13.お気楽令嬢は、問題児クラスを配下に置く
「いやあ~~~」
翌朝。
寮のベッドの上でゴロゴロ寝転がる。
アンネローゼはひたすらいい気分だった。
ベッドの上には朝日が差し込み、小鳥のさえずりも聴こえてくる。
これよ、これ。
よい。すごくいい。
窓から吹き抜ける新鮮な風。
昨日、最大の難関を乗り越えたアンネローゼは、ヘラりと笑ってベッドの上から起きた。
そのまま準備をし、寮で出される食事を食べる。
食後には紅茶の一杯。
まさしく、スローライフ。
これ以上のぜいたくはあるだろうか。いやない。
「さてと」
紅茶を飲みながら落ち着いて今日の予定を振り返る。
今日はFクラスで授業を受け、その成果をゲオルグに報告……という流れになっている。
が、先日あんな自己紹介をしたにもかかわらず、アンネローゼは心の底から安心していた。
(いや~余裕余裕)
なぜなら。
アンネローゼはこう思っていたからである。
――これ、勝ったな、と。
そう。
アンネローゼの計画は、完璧に"成った"。
昨日の行動をよくよく思い出してみよう。
教室の生徒たちは、完全にアンネローゼの自己紹介に引いていた。
え、何言ってるの?という、教室のあの白けた雰囲気。
それに、明らかに面倒くさそうな経歴を持つ女子生徒。
誰もがワクワクしている新学期に、これ以上関わり合いたくない女子生徒がいるだろうか。
いやいない。
ちなみに自分がクラスメイトだったら絶対に関わりたくない。
いわくつきの女子生徒過ぎる。
そう、だからこそ。
アンネローゼはこれで、心置きなく立派な”壁の花”として、スローライフに邁進できるはずである。
「………くっくっく」
おっと失礼。
素の笑いが漏れてしまった。
同時に、アンネローゼはクラスの危険人物に注意するのも忘れていなかった。
「ええっと、あとは」と指折り数える。
こういう危険人物は早めに注意にしておくに限る。
そろそろアンネローゼも過去の行いから学んだのである。
――近づくな、危険。
アンネローゼの危険人物センサーは教室のある生徒たちにビンビン信号を発していた。
まず、金髪のいけ好かない男――『ぺら男』ことユリアン。
あのプライド高そうな感じといい、傲慢そうな感じといい、あまり関わってはいけない男子筆頭だ。
そしてお次は、ハンナ。
彼女は貴族出身ではなく、実家が商売をやっていると言っていた。どちらかと言えば、感性はこちらに近いっぽいが……、
うん。けれど、なんだかどこか、危険人物の香りがほのかにする。
具体的に言うと、どことなくリタを彷彿させるような子である。
いや顔立ちが似ているとかではなく、本人が良かれと思っているのに、全然こっちにとって良くないことをしてくれてそうな。
……ま、まあいいや。
そしてさらに、「アイザック」と名乗っていた赤毛の男子生徒も注意が必要そうだった。なんかこう……猪突猛進感というか。
制服もだいぶ着崩していたし、危険そうだ。
ああいうのがトラブルを呼び込むに違いない。
3人の名前と顔をしっかり頭に入れ、「ふぅ」と一息つく。
というわけで、
「いきますか、Fクラに――」
行ってきます、と寮のおばさまに挨拶し、意気揚々とアンネローゼは寮を出た。
……ちなみに、寮で部屋が隣の顔見知りの子に、
「アンヌって、どこのクラスなの?」と聞かれたから、
「Fクラスですよ~~」と何気なく答えたら、
「そ、そうなんだ。あ、あのFクラスなのね……が、頑張ってね」
と激励?されてしまい、翌日からちょっとよそよそしくなってしまった。
Fクラス、どれだけ評判が悪いんだ……と思ったのはここだけの秘密である。
******
学院の中。
昨日と同じような道をとことこ歩く。
そろそろ我らがFクラスのオンボロ校舎が見えてくる頃である。
そして。
アンネローゼの予定によれば、Fクラスの校舎に近付くと白けた雰囲気が待っているはずだった。
が、しかし、である。
(ん?)
