5.おかしいな 皇子の期待が 重すぎる
さらに、ハンネス先生による熱血指導は続いた。
「ほら!! もっとこう………! 手首のスナップを効かせて!!」
「ま、マジックアロー!」
「く、これもダメか。な、なら今度は思いっきり振り回してみましょう!!」
「こ、こうですか??」
「そうそんな感じのスイングで!! さあ!!! いいですね」
「ま、マジックアロ~!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ、こっちに来たあああ!!!!!!」
……うん。
言われるままに杖を振り回していたアンネローゼは、痛感していた。
人には向き不向きってあるよな~、と。
自分のマジックアローが、なぜかハンネスの顔すれすれを通過しているのを見ながら、アンネローゼは内心で語りかけた。
だから、ハンネス先生。気に病まないでください、と。
たまにはこういう生徒もいますよ。
うん。たぶん。
「アンヌ君!? 君、ちゃんとやってます??? 僕を狙ってないですよね????」
ハンネスの声が聞こえてきた。
「いやー、わたくしにそう言われましても」
ひどい言いがかりである。
自分としては、ハンネスに感謝こそすれ、マジックアローをぶつけてやろうなんて気は毛頭ない。
「もちろんです。誠心誠意やってますよ」
「あ、真面目にやってこれなんだ……」
――ハンネスがポツリと漏らした本音が、非常に印象的だった。
**********
そして。
なんやかんやで結局、夕方になってしまった。
アンネローゼは、ぜぇはぁ、言いながら息を整えた。
アンネローゼのマジックアローは、最後まで訳の分からない動きをしていた。
が、
「いいのですよ」と同じように疲労困憊と言った様子のハンネスが口を開いた。
「本当ですか?」
ハンネスは、なぜか爽やかな顔をして、壁に背を預けている。
「自慢ではありませんが、私は結構有名でしてね。今まで、色々な生徒に魔術を教えてきました。厳しく教えれば、魔術は上達すると疑っていなかったのです」
「はあ…………」
「でもね」とハンネスが首を振った。
「今ならわかります。今までの生徒は全員、あんな異様……いえ、個性的なマジックアローを唱えたりしませんでした。全生徒に同じような教え方を矯正していた、私の教育方法は間違えていたのかもしれません」
しかし、そういうハンネスの顔は爽やかだった。
「私も一皮むけた気がしますよ。世の中、努力とか頑張りでは、どうにもならないってこともあるんですね」
「どうにもならないこと……??」
…………ん???
う、うん。
何となく違和感があるが、まあいいだろう。
「でも、私、学園でやっていけますかね?」
俄然、不安になったアンネローゼはハンネスに問いかけた。
大丈夫ですかね、と。
「もちろん。大切なのは結果ではなく、過程です。何より、この3時間。貴方は真っ直ぐに取り組んできました。その努力はきっと報われるでしょう」
この学園でね、と付け加えたハンネスは、屈託のない笑みを見せていた。
「先生………!!」
「君と授業で会えることを楽しみにしています」
アンネローゼはハンネスの手をひしっと握った。
**********
「あ、先生。ちなみに、私のクラスはどうなるのでしょうか?」
「あぁ、それはもちろんFです」
んん?
