7.お気楽令嬢は、複雑な家庭事情を抱えている(らしい)
ラヴォワ皇国の爵位は、アンネローゼの出身国と同じく、上から順に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とされている。
もちろん、爵位が上であるほど魔力に恵まれているらしい。
が、良い爵位を持っていても、魔力という才能があるとは限らない。逆に、平民や商人の子供でも時たま魔力が発現する場合がある。
そして爵位持ちの中の落ちこぼれは当然、魔術学院に入学しても、クラスは下の方に追いやられることになる。
一方で、魔力が発現した平民側も魔術学院に入学したとしても、すぐさまトップのクラスに行けることはない。
まあ、要するに……。
――Fクラス。
それは、才能ある平民の子息や、若干落ちこぼれた貴族の子息・子女、それに素行不良者などが連なる、という世にも恐ろしいクラスなのである。
「な、なるほどぉ~~」
という話を朝っぱら聞かされ、アンネローゼは朝から顔面蒼白になっていた。
「そうですかあ。おほっ、おほっ、オホホホホ……」
ダメだ。
若干、笑い声もかすれている。
どう考えても厄介者の集まりである。
おかしいよ……こんなん。
どうしてスローライフを営みたいだけなのに、自分だけとんでもないところにぶち込まれてしまうのだろうか。
パンフレットには笑顔で授業を楽しんでいます、的なことが書かれていたがとんでもないクラスである。
詐欺に等しい。やっぱり大人って汚い。
そんな世の無常さを噛み締めているアンネローゼを横目に、
「さてと」と、目の前で高貴な感じでお茶を嗜んでいる殿下がティーカップをかちゃりとおいた。
「というわけでアンヌ。君も、今日からFクラスだね。まずは自己紹介を教室ですることになっているんだ」
なるほど、自己紹介。
たしかに、それからやるだろうなって感じである。
が、ふと気になったことがあった。
「ねえ、ルーク」
「おっ、なんだい? アンヌ」
ちなみにだが、アンネローゼが「ルーク」とあえて偽名で呼びかけると、ゲオルグは大層喜ぶ。
(もしかして……)
ちょっと身構え、目の前の偽装した美形を眺める。
殿下は、女性に雑に扱われたい欲でもあるのだろうか???
などと、まあそんな失礼な考えはさておいておいて、
「そもそも、私ってどういう自己紹介をすればいいんです?」とアンネローゼは尋ねた。
そう。
それこそがアンネローゼの疑問だった。
そもそも、アンネローゼは結構微妙な立場である。
一応、これでも第3皇子ゲオルグの婚約者(仮)だし、祖国は転覆済みだし……。
よくよく考えると、結構自分でも厄介な事情を抱えている。
それなのに、全部ぺらぺら話してしまって良いのだろうか???
「ああ、それなら大丈夫」
そう言いながら、ゲオルグが懐から紙束を取り出した。
ドサッとテーブルに置かれた、紙の束。
「アリバイ作りは得意なんだ」
ゲオルグに促され、読み始める。
「一応、君のプロフィール、出身地。家族構成までもすでに考えてある……まあ偽物で申し訳ないけどね」
ほうほう。
「なるほど、それはわざわざありがとうございます」
つまり、ゲオルグはアンネローゼ入学の際に、この書類を提出していたらしい。
ありがたい。そんなことを想いつつアンネローゼは読み進めたのだが、
――んんん??????
ふと、資料を読んでいたアンネローゼの手が止まった。
「どうしたの、アンヌ?」
「いや、どうしたのっていうか……」
もう一度確認。
パラパラと紙をめくる。
うん、やはり見間違えではない。
「この書類、本当にいいんですか?」
アンネローゼは恐る恐るゲオルグに確認した。
「そうだけど…………何か不備でも?」
「いやその」
さも当たり前のように爽やかな顔をする殿下の前で、アンネローゼは思った。
「あの~」
言いたい。これだけは言わせてほしい。
覚悟を決める。
アンネローゼはゲオルグに向き直った。
……あのですね、殿下。
「――なんで私、義母が6人もいることになっているんですか?」
だいぶ、無茶な設定が加わっていたからである。
**********
そう。
この資料に記された「アンヌ」という名前の少女はとてつもない波乱万丈の人生を送っていた。
あらすじとしてはこんな感じだ。
皇国の辺境、とある村の地味な平民の娘として生まれたアンヌだったが、彼女はある日、自分の出生の秘密を知らされる。
なんと、彼女はとある貴族の隠し子だったのである……!!
