19.お気楽令嬢は、すでに栄光を約束されている(ウソ)
やー怖い。
まさかゲオルグの持ってきた話がそんなに危ないとは……。このままだと、とんでもないことに巻き込まれてそうな気がする。
やはり情報は大事。
情報を制す者が真のスローライフに近づけるのである。
たぶん。
「アンヌさん」と呼び出され、先生に頼まれたのは机運びだった。何でも最後に1人、クラスメイトが加入してくるらしく、その生徒用の机が1つ足りないとのこと。
というわけで、クラス長の自分が駆り出されることになったらしい。
普段使用する教室は2階にあるので、机が余っているとかいう1階の物置へ。
こういう雑事もこなさなきゃいけないのがクラス長のつらいところである。
そして。
1階の物置に着くと、薄汚れた室内に机を発見した。
が、
「あー」
落胆の声が出てしまった。
先生の言う通り、机はあったけど……、
うん、汚い。
そもそも校舎の外装がボロいので、物置きもそれに輪をかけて酷い。
そして、目の前にはうずたかく積まれた机の山。
整理整頓って言葉を、この校舎の連中は知らないのだろうか????
とりあえず、机の山の中から一番手近なやつを選ぶ。
それにしたって、汚れているので、その辺に置いてあった雑巾らしきもので机を拭いておく。
こんな雑用面倒だな~と思いつつ。
しかし、無心で机を拭いていると、なんか意外と大丈夫な気がしてきた。
もちろん、アンネローゼの頭を占めていたのは先ほどの件についてである。
『やれ、国家規模の事件~』とか、『あのゲオルグ殿下が困るなんてありえない~』とハンナやペラ男は、これでもかというほどこちらをビビらせてくれた。
けれど。
……だって、ねえ?
冷静に考えれば、そこまで信用されていない気がする。
まさかあのゲオルグが、ものすごい天才と評判の皇子が、どこの馬の骨とも知れない令嬢であるアンネローゼにそんな重要なことを依頼するとは考えられない。
まあ、あれかなーと。
アンネローゼは思った。
きっとゲオルグが、アンネローゼに頼みたいのは部屋の掃除とかだろう。
ゲオルグもこの前まで、学園の寮に1人暮らしをしていた。そこでたぶん、何か黒歴史的な、いけないものがあったに違いない。
例えば、そう……ラブレターとか。
過去に女性の影があったというのはちょっと対面的にもちょっとよろしくないのだろう。その若干痛くて恥ずかしいラブレターを消し去るために、ゲオルグは再び、姿を変え学園に舞い戻ったのである。
……うん、中々悪くない筋書きだ。結構ありそうだし。
少なくとも、自分の派閥の人間を無視して、知り合って間もない自分を全面的に信用している、とかよりは、はるかに可能性がある。
となれば、アンネローゼのやるべきことは、ゲオルグの黒歴史を葬り去ることだけ。
そんなものは、ちゃっちゃと終わらせるに限る!
順風満帆。実に素晴らしい気分である。
理想の田舎暮らし、スローライフは、もはやこのアンネローゼの手の届く所にある。
後はそこはかとな~くクラス長として働き、てきとーにゲオルグの黒歴史を消し、いざお金を貯めたら、婚約破棄を発動するのみ。
ほっほっほっほ。
そう。
このアンネローゼ・フォン・ペリュグリットの栄光は、すでに約束されている――!
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そんなこんなで上機嫌に机を拭き、ひっぱりだそうとする。
「ん?」
しかし、中々、机が抜けない。力を込めて引っ張り出す。
するとやっと、山から机が抜けそうになった。
が、アンネローゼはあることを忘れていた。
「……あっ」
そう。ここはおんぼろ校舎の物置。机がうず高く積まれているのである。
そんなところで、机をむやみやたらに動かしたらどうなるか。
ガタリ、と。
抜こうとした机の山が崩れる。
「ひいいいいいいいいいい」
襲い掛かる机の山。
ゆっくりと机が降ってくる。来るべき衝撃に備え、思わず目を閉じた。
――あぁ、せめてこんなことになるんだったら、こんな薄汚れた校舎内じゃなくて、一面のお花畑でスローライフをしながら、が良かった。
しかし。待てども待てども、衝撃が来ない。
あれ?おかしい。
なるほど…………もしかしたら、自分はもうお亡くなりになったのかもしれない、
あんな量の机は避けようもないし。
あー真っ暗だ。しかも甘い匂いまで漂ってきた。
鼻をくすぐる甘い匂い。
ここが来世のお花畑というやつだろうか。
せめてその甘い匂いの発端を探ろうと、目をつむりながら手を伸ばす。
――が、
あれ?固い??
おかしい。こう……手を伸ばしてみると、なんというかゴツゴツしている。
あれ?お花畑ってこんな感じなの?
よくわからぬ。
夢中で抱きつき、さわさわと甘い匂いをまさぐってみる。
甘い匂いの発生源は、ちょうど腕で抱き着ける範囲の距離である。
それに不思議な感触がする。なんだろう地面というよりは……もう少し弾力があるような……。
そうそう。
ちょうど人の身体のような筋肉質な感じだ。
というか少し前に、同じ感触を感じたことがある。
王国クーデター事件の時に、誰かに抱きしめられた時もこんな感じだった気が……??
「……アンネ。あの~抱きついてくれるのは嬉しいのだけど、そろそろ僕が我慢できなくなりそうだから、落ち着いてくれるかな?」
「んん?」
ものすごい聞き覚えのある声を耳にし、おそるおそ~る目を開ける。
「げっ、ゲオルグ!?」
辺りを見渡す。
そこから先は、ありえない光景だった。
崩れ落ちてくるはずだった机の山が、ふわふわと空中で浮いている。
「良かったよ、間に合って」
そして、目と鼻の先には光り輝くイケメンことゲオルグ。
二度見する。
うん、間違いない。ゲオルグだ。
わー、相変わらず美形ー。
…………ではない。
な ぜ 私 が 至 近 距 離 で 抱 き あ っ て い る??
「な、な、な、な、な、なっ」
なぜかちょっと恥ずかしそうな顔をしているゲオルグからバッと離れ、後ずさる。
「ちょうどここに来たら机が崩れるのが見えてさ。思わず魔術を使っちゃったよ」
そう言って爽やかに笑うゲオルグ。
よくよく見ると、顔の辺りもキラキラと輝いている。
「あぁすまない。光が漏れているかな。ちょっと出力が高すぎみたいだね」
いやいやいやいや。
そうじゃなくて……、
「な、なんでゲオルグがここに?」
おかしい。
だってここはFクラス。ゲオルグがいるはずがない。
「それは」
が、件の天才皇子は甘い香りを漂わせながらにっこりと、笑った。
「――僕が最後のFクラスの生徒だからさ」
そう告げながら。
……なんですと????
本日のアンネローゼさま
→なんか良い匂いがするので、お花畑かと思ってまさぐっていたらゲオルグだった。