「ど、どうしてでしょうか??」
おかしくない?? とアンネローゼは思った。
いやだって、こんな感動的な雰囲気になったのに……。
なんかすごい青春、みたいな…………。
が、先ほどまで心を通わせた、と思っていたハンネスは、首を振りながら答えてくれた。
「アンヌ君」
「はい」
「周りを見渡してごらん」
無言で見渡してみる。
そのうえで感想を口にする。
「………随分と模様替えしましたね」
なんということでしょう。
あれほど清潔感があった試験会場はひどいことになっていた。
床はボロボロ。
至る所に穴が開いている。
そうだ、とアンネローゼは思い出していた。
確かに、ハンネスは言っていた。
威力は十分だ、と。
そんな威力だけは一丁前で、コントロールがとんでもなく悪い魔術を連発していたらどうなるだろうか。
結果、アンネローゼの目の前には、惨状が出来上がっていた。
「ア、アハハ……な、なにか手伝います??」
冷や汗を垂らしながら尋ねる。
「大丈夫です」
ハンネスが真っ白な顔で首をふった。
「もうこれ以上何もしないでください。私が始末書を書けばいいだけですから」
ハハハ、というハンネスさんの乾いた笑いが響く。
「「……………………」」
ちなみに、威力だけはあるから、くれぐれも人がいるところで呪文を唱えるな、と口酸っぱく言われた。
解せぬ。
*********
さらにちなみに、試験を終えたアンネローゼがゲオルグに、「Fクラスだったのですが………」と申し訳なさそうに報告したところ、
ゲオルグは「気にすることはないよ」と言って爽やかに笑ってくれた。
「誰でも最初はそうさ。一歩一歩頑張ればいいんだよ」という優しいトーンで仰る皇子。
「ゲッ……じゃなくて、ルーク君……!」
偽名を呼びながら、アンネローゼは己を恥じた。
今まで散々、内心で無礼なことを言ってしまった。
事実無根なのに。
まあ、事実無根も何も、そんなことをゲオルグに対して言っているのはアンネローゼくらいであったが、ともかくアンネローゼは反省した。
「僕だって試験では失敗したしね」
「えっ、そうなのですか?」
新情報だ。
興味が出てきたアンネローゼは、
「どんな感じだったんですか?」と尋ねてみた。
「あぁ、僕も同じような試験内容だったけど、だいぶ苦労したよ」
恥ずかしそうに、はにかむゲオルグに思わずアンネローゼも笑みが漏れる。
「ですよね! 難しかったですよね……!」
あぁ、良かった。
きっとゲオルグも、最初は失敗ばかりだったに違いない。そこから一歩一歩努力に努力を重ねたのだ。
アンネローゼの心に希望がともった――
「僕はたまたま魔力量が多かったから、20本のマジックアローを同時に的に当てるっていう試験だったんだけどね」
「へぇー、20本ですか」
そうか、20本か。
「そうそう、20本。特別にね」
「…………んん??」
いや、ちょっと待ってほしい。
「魔力量が多い」とハンネスさんにお墨付きをもらったアンネローゼでも、同時に打つのは1本だけしかできなかったのである。
それが20本同時………???
「ニ、ニジュッポン……????」
「ああ、そうだよ。しかも、そのうちの1本が的の中心部から少しずれちゃってね」
「………………」
絶句。
あれにはだいぶ落ち込んだな~、と恥ずかしそうに笑うゲオルグを、アンネローゼはドン引きした表情で見つめた。
「僕もなるべく、手伝うよ」
目の前で穏やかにゲオルグが言った。
自然体のゲオルグ。
そのさわやかな笑顔は、まさしく王子様然としていて、どんな女性でもうっとりするほどの魅力を見せていた。
が、しかし。
アンネローゼには、その魅力的な笑顔が、もはや死刑宣告にしか見えなかった。
なぜなら、自分のマジックアローは並大抵のマジックアローではないからである。
「アハハ……」
もはや、乾いた笑いしか出てこない。
「アンヌ。君はいつでも、僕の予想を超えてきたからね。今から君の成長が楽しみだよ」
キラキラと。
少年のように輝くゲオルグの瞳。
「……が、頑張りますよ………あは」
皇子の期待が重い………!!!
重すぎる…………!!!
その後。
「学園を案内するよ」とゲオルグが言ってくれ、色々案内してくれたが、アンネローゼの耳にはほとんど情報が入ってこなかった。
皇子の底知れない才能と、自分に対する期待の重さにシンプルにドン引きしながら、アンネローゼは思った。
――私の学園生活、本当に大丈夫かな、と。
本日のアンネローゼ様
→あまりにセンスの無さにより、1人の教師の教育方針を根底から変えてしまう。