12.名家の子息は、全力で反省する。
「そん……な、僕はなんてことを」
――たしかに、ユリアン・フェーデルディナントはイライラしていた。
ユリアンの実家・フェーデルディナント伯爵家は皇国の初期から存在し、数々の有名魔術師や有力者を出してきた名家である。
そんなユリアンは魔術学院に入学するため一族の期待を背負い、花の都――皇都ランゴバルディアを訪れた。
が、しかし、である。
ここで、旅先という高揚感と開放感が悪さをしてしまった。
そう。
ユリアンは夜遊びをしてしまったのである。
「はっはっは、存分に君たちも飲みたまえ!!」と、気持ちよく飲み屋で言ったことまでは覚えているが、そこから先はもう、よく覚えていない。
強いて言えば、夜の裏路地に行ったことは覚えている。
そこで、髪の色が印象的で美しい眼をした女性に、
「ねえ、君」と話しかけた――ということまでは覚えているのだが、気が付けば体の節々が痛く、ベッドに寝ころんでいた。
「何があったんだっけな?」
ベッドの上で首をひねってみても、見当もつかない。
強いて覚えているのは、目の前で雷が落ちたような光景を見たような気がする……が、
(いやいや、全く僕も焼きが回ったかな)
目を覚ましたユリアンは、ベッドの上で首をすくめた。
――雷。
小さな火を起こす、とか水を発生させる、とかならまだわかるし、ユリアンもできなくはないだろう。
けれど、ユリアンが見たのは、雷。
そんな大規模な魔術を使える人間はそうそういない。
しかも、そんな人物がいたとしても、たまたまそんな人物が深夜の裏路地で自分に攻撃してきた、というのはちょっと出来過ぎだろう。
だいたい、そんな膨大な魔力を持つのは皇族くらい――
そこまで考えたユリアンはこう結論付けた。
まあ、どうせ夢か何かだろう、と。
が、ユリアンの受難は終わらなかった。
身体の痛みをいやすためにベッドに一週間ほど寝ていたユリアンは、いざ元気になって学院を訪れてみた……のだが。
「ユリアン・フェーデルディナント君か。君、入学試験の期日は終わっているよ」
やっとのことで訪問したユリアンを待っていたのは、微妙な表情をした試験官だった。
「………………え? は?」
絶句。
「試験が??? 終わり???」
なんと、もうその時にはすでに、入学試験の期日を過ぎてしまっていたのである。
「き、期日を……過ぎてるんですか?」
必至に頼み込んで学院に問い合わせてみると、入学試験を期日までに受けられなかった場合は自動的にFクラスになるらしい。
(くそっ、なんでこんな! この僕がこんな目に……!)
文句を言おうと思ったが、そもそもの発端は自分が夜の街へと繰り出して、なぜかベッドに寝転がってることにあるのだから、下手なことは言えない。
ユリアンは力なく答えた。
「わ、わかりました。それなら、Fクラスで」
――そんなこんなで。
名門一族の期待を一身に背負ったユリアンは、泣く泣く問題児だらけの最下層クラスに入ることになったのである。
ちなみに、名門・フェーデルディナント家の血を引く僕がFクラスなんかに……と思ってさらに2日は寝込んだ。
もっと言うと、実家には「Fクラスに入った」とはまだ言えていない。
そして。
そんなイライラを抱えながら教室に着いたユリアンは、無礼なことを口にした地味な女子生徒に対し言い放ったのだ。
「……アンヌ、と言ったかな? 君。学園生活が短いことを覚悟しておくんだね」と。
******
「ねえ、ユリアン。明日、いい加減に謝ったら?」
「わ、わかってるさ……! そのくらい」
茜さす教室にて。
そんな自分の状況を思い出していたユリアンは、ハンナに促され深く息を吸い込んだ。
アンヌの言葉が蘇る。
――場を温めていただき、ありがたいです。
思い返せば、不審な点はいくらでもあった。
なぜ彼女は、気軽にこちらに対し「ペラ男」などというあだ名をつけに来たのか。
馬鹿にしている?
