6.お気楽令嬢とたのしいFクラス
ゲオルグの圧倒的才能とこちらに対する圧倒的ハードルの高さにビビり切ったアンネローゼだったが、寮で一晩ぐっすりと眠ると、心も晴れてきた。
なんと、この学院では学業に励めるよう寮も完備されているのである。
木目が素敵な寮の部屋でなんやかんやで準備をし、可愛いと噂の学院の制服に着替える。
そして。
身支度の準備を終えたアンネローゼは、食堂に赴いていた。
食堂は多くの学生が使える場所で、朝から大勢の学生でごった返している。
「ええっと」
食堂の入り口から、きょろきょろと辺りを見回す。
たしか、ゲオルグがここで先に待っていると言っていたような………。
いやでも、さすがにこんな人の中で見つかるわけがないか。
そう、のん気に構えていたのだが、
「………あっ」
アンネローゼの目線が、一点にくぎ付けになった。
(め、目立つ……。すんごい目立ってる……!!)
アンネローゼの眼の先には、ポツンと人が集まっていない区画があった。
そこには、ゲオルグ、もといルークが優雅に座っていた。
どうやら変装しても、ゲオルグ皇子のイケメンぶりは変装の魔術を貫通してしまうらしい。
その証拠に。
現に今でも、アンネローゼの後ろでは、
「え、誰あの人、すごいかっこいいね」
「でも、見たことないな~。新入生の方かな」
「さっきからどんなお嬢さまが声をかけても、相席を断られるらしいわよ」
などという声が聞こえる。
(ゲッ、ゲオルグぅ…………!!!)
頬がぴくぴくと動く。
あの人は本当に自分の目立ち具合というか、自分と他人の違いを理解していないらしい。
昨日もそうだ。
マジックアローを1本飛ばすのにひぃひぃ言っていたアンネローゼに対し、「まあ、アンヌならできるよね」と平気で謎の確信をしていた。
………どこに目ん玉を付けていたら、そのような感想がでてくるだろうのか。
とはいえ、皇子を待たせているのである。
仕方なく、アンネローゼはすごすご近付いた。
もちろん予想通り、
「え、誰あの地味な子」
「えぇ、あんな子がお近づきになれるの???」
と、嫉妬の視線がビシバシ突き刺さる。
で、ですよねー。
しかも、アンネローゼの頭を悩ませることがもう1つあった。
アンネローゼは頬をぴくぴくさせながら皇子に挨拶をした。
「や、やあ……る、ルーク……や、やっほ~~~」
――これである。
なんと、かのゲオルグ殿下は、せっかく姿を変えているのだから、「もっと気軽に話そうよ」とアンネローゼに迫ってきたのである。
そういうわけで、アンネローゼは、「ゲオルグになるべく普段通りに友達と話すように」とだいぶ無茶ぶりを強制されていた。
……こっちはゲオルグの正体がわかっているので、ぶっちゃけドキドキが止まらない。
あまり舐めた発言をして、後から
「僕にため口を聞きおって、許さんぞ、アンネローゼ!!」とか言われても困るし………。
ちなみに、アンネローゼがゲオルグに、
「口調を柔らかくしたところで、なにか意味があるんですか?」と尋ねてみたところ、
「あぁ、こういう方法で距離を詰めるのもいいかなと思ってね」と爽やかによくわからないことを言われてしまった。
「あぁ、アンヌ。待っていたよ」
ゲオルグが顔を上げた。
「『やっほ~』か。そう言うのも悪くないね」
そう言って、楽しそうにほほ笑むイケメン皇子。
後ろからかすかに黄色い歓声が聞こえて、アンネローゼはため息をついた。
************
嫉妬の視線をできるだけ無視して、同席。
「そう言えば、ごめんなさい」と、アンネローゼは口を開いた。
「何が?」と首をかしげる皇子。
「いやあの~、散々おぜん立てして頂いたのに、結果Fクラスだったな、と思いまして」
「アンヌ」
何回も言うようだけど、とゲオルグが首を振った。
「大丈夫だよ。今から頑張れば必要ないよ。大事なのは過程さ」
やはりいいことを言う。
これで、アンネローゼに対する謎の期待さえなければ、最高なのに、と思わずにはいられない。
まあ、それはおいておいて。
「じゃあ、これからどうなるんですか?」
「今日から指定されたクラスに行くことになるね」
「……Fクラスでしたっけ?」
不安が頭をかすめる。
いやでもよくないな、とアンネローゼは思いなおした。
たしかに、最底辺のクラスかもしれない……けど、やる気を出せばきっと楽しめるはずだ。
そう言えば、ここに来る前に見たパンフレットでも、あれほど楽しそうにしていたし……。
「私、頑張ります!!」と、アンネローゼは胸を張り、堂々と宣言した。
そう。
きっとFクラスの人たちも頑張っているはず。
「アンヌ………!!」
信じられない、と言った表情で、ゲオルグが口を押えた。
「そんなやる気なのかい??」
「もちろんです!!」
どや、とアンネローゼはどや顔を披露した。
まあよくよく考えれば、ここでの努力は無駄にならない。
なんだかんだで素敵なスローライフ生活の糧になってくれるはずだ。
「いやいや、本当に君には驚かされるよ。まさか、あのFクラスにおびえていないなんて」
「任せてください! はっはっは……」
――ごくりとつばを飲み込む。
「……は????????」
なんだか今、もの凄く良くない単語が聞こえたような気がする。
”あのFクラス”……???
「あの?????」
微妙な表情で聞き返すと、あぁ、とゲオルグはとびっきりの笑顔で返事をしてくれた。
「あの、問題児が集まる、と言われるFクラスを全く恐れていないなんて」
「……………………」
やっぱり君はさすがだなぁ、と照れたように笑うゲオルグ。
「る、ルークさんや………ちょっと確認したいことがあるのですが」
ちょっと待ってほしい。
聞いていた話と全然違う。
「どうしたんだい? 急に年を取ったみたいな言葉遣いで」
「いやあの、Fクラスってどんなクラスでしょう??」
頼む、とアンネローゼは思った。
何かの間違いであってくれ、と。
Fクラスはきっと素晴らしいクラスで――
「Fクラスは、今もっとも危ないクラスだね。地方から集まった貴族の子息たちが多くいるんだけど、かなりお互いにライバル意識が強いんだ。たしか、先月だけでも数人、怪我人が出ていたはずだよ」
「……………………」
さわやかな朝。
アンネローゼの座っている席にはわずかに木漏れ日が差してくる。
「あは、なるほど。そんな感じですか。アハハハハハ……」
「僕も君の活躍が楽しみだよ」
楽しそうなゲオルグ皇子の前で、なんだか無性に屋敷でのんびり暮らしていたことが、懐かしく思えてきたアンネローゼであった。
……い、今から屋敷に帰るのってナシ、、ですかね???
え。無理????
ですよねーー。
本日のアンネローゼ様
→問題児ばかりのクラスにおびえる