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【コミカライズ9/29公開】お気楽令嬢は、婚約破棄にほくそ笑む【まさかの】  作者: アバタロー
第2章 お気楽令嬢は、居候生活にほくそ笑む
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3.お気楽令嬢は、イケメンがお嫌い



 アンネローゼは、屋敷から馬車にかぽかぽ揺られて、獅子宮という巨大な屋敷にやってきた。 

 ざっくり言うと、白い壁がまぶしい豪邸である。


 ちなみになぜ獅子なのか、というと、ここを拠点とするイケメン――ゲオルグが獅子のごとき雄々しさと優しさを併せ持つ理想の男性と言われているかららしい。


(お、ぉぉ……凄い大きさ)


 アンネローゼは心の中で恐れおののいていた。アンネローゼの実家何軒分だろうか。


 でも、まあいっか、と気持ちを切り替える。

 なぜアンネローゼがここに来たのか。


 それは、アンネローゼのスローライフや婚約破棄を手伝わせる優秀なしもべを探しに来たからである。


「なるほど、従者が欲しい、と」


「えぇ、そうです」と言いながら、アンネローゼは対貴族社会用の笑みを浮かべた。


「最近、私の体調も回復してきたので、しもべ……げふんげふん」


 おっと間違えた。


「ではなく、従者がいてくれるとありがたく……」と、訂正しておく。


 ちなみに、なぜかアンネローゼはこの前の王国クーデター事件で体調を崩しているという噂が、屋敷では流れていた。

もちろん、そんなのは全然嘘で実際は健康そのものだったが、アンネローゼはその噂を放っていた。


(病人扱いって気楽でいいなあ〜最高!)


 他人からわざわざ優しく扱われるのに、それを否定するあほが一体どこにいるだろうか。

 というわけで、アンネローゼは悲劇のヒロインぶって屋敷でダラダラしていた。




「そうですか、了承いたしました」


 そう言うのは、恭しく頭を下げるのは、獅子宮の一室――落ち着いた執務室でアンネローゼを迎えたダーヴィトという男である。


「やっぱり、がっかりなされているのですね」


 獅子宮に着いてからも、ぼーっと考え事をしていたアンネローゼになぜか、このダーヴィトとかいう男が残念そうに言う。


「すみません。我々としても、殿下と会わせてさしあげたいのですが。やはり我々は殿下あっての派閥です。派閥のトップが色々と動かなくてはならないのですよ」


 そう言って、いかにも寂しいでしょう? みたいな視線を投げかけてくる。


「殿下がお忙しいのはわかっていますわ」


 いいえ。あのイケメンがいないのはむしろ好都合です、と心の中で捕捉する。

 イケメンは嫌いではないが、遠くから観賞するのが性に合っている。  


「へえ、なるほど。そうですか……」となぜか、口数少なめに考え込むダーヴィト君。


「では、従者については、なにかご要望はおありですか? 例えば、見目がいい、とか」


「見目は必要ありません」


 アンネローゼは思わず食い気味に答えていた。


(はぁ……全くもう)


 これだから、スローライフ初心者は嫌なのである。

 アンネローゼが心の底から欲しているのは、スローライフへの道を切り開く、純然たる労働力だ。


 いくら顔がよかろうと、働けないものはこのアンネローゼの部下としては、不要以外の何物でもない。

 バカなことを言わないでいただきたい、と若干警告の意味を込めて、アンネローゼは向かいに悠々と座る男の顔をにらんだ。


 あ、でも


「やっぱり、体は丈夫な方が……」


 やっぱり、都心を離れてスローライフに打ち込むのだ。まあ、肉体は丈夫な方がいいだろう。

 筋肉ムキムキの労働力……。

 最高だあ……。


 見た目なんぞよりも、必要なのは肉体である。

 

「おやおや、そんな重労働をさせるおつもりですか?」とさわやかにダーヴィトが笑う。


「いやでも、アンネローゼ様は本当に面白い方ですね」


 アッハッハッハという爽やかな笑い声が部屋中に広がる。


 ダーヴィトという男も、ゲオルグと同じようにイケメン臭の漂う男だった。

 豊かな黒髪。明らかに漂う爽やかな感じ。


 そんな青年の笑い声。



 ――が、しかし。


(う、胡散臭い。この男、凄いうさん臭い……!)


