!」
ため息をつくオクリスさんと恥ずかしそうに言い返すダヴィルさん。
その二人の姿に、サロンは笑いへと包まれたのだった。