そうして本来の親である貴族の元へと引き取られたアンヌだったが、そんな彼女をまたしても苦難が襲い掛かる。
隠し子だからと言って、こちらを侮る義理の家族たち。
しかも、義母たちは第6夫人くらいまでいるのである。
が、アンヌは勇敢にも並み居る義母と戦い、時には和解をしながら使用人からの尊敬を集め、屋敷の頂点へと昇り詰めていく。
そうして屋敷の頂点に達した彼女は、魔術学院へと旅立つ。
そう。
すべては、立派な貴族となるために――
「って、何ですかこれ?????」
ひとしきり自身のプロフィールを読み終えたアンネローゼは微妙な表情でゲオルグを見つめた。
「なんかとんでもない属性が盛られている気がするのですが」
アンネローゼは思った。
だいたい、滅茶苦茶すぎる。
普通の村人の娘が貴族の隠し子だった~的な展開は百歩譲って、まあ良しとしよう。ありえなくはないし。
が、そこからおかしい。
義母がいくらなんでも多すぎである。
しかも、めちゃくちゃ人間関係が濃い。
途中までアンヌに仲良くしていてくれた一見優しそうな義母Cが突然裏切って、義母Aと手を組み始めるところなど、思わず読んでいるこっちが手に汗握る展開だった。
いやもう正直、ただのプロフィールじゃなくてもはや物語では?と思わずにはいられない。
が、アンネローゼのプロフィールをこれでもかと捏造した主犯のゲオルグはあくまでも飄々としている。
「これも僕の考えなんだ。まあそんな冷たい目をせずに聞いておくれよ」
「これが考えですか?? 正直、ぐちゃぐちゃすぎて家系図も何もあったもんじゃないですし……」
「そう! まさしく狙いはそこなんだよ」
パンっとゲオルグが軽やかに手を叩く。
興が乗ってきたとばかりに楽しそうなゲオルグ。
「正直言うと、1人の人物を捏造するのは結構難しいんだよね。ほら、意外と貴族って家系がつながっていたりするしさ」
「な、なるほど?」
ゲオルグによると、つまり、こういうことらしい。
学院にアンネローゼが入学するうえで、『アンヌ』という黒髪黒目の地味な女の子を作り出す必要がある………が、中途半端にやったら、家系や地域などからそんな人物はいない、とバレてしまう可能性がある。
それならいっそのこと、詮索する気もなくさせるほど面倒くさい過去を持つ人間、として演出したほうがいいだろう、と。
「それにしたって、やりすぎのような……」
「何を言ってるんだい、アンヌ。君の安全が第一だ」
「うぐっ」
注がれる真剣なまなざし。
アンネローゼも思わず黙り込んでしまった。
本気だこの人。
アンネローゼは割かしひねくれているタイプだが、逆にこう……純粋に心配されるとなんかムズムズしてしまう。
主に背中が。
「わ、わかりました。まあそれなら」と早口で答えつつ、冷静に考えてみればいいんじゃないかろうか、とアンネローゼは考え直していた。
これからアンネローゼが行くことになっているFクラスはとんでも問題児の集まりらしい。
であれば、一見近づきがたい過去を持っている方がいいのかもしれない。
みんな、あっと察してあまり関わらないでくれるだろう。
絡んだら面倒くさそうな女子生徒。
……うん、悪くない。
「じゃあ、その方向でお願いします」
「了解。軽く目を通しておいて」
そう言って、ゲオルグが立ち上がる。
あ、そう言えば。
「あの、Fクラスってどこに?」
そう。
散々、問題児だのなんだの言われているFクラスの人間だが、寮とか学院の中心部ではそんな柄が悪い生徒はほとんど見かけたことがない。
なんでだろう?
「あぁ」と若干苦虫を嚙み潰したような顔でゲオルグが捕捉してくれた。
「Fクラスはあっちの方だね」
そう言って指されたのは、学院の中心部とは真反対の方である。
学院でも外れの方角。
「Fクラスだけは、特別にあっちの方に校舎があるんだ」
ご丁寧にも、どうやらFクラスだけ特別に教室が分かれているらしい。
ピクピク、と頬が引きつる。
ちょっとした確信をもってアンネローゼは笑顔で尋ねた。
あの~~、殿下。
「やっぱり隔離されてません????????」
「まあ」
笑顔のゲオルグがさらりと答えた。
「そうとも言うかもね」
――おい。
本日のアンネローゼ様
→ゲオルグの策略により、凄い複雑な家庭環境、という謎の不幸属性を盛られてしまう。結果、「アンヌ」として悲しい過去を背負う羽目に。
※お疲れ様です。
最近投稿していなくてすみません。いや、当作品……決して忘れたわけではないのです……!!ちょっと時間が取れたので何話かまとまって投稿できそうです。