 アンネローゼは、目の前でさわやかにほほ笑む男をゴミでも見るような目で眺めていた。


 このダーヴィトという男の評判は死ぬほどいい。


 みんなに聞くと、「ゲオルグ派の懐刀」だの、「英明利発のダーヴィト」などと呼ばれているらしい。


 周りからそんな大層な名前を呼ばれて嬉しいのだろうか。まったく、しょうもない人間である。

 アンネローゼは自分にも色々と呼び名があることなどはつゆ知らず、目の前のイケメンをこき下ろしていた。


 だが、そんな周りの評判とは反対に、アンネローゼはダーヴィトを信用していなかった。


 いやむしろ、アンネローゼのセンサーは、敏感に反応していた。

 この男は、だいぶ胡散臭いぞ、と。





 アンネローゼは意外と異性を見る目がある。

 とはいえ、アンネローゼ自身が王子に黙って遊んでいた、というわけではない。

 

 アンネローゼは、なぜか学院の女子にめちゃくちゃ恋愛相談を持ち掛けられていたのである。


 


 始まりはある女子生徒だった。


 いつものごとく、「へぇへぇ。ほぉほぉ」と、なぜか話に来る女子生徒の適当に話を聞き流していたアンネローゼだったが、一か月振りに会ったその女子生徒は突如として爆弾を落としてきた。


「アンネローゼ様。ありがとうございます! アンネローゼ様のおかげでやっと不倫をやめられました!!!」


「へ?????」


「本当にありがとうございます。私、道ならぬ恋を辞めることができました!」


「なにそれこわい」


 そう。

 恐るべきことにその女子生徒はおとなしそうな見た目に反して、とんでもなくハードな恋愛をこなしていたのだ。


 それから始まる恋愛狂騒曲。

 日々、ひっきりなしに増える相談。なんだったら男子からも、である。


 最終的には、「"あの"アンネローゼ様に恋愛相談できるのは、1人1時間まで。なおかつ抽選制。ご予約はお近くのアンネローゼ派に」という意味のわからない制度が姿を現していた。


 そうして、興味のない恋愛相談に、死んだ目をしながら頷いていたアンネローゼだったが、そのおかげか、別に嬉しくもないが、耳にした恋愛話だけは多くなってしまった。


 そんな、相談経験だけは一丁前のアンネローゼの直感が言っている。


 このイケメンは怪しい、と。



「ですよね? アンネローゼ様」と目の前のイケメンは、アンネローゼが黙っているのにもかかわらず、喋り倒している。


 主張しすぎない物言い。穏やかな態度。そして万人に好感を与えるようなちょうどいい容姿。


「う~む、怪しい」


「ん? いかががなされたのですか?」


「あ、いや、何でも」


 アンネローゼの経験上、こういうタイプは意外にモテるのだ。ゲオルグのようにいかにもキラキラしたタイプは、憧れるだけ、という女性も多い。


 しかし一方で、こういう一見主張しすぎない薄いイケメンが、面倒くさい恋愛を巻き起こすのだ。


 アンネローゼの頭に、延々と他人の恋愛話を聞かされた苦い記憶が蘇り、ついつい攻撃的になってしまう。


 そもそも、こういう男はろくな人間にならない。こういうタイプは、婚約者ができても二股をかけてみたり、結婚したら不倫をしてみたり、夜会で初対面の令嬢に声を掛けたらお持ち帰りをしてみたり、と悪行の限りを尽くすに違いない。


