1.お気楽令嬢は、居候生活にほくそ笑む
「フッフッフッフッフ……」
アンネローゼは、皇国に用意された屋敷の中で、ほくそ笑んでいた。
皇国に来て一ヵ月ほどが経った。イケメン王子に抱き着かれたりして気絶したことなどもあったが、おおむね、アンネローゼは用意された屋敷に満足していた。
屋敷の使用人は、どこの馬の骨ともわからない自分に優しくしてくれるし、みんな常識人のようだ。素晴らしい。どこかの学院のどこかの女子生徒たちとは大違いである。
頭上にはキラキラ輝くシャンデリア。
アンネローゼは、いつか落ちてきやしないかと、日々恐れおののいてる――のだが、まあそれはいいだろう。
なぜなら、ここからアンネローゼの策略が始まるからである。
正直、皇国は結構揉めているらしい。
現在の皇帝が割と体調が悪く、皇位の継承権をもつ息子、娘たちがバチバチに火花を散らしているとのことだ。
その皇位継承者たちが求めているのは、『皇位継承の儀』。
要するに、こうていの絶対的な権力を求めて、各陣営がピリつき始めている、と。
本来であれば、ゲオルグ殿下の婚約者(仮)のアンネローゼも社交界に出て頑張るべきなのかもしれない。
が、しかし。
「絶対、嫌な予感がするんだよなぁ……」と、アンネローゼは、ぽつりと部屋でつぶやいた。
うん、怖い。怖すぎる。ちょっと荷が重すぎる気がする。
しかも、ちょっとゲオルグは現皇帝からの好感度が高いらしく、他の候補からも疎まれているとのこと。
と言うわけで、アンネローゼはガッツリスルーする方向で考えていた。屋敷を用意してもらったり、のんびりグダグダやれているが、そこは申し訳ないが、いい感じにフェードアウトする予定である。
しかも、アンネローゼにとって都合がいいことがあった。アンネローゼの天敵、あのゲオルグがなぜか構ってこないのである。最後に会って抱きしめられて気絶してからと言うもの、ゲオルグとは会っていない。
(あれ、これってチャンスでは???)
とアンネローゼは考えていた。
あのイケメンには、毎回、アンネローゼに会う度に、婚約されるわ、耳元で囁かれるわ、抱き締められるわで、散々な目に合わされている。
イケメンって怖い。きっと抱きしめるのも、あいさつ代わりなのだろう。アンネローゼは、イケメンの肉体的コミュニケーションの積極さに震えた。
もしかして、あんな感じで誰彼構わず抱き着いているのだろうか………。アンネローゼだから勘違いしなかったが、なんかそのうち勘違いした令嬢に刺されても無理はない気がする。
「ってそうじゃなくて!」
気持ちを切り替える。
アンネローゼは机に座って、これからの方針をまとめていた。イケメンはなぜ、抱き着きたがるのか? という関係ない思考に行きそうだった自分を叱る。
そう。
逆にアンネローゼは考えた。
これはチャンスである、と。
まず、アンネローゼの国に戻るのは論外だ。あそこの国の令嬢は、みんな話を聞かない猪突猛進の暴れ馬みたいな連中しかいない。
「掃除しなよ」って言われたら、普通部屋の掃除だと思うはずなのに、なぜか国家を綺麗にしようとするようなイカレた連中である。
関わり合いになりたいわけがない。大人しくて綺麗めのお母さまも、まさかのあっち側だし。
だが、アンネローゼの頭脳は答えを導き出したいた。
「つまり、このままグダグダしてればいいのよね~」
アンネローゼは笑いを抑えきれなかった。
これがアンネローゼの到達した結論である。1ヶ月間、自室に籠りに篭って、やっと得た最強の結論。
このまま社交活動を一切せずに、好きなだけ屋敷で遊んだり、グダグダしよう。そうしていれば、いつかゲオルグだってこっちに愛想を尽かしてしまうだろう。
そうして、怒ったゲオルグが「婚約破棄だ!」と言い出した瞬間、アンネローゼは意気揚々と慰謝料を受け取り、本来のスローライフに邁進すればいいのだ。
つまり、屋敷での生活はあくまでも前哨戦。しかも、貧乏な実家とは違い、好き放題贅沢してのんびり過ごせる、と言うわけである。
アンネローゼは大きく伸びをした。
「さあて、ガーデニングでも始めようかな……!」
あんなイケメンに抱きしめられたくらいで、このアンネローゼの野望が潰えるかい!!!!!!!!!!!!!
「フッヒッヒッヒッヒ……」
真っ暗な部屋にアンネローゼの不気味な笑い声が響いていくのであった……。
*****
屋敷で働く侍女のリタは、ちょうど殿下の婚約者の部屋の前を通ったところだった。
「結構、お静かなんですね。婚約者の方……」と世間話程度に、横にいた先輩侍女に話題を振ってみる。
「まあ、最近殿下も忙しくて、来られないらしいからねぇ……」
「へぇ、そうなんですか」
リタ自身は婚約者のーーアンネローゼ様とやらを拝見したことは無かったが、直接、接した侍女によると、穏やかな方と聞いていた。
「色々最近はきな臭いし、大丈夫だといいけど」
(ん?)
先輩侍女の不安そうな言葉に、リタは引っかかった。
「どうかしたんですか? でも、時期皇帝が決まるのはいいことなんじゃないんですか」
国の様子を見ると全然きな臭さは感じられない。
「ところがそうでもないのよ」と先輩が口を開く。
どうやら先輩も誰かに話したくってたまらなかったらしい。
「皇女殿下と、皇子殿下がいらっしゃるでしょ?」
「ああ、いらっしゃいますね」
この場合の、皇子殿下というのは、ゲオルグ殿下ではなく、第1皇子のグリシャ殿下である。
とはいえ、第1皇子の評判は悪く、皇位継承の順位でもゲオルグ殿下の後塵を拝している。
「最近、2人が頻繁に連絡をしてるんだって」
へぇ、と何気なく聞いていたリタは、言葉の意味がわかった瞬間、徐々に顔が青ざめていった。
「そ、それって、まずくないですか?」
「ゲオルグ殿下はああ見えて敵が多いからね」
先輩は、周りの目を気にしてか、急にヒソヒソ声で喋り始める。
「御二方が手を組んだから、ゲオルグ殿下以上の勢力になる。そしたら……」
「そしたら……?」
先輩の侍女は眉をひそめた。
「荒れるかもね、今回の継承問題は」
神の頭脳、暴れます()
一応、ストック分放出してしまったのですが、なるはやで投稿できるようにがんばります
2022.8.31 アンネローゼの居場所を城から屋敷へ変更。