14.お気楽令嬢は、外堀禁止令を言い渡される
人生、中々ままならぬもの。
なんでこんなことになってしまうのか??これがわからない。
「――で、どうやらその様子だと、事は上手く運んだらしいね。アンネ」
ゲオルグがそんなことを言ってきたのは、アンネローゼが談話室で一息ついたときのことだった。
ちなみに『談話室』とは、Fクラスの生徒たちが申し訳程度に押し込まれている、学院の外れの耐久性皆無のオンボロ校舎などではなく。
もう少し、学園の中央部の方にある『研究棟』の中にある談話室である。
魔術学院では、魔力の有無、そして魔術を扱う技術は貴族のステータスと考えられている。そんな中で、教師や優秀な生徒が、さらに魔術を研究するための場所が研究棟なのだ。
ここは研究棟の中でも人気のない研究棟で、我らがゲオルグ殿下(変装済み)はいけしゃあしゃあと、この談話室を借りているらしい。
イメージすると、
「EからSSクラスが通う本校舎>>>研究棟>>>>越えられない壁>>>>>Fクラスのオンボロ校舎≒学園外れの森」
という感じだろうか。
ちなみに本校舎の生徒の中では、「Fクラスのやつらは、ほぼほぼ学園の森に住んでいる」と一種の原住民扱いをされているらしい。
失敬な。
学園の森の近くのオンボロ校舎、というだけである。
まあ、そんなこんなで。
クラス長――とか言う訳の分からない重大任務を押し付けられたアンネローゼは、約束通りあの後、ゲオルグに報告をしに来た。
広々とした談話室には、ゲオルグとアンネローゼの2人しかいない。
話を元に戻す。
「う、うまくいった?」
「うん、さすがだ。まさか自己紹介を逆手に取るとはね。計算されつくした作戦ってところかな」
そして、「さすがだねアンネは」と感心した様子の殿下の声。
ゲオルグは理知的な瞳を閉じて、うんうんと何度もうなづく。
が。
軽く頭をひねる。
うーーん。
「うまく……いったんですかね?」
アンネローゼ的には、完全に面倒ごとを押し付けられた気がするのだが……。
しかし。
「もちろんさ! さすがだよ、アンネ」と、太陽のような笑顔で答えるゲオルグ。
「さ、さいですか」
「あぁ、僕も予測していなかったよ。あの問題児クラスが――本当に君の手に掛かれば”一瞬”だったなんてね」
「………そ、それはよかったな~~」
なるほど、とアンネローゼは思った。
どうやらゲオルグの「上手くいった」と、アンネローゼの「上手くいった」には、天と地ほどの差があるらしい。
*********
少しして、ゲオルグがお茶を持ってきた。
「はい、アンネ」
「どうも~」
カップを受け取る。本当に気が利く皇子である。
これでもうちょっと無茶ぶりが少なければ……と思わずにはいられない。
ちなみに、さっき「アンネ」とよばれたが、ゲオルグは2人きりの時は本名の「アンネローゼ」の略称で呼ぶことにしたらしい。
偽名を呼んだり愛称で呼んだりと、色々忙しい皇子である。
こっちが「なんで?」と聞いても、「そろそろ僕も外堀を埋めようかと思ってね」と軽く流されてしまった。
「でも、学園入学のために作った偽装の書類。まさか、とは思ったよ」
ソファの向かい側に座りなおしたゲオルグが再び口を開いた。
「あれを全部言うだなんてね」
「そ、そうですかね??」
「あぁ。だって――渡された書類をそのまま読むなんて考えは、誰もしないよ。そんな安直な考え。しかも、あんなに怪しい経歴をね」
ぐっ。
突き刺さる正論。
たしかに、何の疑いもせずにあの酷い経歴を読み上げたのは自分だけども……。
「だから僕も自己紹介をするとしたら、あの経歴とはかかわりない部分で、当たり障りないことを言うのかなって思ってたんだけど」
ゲオルグ的には、まさかあれをあのまま読み上げるとは思っていなかったらしい。
ですよねー。
全く、どこぞのバカがあんな自己紹介をするんだか。
一回顔を見てみたいものである。
はっはっはっはっは。
……はぁ。
「まったく、ぼくも君にはまだ敵わないな。まさか書類をそっくりそのまま言うことで、敢えて、クラスで存在感と信頼感を獲得するとはね」
そう言って、参ったな、と首を振るゲオルグ。
が、こっちは「誰もしないよ」と言われたことを素直に実行した側である。
ダメだ。すっごく恥ずかしい。
「――『神の頭脳』。その切れ味は健在だね」
「…………」
「アンネ、どうして顔を抑えてるの?」
「……な、なんでもないです」
いや、多分ゲオルグ的にはめちゃくちゃ褒めてくれているつもり……、
なんだろうけど、どうしよう。
とんでもなく煽られているように聞こえる。
こんな簡単なことにも気が付かない、神の頭脳(笑)みたいな。
出された書類を疑いもせずに読み上げる、神の頭脳………
というか本当にこれ褒められてるのだろうか??