「ダーヴィト様はお話がお上手なんですね」と言いつつも、アンネローゼは心の中でだいぶ失礼なことを考えていた。


「いえいえ、それはアンネローゼ様が魅力的だからですよ」というアホの発言に、聞こえないくらいの音量で舌打ちしながら、アンネローゼはそそくさと自身の住処に帰ることにしたのであった。


「で、では失礼いたしますわ。オホホホホホホ……」


 ――もちろん、一番タチが悪いのは初対面の人間を印象で、「二股」、「不倫」扱いしていたアンネローゼの方だったが、割と自分には甘いタイプのアンネローゼはあまり気が付いてなかった。




*****




「見目は必要ない……か」


 ダーヴィトは自身の執務室から、馬車に乗り去っていくアンネローゼの姿を眺めていた。


「なるほどねえ」


 普通、いいとこのお嬢様という存在は、従者にもそれ相応の見た目を求めるものだ。

 従者は単なる労働力ではない。従者の存在は、家の位を表すし、年若き女性の遊び相手でもある。


 しかし、アンネローゼは一瞬たりとも迷わず、「責任感」だと言ってのけた。


「単に殿下の色気に誘われただけの愚物かと思ったら、なかなかに興味深い」


 ダーヴィトはもちろん、アンネローゼの情報を集めていた。


「神の頭脳、アンネローゼ・フォン・ペリュグリット」


 ダーヴィトの口が歪む。


 今まで見せていた表情とは、全く違う種類の、笑み。敵意をむき出しにした笑みだった。


「ふん、気付かれたか?」


 そういえば、あの少女は、こちらを不審な表情で見つめてきた。

 もちろん、初対面で、敵意がばれたというわけでもないだろう。


 しかし、おそらくあの少女は、ダーヴィトの仮面に違和感を感じている。


「まあいい」


 ダーヴィトは上機嫌だった。そのまま、執務室の横の部屋に入る。

 

 室内のテーブルの上には、美しいバラの花束が置かれていた。

 その花の中には、小さな便箋がひとつ。


 ――アンネローゼへ。ゲオルグより


 ゲオルグからの贈り物をダーヴィトは無感動に見つめた。


「殿下も困るなあ」


 どう処分したものか、とダーヴィトが腕を組む。

 バラだけならまだしも、手紙は処分が面倒なのだ。


「まあいいか」


 軽く頭を振る。

 

「今は忙しい時期なんだ。どこぞのぽっと出の馬の骨に邪魔されるわけにはいかない。さっさとご退場願おうか」






 などと一方にダーヴィトが策略をめぐらしていたのにもかかわらず、一切感づいてすらいなかった神の頭脳(笑)は、一緒にいたメイドのリタに、なぜか「恋愛上手」というよくわからない期待をかけられて対応に苦慮していた。


「と言うことは、アンネローゼ様は恋愛もお上手なんですか!?」


「え、いや別に……」


「だってあの殿下とですよ!!! 凄いです!!!」と期待に胸を膨らませるメイド。



「な、なるほどね」


 聞くところによれば、彼女――リタはそろそろいい感じの男を探して、結婚しようとしているらしい。


 が、ちょっと待ってほしい、とアンネローゼは思った。



「私、いつ結婚できますか!!!!」

「……………………」


 アンネローゼはわくわくした表情でこちらを見てくるメイドに「アハハ……」と適当に愛想笑いをした。


(それって、恋愛相談とかじゃなくて、もはや予言のレベルでは???)


 とりあえず、揺れる馬車の中でアンネローゼは思った。



 こっちに聞くことじゃなくない??


 と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 胡散臭い男を嗅ぎ分ける嗅覚が滅茶苦茶鍛えられてるやんけ、アンネローゼ…! 当事者からの意見、侮れないですもんね…!! 耳年増では効かないくらい、あれやこれや相談されていたんでしょうねぇ…。 …
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