アンネローゼはある違和感に気が付いた。
おかしい。
昨日と同じように、Fクラスに向かう。向かっているのだが。
辺りを見渡す。登校中に、ちらちらこっちを見てくる生徒たち。
昨日クラスで見た顔だ。
が、なんか、こう……敵意って感じの目線ではない。
むしろ、好奇心というか。
(珍しがられてるだけ? う、うん。たぶんそう――)
「おっ、アンヌじゃねえか!」
「?」
そんなことを考えていると声をかけられた。
校舎前で絡んできたのは、制服をチャラチャラ着崩した赤毛の男子生徒である。
あ~~、たしか名前は。
「アイザック……くんだっけ?」
「そんな他人行儀はよしてくれよ。んでもって、頼むぜ! アンヌ」
「は、はぁ」
言うだけ言って、カッカッカと笑いながら去っていくアホな男子を見送る。
……他人行儀はよしてくれよって、そもそもキミ。
昨日会ったばかりの他人では?
しかも。
「頼むってなに???」
なんで彼はあんなにイキイキしているのか。
わけがわかりません。
が、まあそんなことを考えてもしょうがない。きっと彼は思春期である。
思春期といえば自分に悩むお年頃というやつだ。
きっと彼も見知らぬ女子に「他人行儀はよしてくれよ!」と言いたい年頃なのかもしれない。
若いっていいなー。
というわけで、気を取り直し教室へ。
******
先ほどの思春期アイザックの行動に首をひねりながら、教室前を通る。
すると、
「アンヌちゃん、おはよー」という声が聞こえた。
声の主はハンナだ。
朝から素敵な笑みを称えている。美人の笑み。眼福である。
「おはよう、ハンナ。どうしたの? そんなに笑って?」
「ん~、ちょっと今日色々あるから、楽しみだなって」とニッコリと素敵な微笑むハンナ。
朝から何がそんなに楽しみなのだろうか。
不思議である。
「そ、そっか~。それは楽しみ?だね」
まあ、美少女が笑っているならそれはそれでいいだろう。
ということでアンネローゼは流すことにした。
そんなこんなで、クラスでわちゃわちゃしていると。
ひときわ大きな声が聞こえた。
「やあ、諸君!」
そう言って、教室にさっそうと入ってきたのはユリアン。
そのユリアンは教室を見渡すと、「おっ」とこっちに向かってくる。
「……うっわ」
アンネローゼは身構えた。
どう考えても厄介ごとである。絶対、昨日のぶしつけな発言をとがめられるはず。
となれば、ここは平身低頭。謝るが勝ち。
というわけで、下手に出るしかない。
「いやいや、昨日はすみませ――」
「すまない!!! アンヌ」
「ん?」
あれ?
顔を上げ、もう一度まじまじと目の前のユリアンを見る。
こちらの眼の前で、ユリアンは深々と腰を折っていた。
「……アンヌ。まあその……何だ、昨日は申し訳なかったよ。許してほしい」
顔を上げ、ばつ悪そうに謝るユリアン。
意外だ。
昨日は顔を真っ赤にしていたので、てっきり朝からお説教をくらうかと思いきや、ユリアンの方が平謝り。
まあ、もちろんこっちとしても、面倒が避けられて最高に嬉しい。
なので、
「大丈夫ですよ~~」とヘラヘラ答える。
「元はと言えば、私が悪いんですし」
ちゃんと君の事情も分かっているよ、とフォローも忘れない。
これぞ、できる女の処世術である。
「まったく……そんな態度を取られたらこっちの立つ瀬がないよ」
「いえいえ」
ユリアンの顔をじっと眺める。よし、怒ってはなさそうである。
よかったよかった。
「まあ、これからもクラスメイトとしてよろしくお願いします、ユリアン」
昨日はあだ名を呼んでいたら怒ってしまった。
なので、誤ってちゃんと本名を呼ぶ。
そう。これで一件落着。
が、しかし。
「い、いいや、アンヌ。僕はもちろん『ペラ男』って言うのも嫌いじゃないんだよ! もちろん」
「は?」
なぜ?
眼の前のアホは「ペラ男も悪くないよね」と、なぜか焦ったように言い訳をしている。
昨日は烈火のごとく、「貴様!僕をバカにしたな!」と怒っていたのに、とても同一人物とは思えない切り替えぶりである。
「い、いや、いいかな~。私も、思えば初対面なのに、ちょっとあだ名はやりすぎたかなって」
アンネローゼは少々引きながら答えた。
こいつ二重人格か何かか???