いや、彼女はこんな複雑な家系で育ち、他人との距離の取り方に慣れていなかったのかもしれない。
なぜ彼女は、敵意をむき出しにしたユリアンに対して屈託なく笑って見せたのか。
もしかしたら、それはこんな複雑な状況で生きてきた彼女なりの、親愛の示しかただったのかも知れない。
すべてのピースが、つながっていくような感覚。
そう。
彼女は、ずっと“普通の”態度で接してくれていた。
むしろ、ユリアンの血筋を知って警戒したり、媚びてくるような人間とは違い、彼女は最初から気軽にこちらにあだ名をつけてくれた。
彼女は、必死に距離を詰めようとしてくれていたのではないか。
「ッ! ぼ、僕は……」
それに比べ、自分はどうだろう。
自分の家柄を鼻にかけ、アンヌに食って掛かったユリアンと、大変な境遇を笑顔で話していたアンヌ。
その違いは明白だ。
「ユリアン」というハンナの声。
「わかってるよ。明日にはすぐにでも彼女に謝るさ」
バツが悪そうに返事を返す。
「まったく……」
思わずユリアンの口からため息が漏れた。
傍から見れば、アンヌと名乗る女子生徒に自分がやり込められた形だろう。
が、思ったよりも不快ではない。
それどころか、ユリアンはどこか晴れやかな顔で肩をすくめた。
「まさかこの僕が、Fクラスに教えられることがあるとはね」
こうして。
ゲオルグに作ってもらった偽造プロフィールを、これ幸いとヘラヘラ読み上げたアンネローゼの適当な言葉が、ユリアンの胸にしみわたっていくのであった。
******
そして。
少し経ち、教室は、もうすでに薄暗くなり始めていた。
見れば、生徒ももう帰り支度を始めている。
「いやあ、今日の自己紹介はすごかったよな」
ぺちゃくちゃ喋りながら、教室を出ようとする生徒たち。
アンヌの一件が終わり、Fクラスの教室でも、そろそろお開きかとなりかけていた。
「ちょっと待ってほしい」
その時。
ユリアンは不意に口を開いた。
「そういえば、1つ提案したいことがあるんだ――
Fクラスの問題児諸君」
「「「……………………」」」
ユリアンの口から放たれたあんまりな発言に、こいつマジか、と教室を微妙な空気が包んだ。
「うわあ……」
横で聞いていたハンナも思わず顔を歪めた。
「いやいや、ユリアン。その言い方は無いって。さっき言い方気を付けるって言ってたけど、全然口の聞き方反省してないじゃん」
「う、うるさい!」
それと同時に、一気に不平不満が教室にあふれた。
「あいつ、なんか反省した雰囲気出してたけどやっぱちょっと棘があるよな」とか。
「だいたい、お前だってFクラスだから人のこととやかく言えないだろ」というヤジが飛び交う。
が、
「ああもう、うるさい!! うるさいぞ!!」
そんな周囲を無視して、ユリアンは手を挙げた。
「そういえば、クラス長を決めていなかった気がする」
――クラス長。
学院では、クラスごとの自主性が重んじられている。
自分の属するコミュニティごとに生活するのは、貴族社会でも同じ。
つまり在学中から、他のクラスと交渉したりと、貴族特有のパワーバランスに気を使わなければならない。
そして「クラス長」とは、クラスの代表として、他クラスとの会談や交渉を行うクラスの顔役のことである。
クラス長の力量によって、クラスの地位が向上することも多く、誰がFクラスのクラス長になるのか、というのはかなり注目を集めていた。
「まあ聞け、諸君。君たちのような下級……失礼。それほど有名ではない家柄より、麗しき名門貴族出身の僕が、クラス長になってもいいんだけど――」
そう言うと、ユリアンはキザったらしく笑みを浮かべた。
「僕は、ある女子生徒を推薦しようと思う。どうだい?」
「へえ」
すると、赤毛の男子生徒もやんちゃな笑みを深くした。最後まで教室に残って、ユリアンの話を聞いていた男子生徒である。
「面白い。ユリアン、お前にしちゃまともな考えだ」
「そりゃ、どうも。アイザック」
「わたしも賛成かな~。きっとアンヌちゃんだったら問題ないと思う」
と、帰り支度をしていたハンナも同意する。
クラスの総意を確かめ、ユリアンは口を開いた。
「それじゃ、決まりだ。我らがFクラスのクラス長は――」
(――ぺら男か、それも悪くない)
親愛のこもったあだ名を噛みしめながら。
ユリアン
→やむなくFクラスに入ってイライラしていた自分と、辛い境遇でも笑って自己紹介をしていたアンヌを比較した結果、心を入れ替えた……が、
「ぺら男か、それも悪くない」と最終的に、若干、明後日の方向に思考が行ってしまった。