16.お気楽令嬢は、慰めクラス会に出席する。
授業後。
「アンヌ。元気出してね」
と、ハンナに慰められ。
なぜかひじょ~~に不名誉なことに、「我らがクラス長を慰める会」という名のパーティーに誘われてしまった。
おかしいなー。
クラスが一致団結するのは嬉しいけど、目の前で、
「クラス長をどうやったら鍛えられるのか~~」とか、議論し始めるのやめてくれませんかね???
そんな真剣なまなざしで話し合うことじゃなくない??と思うんだけども……。
そしてペラ男くん?
「名門貴族らしく、僕も力を貸してあげよう!!」じゃないんだよ。
……まあ、とはいえ。せっかくの晴天だ。
というわけで午後。
ハンナやペラ男に誘われ、パーティーに参加することになった。
おんぼろ校舎の前の会場に用意されていたのは、大量の肉。
アンネローゼが着いた頃には、クラスメイト達の手によりテキパキと肉が焼き始められていた。
青い空に、肉がじゅうじゅうと焼ける音。
あれ?
悪くない。
や、というか、めちゃくちゃ良い。
なんかこう……とても思い描いていたスローライフに近い。
肉をサンドイッチにして、挟む。
あ~~~最高。
***********
「しかし、アンヌ。魔術科目がひどいね。僕が教えてあげようか?」
「あ、ペラ男」
そんな感じで。
校舎前でワイワイ盛り上がるクラスメイトたちを横目に、ハンナとまったり腰を落ち着けているとペラ男が横に座って話しかけてきた。
「だからまったく……僕は、ユリアンだ、と何度言えば」
そう言って、やれやれと首を振るが、そんなに怒っている感じもしない。
う~~ん、不思議。最初の勢いはどこに行ったのか、という感じである。
と、まあ、そんなことはさておき。
魔術の腕について心配されたので、
「たしかに、私の魔術の腕はアレだけど~」と答える。
「い、一応自覚はあるみたいでよかったよ」
「でもそういえば、ペラ男は魔術上手だよね。それなのになんでFクラス?」
話を振ってみる。
見る限り、ペラ男の腕は悪くない。
というかむしろ、上手な方だ。
「……まあ、あまり言いたくはないんだけど。なぜ、この容姿も優れ、魔術の腕も悪くない僕がFクラスに来たかというとだね」
そうして。
こっちが聞いてもいない容姿のことまで話し出したペラ男は、深刻そうな表情で、
「……実は夜の皇都で恐ろしいことがあってね」と語り出した。
「始まりは、ある夜だった。僕は怪しい人物に会ったんだ」
へー。
ある夜とは、アンネローゼがペラ男と初めて会ったあの夜のことだろうか。
「僕はいつも通り、名門貴族らしく、油断なく街の裏路地を歩いていたのさ」
嘘である。
油断なく、どころか油断しまくってぺらぺら話しかけてきたのを覚えてますよー。
「が、そこで、ふいにある美しい女性に会ってね」
美しい女性???
いや、そんな美人はあの夜いなかったような気が……。
「でも、そんな夜に美しい女性? 真夜中に??」と同じくハンナも不思議そうな顔をした。
「ああ、それがある事件の始まりだったんだ……」
それから、ペラ男が長話をし始めた。
***********
ハイ。
とにかく長いペラ男の話を要約すると、こんな感じらしい。
夜の皇都。
そこで、謎の美女に出会ったペラ男。
なんとその女性は、まるで透き通るような紫紺色の眼をした美女……だったらしい。
――そして、その女性に話しかけた瞬間。
何かが雷が落ちたような気がして、気が付けば、ペラ男はベッドの上で気が付いた。
その後、どうも身体が動かず……。
結果、気がついたら試験が終わっていた、と。
「……というわけで僕ともあろう者が、その謎の女にしてやられたってわけさ。これがFクラス入りの真相さ」
「……ッ! へ、へぇ~~~~」
ちょうどサンドイッチをほおばったその瞬間に、こんな話を聞かされ、危うく食べ物を吹き出しかけた。
口を抑え、なんとか防御。
危ない。せっかく仲良くなったクラスメイトにサンドイッチをお見舞いしてしまうところだった。
「大丈夫?」
そう言いながら、ハンカチを差し出してくれるハンナ。
「あ、ありがとう」
むせながら感謝をする。
本当にできる美少女である。
そうしてハンカチを受け取り、ほっとするアンネローゼの横で、ハンナはユリアンの話に俄然、興味をしめした。
「え、でも、そんな夜に1人で女性がいるかな? 暗いし、ユリアンが見間違えたんじゃないの?」
「いいや! 僕はこの目でしかと見たんだ!! あの美女をね!!」
などと2人が話し合っているが、もはや耳に入らない。
というか、ペラ男の話を聞いて、アンネローゼは冷や汗が止まらなかった。
それって。
それって…………
――完全に、自分じゃん、と。
まあ、アレだな。
紫紺色の眼の妖しき美女……とかいうのがアンネローゼのことで、きっとその後はゲオルグに雷を落とされて記憶がないんだろう。
ということは名門貴族のペラ男がFクラスに落ちたのって……もしかして自分のせい?
