17.お気楽令嬢は、朝から(無理やり)テンション上げる
――翌日。
昨日は、非常にいい日だった。
青い空に白い雲。そして、楽しいパーティー。
お肉もおいしいし。
こうなってくるとFクラスのひどい立地も、スローライフ用としては結構いい気がしてくるから不思議である。
が、しかし。
自分はまだ学生の身分。寮の布団でぬくぬく温まる時間は余りにも短い。
というわけで。
「ぬあああああ~~」
気の抜けた声を出しながらベッドから起床。
ぼおっとした頭のまま準備を始める。
やはり時間割というものに縛られている時点で、華麗なるスローライフにはまだ遠い。
そして、寮の自室から出ると、
「あ、アンヌ」という落ち着いたきれいな声が聞こえた。
「……! ああ、コンニチハ」
声をかけてくれたのは、隣部屋のフリーダという女子生徒。
彼女は、キャロライン侯爵家という名家のご息女であり、なおかつ、こっちが血迷ってFクラス入りした時から、ずっと本気で心配してくれた女神のような令嬢である。
「今日もいい天気ね」
彼女がそういうと、まるで清涼剤のような笑顔が広がった。
「そ、そうですわね……?」
「ふふっ、そんなにかしこまらなくても。アンヌさんって面白いですわね」
うーん。爽やか。
問題児たちのクラスで、泣く泣くクラス長をしている自分なんかとは違う。
にじみ出る気品の良さに、少し白みがかった髪の毛が素敵な美貌。魔術の腕もよく、Aクラスのクラス長として、すでに頭角を現し始めているらしい。
天は二物を与えず……ではなく、天は彼女に一体何物を与えたのかと思うようなザ・令嬢だ。
ちなみにFクラス=野蛮人説を教えてくれたのも彼女である。
が、悲しいかな。
「アンヌさんって、いつも元気ですよね」とにっこり笑うフリーダ。
「そ、そうですね〜……アハハ」
……そう。
入学してからというもの、すっかりフリーダの脳内では、
『アンヌ=Fクラスにも負けずに頑張る元気な女子生徒』
と記憶されてしまったらしい。
これもすべては、アンネローゼが前に通っていた学園とイメージを変えようと、無駄に頑張ってしまったせいである。
深窓の令嬢から、ちょっと元気な普通の女子生徒へ。
こうすれば変な誤解はされないはず!
……とそう思っていたのだけど、そのせいでだい~ぶ支障が出ていた。
アンネローゼは朝が弱い。
祖国のクレイン王国だったら朝から眠くても、すました顔で明後日の方を向いておけば、
「ああ、今日もアンネローゼが美しいお顔で何かを憂いていらっしゃるわ~」的なことを言ってもらえて、こっちもそれに全力で乗っかっておけばよかった。
けれど、こっちだと自分が勝手にキャラ変したせいで、朝から陽気にふるまわないといけない。
これじゃ、真逆である。なんで朝弱い自分が必死にテンションを挙げているのか。
なんとなーく自分で首を絞めている感じがしなくもない。
「でも、本当に大変だったら、いつでも相談してね。アンヌさんはFクラスで馴染めてる?」
「あー」
馴染めてる……のか??
や、というより、あまり馴染みたくないが割りと大差で勝つ。
そんなこちらの様子に何を感じたのか、白銀の令嬢は、はぁ、とため息をついた。
「やっぱりアンヌさんは、あまりクラスの人とは仲良くないんですね、でも、それで良かったと思います」
「へ?」
「実はね、ここだけの話ですが……今年のFクラスのクラス長は例年にない速度で決まったらしいです」
たしかに今年はなんか早いなとは思っていた。
もうちょっと熟慮してくれりゃいいのに……。
「ええ。毎年Fクラスだけは最後までクラス長決めで揉めていて、決闘騒ぎまで起こってるらしいのです」
ため息をつきたくなった。
……アホだ。
あんなんで決闘してたら、身体がいくつあってもたりない。
「でも、今年は異例の速さで決まったらしいのです。しかも、どうも今年のクラス長が……」
今年のクラス長はもちろんアンネローゼである。
が、フリーダは言いよどむと、その美貌を曇らせた。
「気に食わない人がいると、見境なくマジックアローで攻撃を仕掛けてくる危険人物と聞きました」
「…………」
「その……何か目を付けられたりしたらいつでも頼ってくださいね」
無言になったこちらを、物憂げな表情で心配してくるフリーダ。
ありがたい。ありがたいんだけど……
結局。
そんな美人令嬢に、「仰っしゃられてる危険人物は私ですよ」と真実を告げる勇気もなく。
――なんか自分、酷い誤解を受けてない?????
アンネローゼはフリーダに対して、微妙な表情で対応するしかなかったのであった。
***********
「おはようございますー」
授業開始前の教室はのんびりしていた。
弛緩した空気の中、着席。
今日の授業なんだっけ?などと適当な話が聞こえてくる。
そんな中、ペラ男の姿が見えた。
「やあ、今日もご機嫌麗しゅう。諸君」
「あ、ユリアン・ペラ男・フェーデルディナント」
「……あいにくだが、僕は一度もそんなミドルネームを名乗ったことはない」
まあまあ。落ち着いてほしい。
席についたばかりのペラ男の方を向く。
というもの、こっちはペラ男に用事があったからである。
「あの~ちょっと聞きたいことがありまして」
「もしかして……わがフェーデルナントの歴史に興味があるのかい?」と顔を輝かせるペラ男。
「冗談はよしましょうねー」
予言してもいいけど、この前の君の自己紹介を聞いて、フェーデルナント家の歴史を知りたがるような生徒は金輪際現れないよ、と言ってあげたい。
「ではなにを?」と不思議そうな顔のペラ男。
「いやー実はなんですけどね」
ニッコリ笑う。
「学園の状況を知りたいなって」
「またなんでそんなことを……」
物騒だなと言いつつ、ユリアンが首を振る。
「まあまあ、いいじゃないですか。情報収集ってやつですよ。ほら?私、クラス長ですし」
もちろん、クラス長だから知りたい……のではなく。
面倒ごとをなるべく避けるために聞いただけである。
卑怯とは言わないでほしい。
これもすべてはスローライフのため。
そんな感じで説得をする。
すると、
「まあ、たしかに状況を知っておくのも大切か」とペラ男も納得してくれた。
「ですよね!! やはりクラス長はそのくらい知っておくべきですよね!」
「仕方ない。この僕が教えて差し上げよう」
「いよっ、名家」
「ふっ、君も褒め上手だねえ」
完☆璧。
そう。
ペラ男は口が軽い。
それならペラ男をおだてて、せいぜいを情報収集させていただくとしよう。
悪いがこれもスローライフのため。
ペラ男よ、恨むなら己の口の軽さを恨むがいい。
なっはっはっはっは。
――そもそも。こういう適当なことを日常的に言っているから、自分から大変な目にあうのだが、その辺をいまいちわかっていないアンネローゼであった。
現に、この返事を聞いていたペラ男ことユリアンは、クラス長になってもおごることなく、他クラスの情報を把握しようとしている(ように見える)アンネローゼの冷静さに、
(やはり、なんだかんだ真面目だねえ)
と、すこぶる感心していた。
が、
「よっペラ男!」
「……それは褒め言葉とかじゃなくて、君が始めたあだ名では?」
本人は割と自分のことしか考えていなかった。
本日のアンネローゼさま
→知り合いの令嬢に同情される。その後、小狡い感じで、ペラ男から情報収集しようと画策。ペラ男を上手く出し抜いた気でいるが、実際そうでもなかった。