10.お気楽令嬢は、教室を凍らせる。
キンコーン、と。
鐘がなり、やる気の無さそうな中年男性が入ってきた。
どうやら教師のようだ。
そしてその教師の「じゃあ、そうだな。自己紹介を始めましょう」という声とともに自己紹介が始まった。
そんなこんなで、Fクラスの教室での自己紹介が開始。
名前を呼ばれた生徒が次々に壇上に立って話すのである。
自分の家柄や経歴だったり、魔術の腕自慢だったり。
親が商人だったり貴族だったりと、結構色々な人がいてそれはそれで楽しかった――
のだが。
アンネローゼはひたすら微妙な表情で自分の順番を待っていた。
そう。
というのも……。
横目で、ちらりと隣を席を盗み見る。
するとアンネローゼのすぐ隣には「ぺら男」こと、ユリアンの姿が見えた。
「……わ~」と小声が漏れる。
どうしよう、もう感動で泣きそう。
そう。
何の偶然か、アンネローゼの横の席にはユリアンが座ることになっていたのである。
気まずい。
非常に気まずい。めちゃくちゃに気まずい。
そもそも、今のアンネローゼは、図らずもクラスの有力者の男子――ユリアンを「自慢と話が長い男」として小ばかにしたような形なのである。
しかもちょっと時間が経てば治るかな、と思いきや、未だにユリアンは頬をぴくぴくさせており、時たま「こ、この僕が話が長いだって……? なんて失敬な」とぶつぶつ呟いている。
というわけで、アンネローゼは気まずい思いでいっぱいであった。
ちなみに、ユリアンとは反対側の隣にはハンナが座っているのだが、彼女は状況を悪化させた張本人にも関わらず、笑顔でこちらに話しかけてくる。
「ね? アンヌちゃん? さっきの男子、カッコよくない??」などとたまに話しかけられるが、アンネローゼは隣の席のユリアン君に絶賛にらまれ中なので、「カッコイイ男子」とやらでキャッキャと騒げるわけがない。
というわけで、アンネローゼの気まずさは2倍増しであった――
*********
そうして、自己紹介も終わりに近づき、残すところあと2人になった。
「よし、じゃあ次は」と教師が言う。
まだ紹介していないのは、アンネローゼとユリアン。
よし、そろそろ次に話すか。
もうだいぶ目立ってしまったし、さっさと自己紹介を終えて壁の花になりたい。
そうと決まれば挙手!
「あ、じゃあわた……」
私がやります。
と言いかけたとき、それを遮るような声が聞こえた。
「先生!」と教室中に響く声でユリアンが立ち上がる。
「いやいや、まずはこの僕がやりますよ」
は? へ?
「まあ、彼女――アンヌさんは、それはそれは楽しい自己紹介をしてくれるらしいのでね。いわば僕は前座ですよ」
そう言って勝ち誇ったように、こちらに目配せをしてくるペラ男。
そんなペラ男の声と同時に、
「へぇ、なんか面白そうだな!」とクラスが俄然、盛り上がり始めた。
このアホクラス……!
次は、アンネローゼが頬をピクつかせる番だった。
この男……!!
性格が悪すぎる……!!