いや、まだ人違いという線も――
「でも、ユリアンが正気だったとしたらちょっと怪しいわね、その人。なにか他に特徴はないの?」
「たしか首に気味の悪いネックレスのようなものを掛けていて……」
頬がピクピク動く。
あ、はい。もろ自分だ。
「あれは学院で教えているような正規の魔術じゃないよ。完全にあれは……裏の世界の人間だね」
と、ペラ男が真剣な表情で結論を出した。
「うわぁ。アンヌ聞いた? 危なさそうだから、ユリアンみたいに外を出歩くなんてアホな真似はしないでね」
ごめんなさい。
あの時のおばさん、貴方が裏市で善意でくれた手作りネックレスは完全にヤバい系の道具だと思われてとんでもないことになっています。
「あぁ、夜風に吹かれる月下の美女とは、まさにあのことだったよ――って、なんでアンヌ、さっきから顔を背けるんだ?」
怪訝な顔をしてユリアンが聞いてくる。
「や、いや~物騒だなと思って。でもとりあえず、ペラ男に何もなくてよかったなって、う、うん」
ちなみに、この時ほど変装していてよかった~と実感したときはない。
黒目黒髪で、じみ~~な女子生徒。
そう。この姿であればアンネローゼの唯一の特徴――眼の色がバレることもない。
アンネローゼは詫びた。
左手にある指輪を意識しつつ、誠心誠意詫びた。
ゲオルグ……ごめん、と。
この指輪がなかったら、この場で正体がバレていた可能性もある。
今度本人に会ったら、指輪ありがとう、一生大事にします!くらいは言っておいた方がいいかもしれない。
「ち、ちなみに~、そ、その女性をだいぶ恨んでいらっしゃる感じで??」
心臓をバクバクさせながら、ペラ男に聞いてみる。
「なぜ急に敬語???」
まあ、とユリアンが一息ついた。
「でも、今あったら正直、許すつもりはないね。たしかに月に照らされた姿は美しかったが、あれは魔性の女さ。ロクなもんじゃないよ」
「……は、話を変えようよ!!!!」
閑話休題。
もう無理。限界である。
やだなーもう。
自分の国が崩壊して、他国に居候になっている身で夜中勝手に抜け出して、そんな危ないところに行くわけないじゃないですかー。
しかも知らず知らずのうちに、ペラ男をFクラス入りさせてしまったらしい。
ハッハッハッ。
……ハハ。全然笑えない。
というわけで、強引に話を変える。
「そ、そんな怖い話より、そういえばハンナもペラ男も魔術についてちょっと教えてよ~」
アハハハ、と笑みを浮かべてペラ男とハンナに向きあう。
こうなったら、秘技。
全 力 で 話 題 を そ ら す 。
これ一択である。
***********
そうこうして、何とか話題をそらしているうちに、辺りも暗くなり始めていた。
みんな楽しそうですなぁ。
が、アンネローゼはそろそろ帰ることにした。
うん。なにがとは言わないが、どっと疲れたからね。
どっと。
そして、
「ではでは、お先に失礼します」と挨拶をして帰ろうとしたとき。
「あ~、ちょっといいかな?」
ペラ男が急に話しかけてきた。何やら気まずそうな顔をしている。
「まだ何か用でもあるの?」
「いや、その。アンヌ。ずっと言おうかと思ってたんだけど。その……すまなかった。もう他人の家柄について、とやかく言わないと誓うよ」
と、こちらに頭を下げるペラ男。
「あ~」
なるほど?
ペラ男が今日アンネローゼをパーティを誘ったのは、どうやら謝りたかったかららしい。
「いやいや、そんなこと全然いいのに」
「いや、当然の事だ。君こそ1人でずっと努力してきたんだね。実に感服したよ」
そう言って頭を上げるペラ男。
おぉ爽やかだなー。
が、1つだけ前提が間違っている。
こっちの不幸な過去は全部偽造である。
とはいえ、こんな紳士的な対応をされてしまったのだ。
打算まみれで動いてるこちらは退散するとしますか。
「はてさて、何のことやら。そんなこと褒められるほどのことじゃないですよ」
わざとらしくおどけて、踵を返す。
うん。上手くいった。
途中、なぜか自分が妖しき美女……になっていたが、全力でうやむやにできたはずだ。
まあ、クラス長になってしまったのはしょうがない。
ここでのんびり自堕落スローライフ的学園生活を満喫するには、それとなくクラスメイトの好感度を稼いで、クラス長として及第点の働きをするしかないだろう。
そう考えると、今日のパーティは2人と仲良くなれて結構よかったのかもしれない。
これで多少は信頼と友情が芽生えたはずである。
学園に通ってからだいぶ苦労したけれども、この結果が、私の輝かしいスローライフにつながっていますように……!!
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が、アンネローゼの考えは甘かった。
もちろん、アンネローゼとペラ男のやりとりは密かに、クラス中が注目していた。
クラス全員の前で侮辱されても、気にする素振りすら見せず。むしろペラ男からの謝罪をすんなり受け取る、という器の大きさ。
そして自分の過去について聞かれても、おどけてまったく偉ぶらない、という謙虚さも持ち合わせている。
――つまり、
「やっぱうちのクラス長には勝てないな」
「そうね、あの子ったら本当に謙虚で優しいんだから」
クラス中がアンヌの器の大きさに感心しきっており、「ちょっと好感度稼ごうかな」レベルではなくクラスの好感度はまあまあMAXに近くなっていたのだが、当のアンネローゼだけが全く気が付いていなかったのである。
本日のアンネローゼさま
→黒歴史をほじくり返されるが、全力で話題をそらす。「まあクラス長としてほどほどに頑張るか〜」などと適当な感じでいたが、ところがどっこい。
Fクラスの住民はすでにアンネローゼが見せた(ように見えた)器の大きさに心酔済みだった。