「なので、私としては本名でお呼びした方がいいかな~って。はは」
「そうか……。僕はまだぺら男として役不足というところかな? 頑張って、また君にあだ名で呼んでもらえるように頑張るよ」
「………………」
ツッコミどころ満載である。
埒が明かないので、ユリアンを放ってハンナの方へ行く。
「ハンナ、ハンナ」
「どうしたの?」
「ねえ、昨日さ。私が帰った後にユリアンもいた?」
「うん、いたけど」
「なんか、最近頭をぶつけたとかあります? 彼?」
そう聞かれたハンナは、意外そうに眉をひそめた。
「いいや、特にそんなことはなかったと思うけど……」
「………………」
アンネローゼは無言で「ふっ、『ペラ男』の道も楽じゃないってことかな」などとカッコつけながら、意味不明な発言をしているユリアンを見つめた。
「そっかぁ………」
人の気分って難しいな、と思ったアンネローゼであった。
******
「そういえば、なんでこんなにクラスが盛り上がってるんでしたっけ?」
椅子に座り、授業が始まるまでの間。
暇なので、話を元に戻すことにした。
「あぁ、昨日クラス長が決まってね」
「クラス長?」
やっと正気に戻ったらしいユリアンが説明してくれた。
――クラス長。
それはクラスをまとめ、時には他クラスとの折衝も行うという、まさに「クラスの顔」という役職である。
クラス長時代に培った人脈が、卒業後の仕事で活きることもあり、栄達を求める意識高い生徒には人気抜群だという。
「へえ」
理解した。となれば、このクラスだと誰が該当するんだろうか?
やっぱり、見るからに目立ちたがり屋のユリアンか?
もしくは、血気盛んそうなアイザックか。
はたまた、大穴で数少ない女子のハンナだろうか。彼女美人だし。
「で、誰になったんですか?」
「そうだね」とユリアンの広角が上がる。
「このクラスのクラス長は――」
ま、だれでもいいいか。
正直、アンネローゼには関係がない。
このクラスを率いる?
罰ゲームに決まっている。
それだったら、もっとのんびり学院せいかつにいそしみたいものだ。
例えば、学院では馬や牛を飼っているらしい。
どうにかして授業終わりに行けないか……昔から、馬に乗ってみたかったし――
が、ユリアンが笑った。
「誰だと思う?」
――危険信号。
朝から感じたクラスの雰囲気。
アイザックとハンナの浮ついた感じ。
そしてこの聞き方。
アンネローゼはとりあえず思った。
よし、逃げよう。考えるのはそれからである。
「あ、そうだ忘れも、」
「我らがクラス長、アンヌ。全会一致さ!! 頼むよ」
ああああばばばばばばっばっばばb
******
「それではクラス長のあいさつだ」
ユリアンに拍手で促され、渋々壇上に上がる。
おかしい。
昨日、クラスはあんなに沈黙していたのに、今日は大層な盛り上がりだ。
う~ん、残念無念。
できればこれを関係ないところで眺めていたかった。
「SSクラスに負けるな!!」
「皇族がなんぼのもんじゃい!」
「偉そうにしている奴らに、俺らの力を見せつけてやろうぜ!!!」
もうめちゃくちゃである。
というか、おい。
今1人めちゃくちゃ不敬なやつがいたぞ……皇族への文句言って大丈夫なの????
なんだかやる気ありそうで元気いっぱいな問題児アホの前でアンネローゼは思った。
――とりあえず、クラス長の解任ってどうやるのかな? と。
ちなみその日のうちに解任を申し立ててみたが。全員一致で却下された。
ハンナは
「別に私、出自なんて気にしないよ!」というし、
ユリアンは、キザったらしく、
「君以外に適任はいないって言っただろう?」となぜか得意げ。
アイザックにいたっては、
「よっしゃ! まずはこの校舎を立て直そうぜ」などといって張り切っている。
や、別に出自を気にしているとかではないんですよ??
そもそもアレ偽造書類だし。
あっるぇ~?
というか、より面倒なことになったような気がしなくもない。
今のところ自分は不幸な境遇で注目を集めて、クラス長になったようなものである。
もしこれが偽造の過去だと知られてしまったら……??
「……」
悲報。ヤバい。
クラス中の温かい雰囲気に包まれながらアンネローゼは思った。
アッハッハッハ☆
一体、私のスローライフはどこに行くんでしょうか???
とりあえず、実家の話はやめてくれ~~~。
それウソですからー。
――こうして、Fクラス、という問題児クラスをまとめ上げ、学院に一勢力を築くことになる『神の頭脳』アンネローゼ・フォン・ペリュグリットの伝説となった学園生活が始まるのであった………が、
アンネローゼ本人はものすごい生きた心地がしなかった。
本日のアンネローゼ様
→周囲のいらぬ思いやりにより、「クラス長」の座を射止める……が、またしても厄介ごとをしょい込む羽目に。