終.第3皇子は、お気楽令嬢に憧れている
「よし、机はもういいかな」
ゲオルグがそう言ってぱちりと指を鳴らすと、机の山がどさどさと床に落ちた。
とんでもない量のボロ机を、ゲオルグは一時的に宙に浮かせていたらしい。
魔術素人レベルのアンネローゼだってわかる。
明らかに、普通の魔術じゃない。
しかし。アンネローゼがやろうとしたら10年くらい学園に幽閉され、缶詰め状態で泣きながら魔術の勉強をしなきゃ到達できないであろうレベルの魔術を披露したゲオルグは、相変わらず涼しい顔で立っている。
「え、なんでです?」
ほこりっぽい物置。そこに、似つかわしくないゲオルグ。
しかもそのゲオルグは何をとち狂ったのか、Fクラスには入るんだなどと言い出す始末。
……おいおいおい。
大丈夫なんですそれ??
そんな疑問に答えるかのように、ゲオルグが言った。
「僕の魔術なんだけどさ。少し出力が高いんだよね」
「出力が高い……?」
「そう。人より魔力を集めやすい体質でね。魔力が集まって発光してしまう。だから『雷光』とか呼ばれているんだ」
「はあ」
ああ、なるほど。いわゆる特殊な体質で。
だから、魔術を詠唱すると顔が煌めく、と。
カッコイイ異名の裏話が聞けた。
そして、よかった。急にこっちの眼がおかしくなったからではないらしい。
ただ、ちょっと困ったようにゲオルグが眉をひそめた。
「だから、僕は人前で魔術を唱えるとばれちゃうんだよね。こればっかりは体質だからいかんともしがたいのだけど……」
「なるほどー。たしかに魔術を唱えるたびに顔が光ってたら、目立ちますもんね」
「そうそう、本当に困るよ」
はっはっはと快活に笑う皇子。
やー面白い。
って…………いやいやいやいやいや。
そうじゃない。
たしかにゲオルグのお顔がピカピカする件については理解した。
ありがたい。夜中に一緒にいたら帰り道でも心強いはずだ。
が、しかし、である。
「あ、あの~なんでFクラスに殿下が?」
そう。
アンネローゼの本題はこっちである。
こっちの疑問は一切解消されていない。
そもそも、ゲオルグは絶対Fクラスじゃないでしょうに。
「いやあ、実はね。アンネに1つ頼みたいことがあってさ」
何かを言いたそうなゲオルグの表情。
意を決して聞いてみる。
「も、もしかして、その……国家的な事件ですか?」
先ほど、ハンナやペラ男から聞いた情報をそのまま聞いてみる。
もちろん、否定してほしいな~なんて思いつつ、である。
「あ、いや、すみません! そんなわけがなかったですよね! まさか殿下がそんな重要なことを私に対して頼むはずが――」
先手必勝。何をアホなことを……と即座に否定する。
当たり前でしょーに。
聞けば、ゲオルグは派閥のトップ。
何か困ったことがあったら、どう考えても自分の派閥の人間に頼んだ方がいい。そんなの当ったり前である。
そんな激ヤバ案件があったとしても、まさか自分に頼むわけないよね????