「ね? アンヌ君。僕より素晴らしい経歴をお持ちだそうじゃないか。なんといっても僕の話を『つまらなくて長い』とけなしてくれるくらいだからねえ」とこちらに笑みを浮かべてくる男、ユリアン。
「いや別に、そこまで言ったわけじゃ……」
「この名家の出身の僕を小馬鹿にしたつけは、払ってもらうよ」
しれっとぺら男はそう告げると、壇上へと進んでいく。
きっとぺら男は、クラス全員がいる自己紹介の場で、単なる平民――アンヌに恥を火かせてやろうという算段なのだろう。
ダメだこいつ……。
もう「ぺら男」とかではなく、「ダメ男」とかに改名した方がいいのかもしれない。
当てこするような笑みを浮かべながら、ユリアンが壇上に立った。
「まあ、それじゃ前座の僕が話そうかな。えぇっと、ぼくの先祖はだね。皇国の創世記から活躍していて~~」
そして、若干盛り下がる教室内。
いやはや恐れ入った。
凄いな、こいつ。
皆があくまで親の職業とか爵位、とかそういうレベルの話をしている中、ペラ男は何百年前の先祖の自慢話から始めるらしい。
これはもうほんまもんである。
そして。
これは一体、歴史の授業なのかな???と迷いそうになるほど昔の自慢話が始まってから十分ほど経った。
「……と、まあこんな感じで。我が先祖は光栄にも爵位を与えられったってわけ」
ちょっとした大演説が終わり、本人だけは満足げな顔をしている。
本人だけは。
「まっ、話足りないけど今日はこの辺にしておこうか。話が長い、と小馬鹿にされた後なのでね」
そう言って、ちゃっかりこっちを牽制するのも忘れない。
こいつほんと……、とアンネローゼは思った。
やはり、ろくな男ではない。
「では、アンヌさん。壇上に」
教師に呼ばれた。
次は、こちらの番である。
壇上から席に戻ってきたペラおと目が合った。
「ふん、楽しみにしているよ」
自慢げな、こちらを見くびるような眼。
が、アンネローゼは、ユリアンの視線を受けてクスリと笑った。
――たしかに、認めよう。
正直言って、状況は不利。
しかし。
まだまだ甘い。
「くすっ」
思わず、笑い声が漏れてしまう。
「なにっ!?」
呆気にとられるペラ男。
それを横目に、アンネローゼは薄く微笑んだ。
「――場を温めていただき、ありがたいです」と。
******
壇上に出る。
まあ問題ない。
というか、別に冷静に考えれば、アンネローゼとしてはゲオルグからもらって暗記した書類を読めばいい、というだけのことである。
たしかに、ペラおからのちょっかいは想定外だった。
が、しかし。
もうこっちは大抵の修羅場には馴れっこである。
自国を思わぬところで転覆させてみたり、気が付けば屋敷の使用人に見送られて夜中に違法区域を泣く泣く散歩していたり……。
そう。
それらに比べれば――
自己紹介くらい、余裕だ。
これさえ終われば、あとは楽しい学園系スローライフが待っている。
深呼吸。
見定めるような視線。
クラス中の眼が集中している。
が、
「ふふっ」
別に適当に読むだけだし~~~、と。
アンネローゼはへらりと笑った。
とりあえず自己紹介だし、元気よく読めばいっか。
(もう、どうにでもな~~~~れ!!!!)
書類を思い出しながら、アンネローゼが口を開いた。
――が、この時、アンネローゼは勘違いをしていた。
ゲオルグはあくまでも、婚約者の素性がバレない様にするため、学院に入学する際のカモフラージュのために書類を用意していたに過ぎない。
つまり、ゲオルグは「そのまま自己紹介でこのプロフィールを全部言え」なんて一言も言っていないのである。
むしろ、ゲオルグの脳内では、頭脳明晰なアンネローゼのことだから、彼女が偽造したプロフィールを元に、いい感じに気を利かせて自己紹介してくれるもの、と思い込んでいた。
そう。
誰も、思っていなかった。
誰も、まさか誰も――
あんな怪しい書類を、そのまま何も考えず読む、なんていうずさんな人間がいるとは思ってもいなかったのである。
「私は――」
******
一方、皇国でも名門貴族であるユリアンは、アンヌと名乗る女子生徒を自己紹介をほくそ笑んでいた。
ざまあ見ろ、と。
皆の前で自慢話が長い、などと馬鹿にされたのだ。
ただでさえ、Fクラスに行くことになってイライラしていたユリアンは「アンヌ」と名乗る女子生徒に目を付けた。
なぜか彼女が余裕そうな笑みを浮かべたときには、不審に思ったりもしたが。
(まあいい)
ユリアンは壇上の地味な黒髪の女子生徒を見つめた。
よくよく見ると目鼻立ちは悪くないが、どうもやぼったい。
それにあの礼儀のなっていない態度と言ったら。
「私は、辺境のとある村で……」
ふん、と笑い飛ばす。
まったく、所詮は田舎の地味な何の変哲もない平民に決まって――
「――とある貴族の隠し子として生まれました!」
ほらどうせ何の変哲も……。
ん?
「………………隠し……子?」
今なにか、決して自己紹介では聞いてはいけないような単語が聞こえたような気がして、ユリアンは固まった。
婚約者の素性がばれないように書類を作ったゲオルグ「じゃ、アンヌ。後はこんな感じで頼むよ(アンネのことだから、きっとこの情報をうまく使って、目立たないように自己紹介してくれるに違いない……!)」
どこぞのあほ令嬢「わ~ありがとうございます!(これをそのまま読めばいいの?楽でよかった~~)」