表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/31

序章

東京優駿。

数多くのサラブレットが栄光に挑み、感動を生み出してくれたレースである。

そんなレースで筆者が生涯忘れることができないもの。

それは二十年ほど前のことだ。


私も若く、記者としては新人だったが競馬愛では負けないつもりでいた。

当時のがむしゃらな私はどうしても我慢できず、無敗のまま皐月賞を制し、東京優駿へと挑むサラブレットの取材を担当させてもらった。


そして電話での取材申し込みをすると、あっさりと承諾してもらったことに驚いたものだ。

余談ではあるが、この時のことを後に聞いた。

戦術や調子なんて聞かずにただ馬を見たいのでお願いします!なんて変わった記者だと思ったからだよ。

と、老調教師に笑われて言われたときには恥ずかしい思いをしたが、今では良い思い出である。


厩舎に到着すると挨拶を済ませ、いよいよご対面だ。

馬房へと近づき、私の目に飛び込んできたのは、漆黒の体に輝く流星を額に持ったサラブレット。

初対面の私を威圧するでもなく、優しい瞳で出迎えてくれる。

それはまるで歓迎しているかのように。


私が呆然としていると、声をかけられる。

それは若き天才との呼び声高い騎手だった。


どうですか?凄い馬でしょう?


同じくらいの年齢のはずだが、彼の落ち着いた雰囲気はベテランそのものだ。

だが、そう感じさせないのは彼の無邪気な笑顔だろう。


は、はい!凄く優しそうです!


言葉に詰まりながらそう答えると、彼はこらえきれずに吹き出した。


何か失礼のことでも!?


ははは、違いますよ。

僕が初めて見た時と同じ感想だなと思いまして、そんなにいないでしょうね。

競走馬に優しそうというのが第一印象な人は。


そんな話で盛り上がっていると、私は当初の目的を思い出す。

取材に来たというのに、ただのファンのような会話になってしまっていた。


次のレースはどういう風に闘われるつもりですか?


いつも通りですね。後ろについていき、直線で先頭へと立ちます。

というかですね?僕は乗っているだけなんですよ。

全ての判断は彼がやってくれるので。


そう言い苦笑しながら彼は相棒を見上げた。

すると笑ったように歯を見せ、口角を上げる。


……なんだか会話を理解しているようですね?


そうだと思いますよ?

調教の会話をするとげっそりしています。

その反面、食事や散歩の話をしているとスキップして催促してますからね。


私はその話を聞いて彼を見上げると、照れくさそうにそっぽを向いたのだった。

そこで私は耐え切れず笑ってしまう。

それにつられて二人も笑う。

あははは!ヒヒーン!


最後に一言いただけませんか?

取材時間の終わりが近づいたのでそんな質問を投げかけた。


そうですね……彼の活躍に期待してください。

きっと忘れられないものになりますから。

そう言って微笑む。

あっ、もし勝ったら派手なお祝い記事をお願いしますよ?

……負けたら、ほどほどにしてください。


ははは、分かりました。

約束します。


そうして私は記事を書いた。

忘れられないレースとなるはずだ!と……

まさしくその通りのことになる。

しかしそれは、我々が思い描いていた未来とは違うものであった……


当日、時代の目撃者になろうとする多くのファンが競馬場に訪れる。

当時最高の入場者数となったそうだ。

そして今でもその記録は破られてはいない。


大きな歓声の中でファンファーレが鳴り響き、レースは始まりを迎える。

宣言通り、彼らは最後方で待機して走り、そのまま直線へと向かう。

しかし先頭との差は大きく、届くのだろうかと私は不安になってしまった。

それは観客たちも同じだっただろう。


だがそれは杞憂に過ぎなかった。

大外を回って、前を向いた瞬間、溜められていた脚が矢のように解き放たれる。

大きく開いていた差はみるみるうちに詰められていき、あっという間に先頭へと躍り出た。

そしてゴール板を駆け抜けた二人に大きな歓声が上がる。


だがその瞬間、二人は崩れ落ちていった。

それは非常にゆっくりと、しかし確実に二人はターフへと近づいていき、倒れ込んだ。

その衝撃的なシーンを見て誰もが何も言えずにいた。


そんな中で無敗のダービー馬となったサラブレットがよろよろと動き出す。

ターフへと投げ出された騎手に向かって。

彼の前右脚は、あらぬ方向へと曲がり一目で骨折だと分かる。

それがどのような結果を生み出すかも……


それでも彼は歩き、騎手の元にたどり着くと、鳴いた。

以前に聞いた力強いいななきではなく、力なく悲しそうな鳴き声。

まるで謝っているかのように、泣いていたのだ……


その後、無敗のダービー馬は空へと旅立つことになる。

そして同時刻、救急車で運ばれ意識不明だった騎手も旅立ってしまった。

どこまでも二人は一緒なのだろう。

そう思い、私は涙を流しながらも笑顔で記事を書いた。

どの記事も悲報を伝える中で、私は勝利を祝福する。

おめでとう!最強のタッグが栄光を掴む!

彼との約束通りに。


今でも二人はともにいるのだろうか?

私はいてくれると嬉しいと思う。

天弓と呼ばれた二人が離れてしまうのは、とても寂しいものだから。

最後尾から矢のようにターフを駆けた二人に感謝を込めて……


私が選ぶ最高の名馬

著者 競馬好きおじさん

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