そう期待して聞いてみたのだが――
「………国家的な事件だって?」
目の前のゲオルグは、信じられないという風に口をぽっかり開けていた。
「アンネ。もうそこまで、気付いていたのかい?」
***********
「いやはや、さすがだね」
意外そうな表情。でも、どこかほっとしたような様子のゲオルグ。
おやおや。
なんか流れがおかしいぞー。
ゲオルグや、そんなにこっちを見てうれしそうな顔をしないでほしい。
心臓がドキドキしてしまうじゃないか。
……2つの意味で。
「どう説明したらいいかな……そうだ、アンネ。アーティファクトって言葉に聞き覚えは?」
不意に、なんだか嬉しそうなゲオルグが尋ねてきた。
意図がわからないまま返事をする。
「あー、なんか魔術の道具でしたっけ?」
授業で習ったことがある。
『アーティファクト』とは、魔術に関する強力な道具のことである。
例えば杖もそう。自身の魔力を増幅してくれるから、みんな杖を使って魔術を唱えているのだ。
しかし、みんなが日常的に使う杖のほかにも、より強力な力を秘めた道具があり、それが通称「アーティファクト」といわれる。
噂によると、強力で有名なアーティファクトは高く売れるらしい。
いいな、自分もぜひスローライフの資金源に……と思い、授業を聞いていたアンネローゼの頭の中に奇跡的に引っかかっていたのである。
「そう!」
話が早くて助かるよ、とゲオルグが手をたたく。
「実は学園にある、とある強力なアーティファクトが何者かに盗まれてしまったんだ……正直、国家規模の案件と言っても間違いじゃない」
な~るほど。
ゲオルグに「これって国家規模の事件じゃないですよねー?アハ☆彡」と冗談めかして聞いてみたのが運の尽き。
どうやら本当に国家規模の事件だったらしい。
事実は小説よりも奇なり。現実とは、時に非情である。
……ナンテコッタイ。
「野放しにしてはおけない危険なアーティファクト。犯人は未だわからずじまい。そして僕が自ら探しに来たんだけど、あまりおおぴらに魔術は使えない」
この体質もあってどうしても動きづらいんだ、と付け足すゲオルグ。
そして、そのままゲオルグはひしっと手を握りしめた。
「!??!」
こっちの手を、である。
「アンネ……君は意図的に伏せてたんだけど、何も言わなくてもそこまでバレていたとはね」
やっぱり君は凄いなあ、と顔をほころばせるゲオルグは、さらに驚きの行動に出た。
埃っぽい床。にもかかわらず、なんとこちらに向かってかしづくゲオルグ。
「ややややや」
あがががが、高そうな制服がががががが。
冷静に考えてみよう。
地味な女子生徒アンヌが、(変装はしているけど)大人気第3皇子ゲオルグを埃っぽい物置にかしづかせてまーす。
……冗談じゃない。
高名な第3皇子を埃っぽい物置にかしづかせる。
どこぞの悪女も真っ青な所業である。
あのメアリー師匠とて、そんなことはやりはしないだろう。
人聞きが悪すぎる。
「え、いやあの別に、な、何もそこまでしなくとも」
なぜかこっちにかしづきたがるゲオルグを必死にけん制。
頼むから立ってくれ~~。ほら、ね??
そんなとこ汚いですよ!!!
「それに、私以外にも適任がいるんじゃ……!」
そう。そして私には、田舎スローライフが待っている。
申し訳ないが、皇子ゲオルグよ。
屋敷に居候させてもらったり入学の準備をしてもらったりと色々ありがたいんだけど、さすがちょっと一緒に国家規模の事件に首を突っこむわけには――。
ぜひそういうことは、ご自身の派閥の人間とお願いします。
が、どうやら。
「何を言っているんだい、アンネ」
くすりとゲオルグが笑う。
「探し物は、君の得意分野だろう? 僕は、あの夜――君が屋敷の使用人のために立ち上がったあの夜の雄姿が未だに忘れられないんだ」
どう考えても自分がお荷物になりそうな気しかしかったが、ゲオルグはすっかりやる気になっていたらしい。
「僕が見ている君は、いつだって不可能を可能にして見せた。こんな感情始めてだよ。憧れ……というやつなのかもね」
そうして。
頭を上げたゲオルグが、恥ずかしそうにはにかんだ。
まるで、何か尊いものを見るように。
「アンネローゼ・フォン・ペリュグリット――その『神の頭脳』を。弱きを助け、悪しきを許さぬ。そんな君の才能を僕のために力を貸してくれないか」
あああわわわばばばbb!!?!