誰だ、こんなあだ名をこっちに勝手に付けてきたきたやつは。
「やっぱすごいな、君は」
や。やめてくれ……………。
そんな晴れやかな顔で、こっちの羞恥心をえぐってこないでほしい。
「殿下」
「ん?」
「私、やっぱりあだ名って良くないなって思いました」
「……そ、そう?」
急にそんなことを言われたゲオルグが困ったような顔になった。
ごめん、ペラ男。
今になって君の気持がわかったかもしれない……。
*********
閑話休題。
「ま、まあそうですね。何とかうまくいきましたよ、うん」
そう言いつつ、紅茶に合わせ、茶菓子をポリポリ。
息を落ち着ける。
大丈夫だ。まだ慌てるような時間じゃない。
眼の前のイケメンから、何だか褒められてるんだから貶められてるんだかわからない一撃を食らってしまった……。
が、自分の目標は、徹頭徹尾スローライフ。
大自然での、のんびりスローライフがこのアンネローゼを待っているのである。
そう。
ちょっと前までは、性悪王子の婚約者で、学内には変な信奉者ができている、というとてつもなく危ない状況だった。
しかし今では、ゲオルグの仮の婚約者と順調にステップアップ(?)しているような気がする。
――が、ここで困ったことがあった。
今のところ、アンネローゼは身元や学費のすべてをゲオルグにおんぶにだっこの状態である。
ここでスローライフを求めて学園を去っても、資金がない。
となれば。
今は一旦この学園に来てしまったのだから、ここはさりげなくゲオルグを”仮の婚約者”としてサポートすべきだろう。
ゲオルグもこの学園で何かを企んでいるらしい。
まあ、ゲオルグには申し訳ないけども。
権力争い、とか、魔術での争いとかそういう下らない事には近づかない。
適度にこちらが使えるってことをアピールして。そうして、本当に忙しくなってきたり、危険が迫ってきたら、サクッと休学したりして危険を逃れればいい。
”仮の婚約者”は、まだそこまで危険を冒すほどの義理はないのである。
どちらにせよ、途中で逃げてもスローライフの資金である小銭は、きっとゲオルグからもらえるはず。
最悪、一応は婚約者なのだから、婚約破棄の慰謝料をもらったっていいし。
ということは、ここで必要なのはフォローだ。
そう。
ゲオルグはこう見えても、結構心配性な部分がある。
王国クーデター事件が集結した時も、アンネローゼに意味もなく抱き着いて着たり。
愛してる~的なことを言ってきたり。
あの夜のことを口にすると、ゲオルグは若干バツが悪そうな顔で赤面しながら、
「あれはちょっと早すぎたから忘れてほしい」という。
まあ何やかんやで結構、あの夜ゲオルグはお疲れだったのだろう。
わかるよ。何となく人恋しい夜ってあるよね?
まあ、アンネローゼもスローライフにたどり着けぬ悲しみで何度か月に向かって恨みつらみを述べたこともある。
であれば――
取るべき策はシンプルだ。
「大丈夫です。Fクラスの首尾はバッチりです!」
――張り切って、ゲオルグに己の実績をアピール。
これしかない。
まあ、Fクラスは自分が頑張ったというより周りが勝手に盛り上がったのだが、自分のアピールも忘れない。
アンネローゼはそういうこすい所もある令嬢である。
クズと呼ぶなら呼べばいい。
アンネローゼにはスローライフという至高の目標があるのである。
「ちなみに友達はできた?」
「ええ、そうですね。ハンナ、と言う子がいて」
そう言って、とりあえずはハンナを紹介。
けど、おそらくハンナだけだと、こう思われてしまうことだろう。
あれ、Fクラスを掌握した割には男子生徒への影響力はないの?と
というわけで、すかさず第2弾。
「あとはユリアンっていう男子がいてですね~」
そう。
こうしてユリアンの存在もアピール。男子生徒にも人脈を広げていますよ、と。
これで、ゲオルグも取りあえずは、アンネローゼのことを「へえ、仮の婚約者としては結構使えるじゃん」と思ってくれるはずである。
あだ名でちょいと怒らせてしまったことまで笑い話として話した………のだが。
「へえ。なるほどね」
ん???
「殿下?」
ゲオルグの顔を仰ぎみると……
なぜだかゲオルグは、表情柔らかく笑っていた。
いや、笑っているのだけど……
「僕でさえ、まだ君にあだ名なんてもらってないんだけどな」
いやあ残念だな、先を越されちゃったよ、と軽く笑うゲオルグ。
が、あ。こわ。
眼が全然笑っていない。
「いいかい? アンネ。知らない男には十分気を付けるんだよ」
こうして、ゲオルグには、なぜか「他の男子と話すときは、外堀を埋め過ぎないように」とか「あまり気やすくし過ぎないように」と約束させられてしまった。
ちなみに、アンネローゼが
「この『他の男子』って殿下も入るんです?」と聞いたところ、
「あ、もちろん僕は例外」とさらっと受け流されてしまった。
どうやら、ゲオルグは外堀を掘り放題らしい。
よくわからないけど、むちゃくちゃである。
まあ、いい。
これさえ乗り超えれば、とアンネローゼは思った。
「殿下……、私、頑張ります」
「さすがだね、『神の頭脳』が動くか。こんなに頼もしいことはないよ」
「……そ、その呼び方以外でお願いします」
なんだか水面下で動いていそうなゲオルグの意図。
そして、問題児クラスのクラス長。
が、そんなものは関係ない。
これさえ乗り超えれば、念願のスローライフなのだから……!!!
こうして、アンネローゼは学園生活を過ごすことに決めたのであるが、開始早々、のんびり学園生活を満喫するどころか、さらにとんでもないことになってしまうとは、思いもよらなかったのである――
本日のアンネローゼ様
→墓穴を掘りまくる。平穏なスローライフ志望だが、自分がスローライフから高速で遠ざかっていることにはまだ気が付いていない。神の頭脳(笑)
ゲオルグ
→天才的頭脳を褒められても赤面して「やめてください」と言う婚約者のことを見て、「本当に謙虚な人だな」と思っている。知らぬが仏。