後世の歴史家は、「この薄暗い物置から伝説は始まった」とか、「ここが歴史の転換点だった」とか、まあ好き勝手書き始めるのだが、とりあえず、そんな謎シチュエーションで両手を握られっぱなしのアンネローゼには1つ言いたいことがあった。
――圧倒的頭脳を。弱きを助け、悪しきを許さぬ。
「……いったい、どこの誰ですそいつ????????」
***********
一方。
少し戻って、ハンナとユリアンは、先生に呼ばれたアンヌの後姿を見送っていた。
「あの子、後半ちょっと変じゃなかった? ゲオルグ殿下の話であんなにショック受けてたし……意外と殿下狙いとか?」
「さあ?」
とユリアンも首をひねる。
「でも、ユリアンも丸くなったわね。まさか、アンヌを心配するなんて」
「別にそんなことはないさ。ま、クラス長になったんだしね。せいぜい頑張ってくれなきゃ困るよ」
そう言って首を振る。
「素直じゃないな~~。ツテを辿ってアンヌのために、必死に情報を集めてたくせに」
「くっ。いいんだ黙っててくれ」
茶化さないでくれよ、と思いっきりしかめ面をするユリアン。
が、ふとユリアンが口に手を当てた。
「そう言えば、アンヌに伝えるのを忘れていたな」
「ん?何が?」
「いや実はね。とんでもない令嬢が現れたって噂が持ち切りなんだ。成績優秀。頭脳明晰。魔術の腕もかなりのレベルと聞く」
「ふうん」
「しかも、留学生らしい」
「あら」
ハンナも眉を上げる。
もちろん、学園には国外からも時たま留学生が来る。
しかし留学生で、すでにそれほど頭角を現しているということは、かなりの、
「天才ってわけね。ってことは結構、派閥でも引く手あまただったんじゃ?」
当然そうなる。
が、聞かれたユリアンは相変わらず渋い顔をしている。
「どうしたの?」
「いやね。たしかに、そう。引く手あまただったらしい。けど、その女子生徒は断ったんだ」
「えっ?」
(一体、どういうこと……?)
普通に考えれば、留学生が派閥に声をかけてもらったら大喜びのはずである。
将来安泰。何しろ派閥に加えてほしいと思う生徒の方が多いのだ。国外からの留学生にしては破格の扱いだろう。
「なんとその女子生徒は、第2皇女派と第1皇子派の誘いを、クラスの目の前で切って捨てたらしい」
「…………は?」
第2皇女派と第1皇子派は権力はあるが、般の生徒を見くびるような態度を取ることが多く、プライドが高いことで有名だ。
それを衆人の前で断った??
「……どういうつもり?」
「ああ、僕も同じことを思ったよ」
そう言うユリアンも引いていた。
とんでもないことをしたな、と言いたげな表情。
「かつて所属していた僕が言うのもなんだが、連中はプライドが高い。それなのに、『私にはすでに尊敬すべき主がいるので』そう言って切り捨てたらしい。断られた令嬢が怒って後ろから魔術を使用したんだけど、一瞬で魔術を躱したんだと」
「……その子、名前は?」
学生レベルで言えば、普通、後ろから不意打ちなんてされたら躱しようがない。
だけど、その女子生徒はやって見せた。
つまり、それほどの実力差ということ。
圧倒的な実力と、派閥を前にそんなことを言いきる大胆不敵さ。
あまり学院の状況に詳しいわけでもないハンナだって、その女子生徒が今後、注目を集めることが簡単に想像できた。
――間違いなく、火種になる。
ユリアンがゆっくりと口を開いた。
「セリーヌ。魔術未経験者でありながら、数か月で頭角を現し、いまや最上位のSSクラスに昇格を認められた。才能だけならゲオルグ殿下に比肩するかもしれないって噂される――次世代の天才さ」
本日のアンネローゼさま
→ついにゲオルグが学園に潜入した理由を聞かされる。とはいえ、なんか危険そうな匂いがしたのでスルー……しようとしたが、ゲオルグにかしずかれ強制的に巻き込まれるハメに。
ゲオルグ
→ずっと危険を顧みずに他人の力になろうとする(ように見えた)アンネローゼに憧れており、彼女の力を借りたいと思っていた。若干、憧れた相手が間違ってるような気がしなくもない。
セリーヌ
→めちゃくちゃ魔術の才能があった。学園でもアンネローゼ派を広めようとしており、他の派閥からの勧誘も意に介さないでいる。たぶんアンネローゼのお気楽スローライフ計画における最大の障壁。
――――――――――――
これにて4章完結となります。
ブックマーク評価や、いいね等いつもありがとうございます。
ちんたら投稿している謎の作品ですが、ついに初投稿から1年が経ってしまいました、、、いやー時の流れって怖いですね。
よかったら、↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎評価等ぜひお待ちしています!!!!