4.お気楽令嬢とマジックアロー
えぇ~、非常に気まずい。
真っ直ぐ進むはずの初心者御用達魔術を、ものすごい角度に曲げてしまった。
そして試験官を絶句に追い込んでしまったアンネローゼは、試験会場の中央でハンネスを待っていた。
ハンネス先生は、自分を指導してくれるらしい。
思ったよりもいい人だった。
ちゃんと評価を上方修正しておく。
ごめんなさい。最初口が悪いとか余計なことを言って……。
「まず、杖が合っていない場合もありますね」
まったくもう試験最後に、とぶつぶつ不満を言いながら、山ほど杖を持ってきたハンネスが、アンネローゼの前に現れた。
目の前には、どさっと置かれる数々の杖。
「なんですかこれ??」
「試験用の杖ですよ」
そう言ったハンネスは若干、体力的に辛かったのか、息を整えている。
「はぁ……倉庫から、ありったけ持ってきました。ともかく、これでマジックアローを試してみましょう。私の経験上、これでほとんどの生徒のマジックアローの軌道は修正できます」
「おぉ……!」
思わずアンネローゼも手を叩いた。
目の前のハンネスからは、もの凄い自信を感じる。
ハンネスの熱い視線とアンネローゼの視線がぶつかった。
――やれますね???
ハンネスの視線は明らかに、そう語っていた。
やるしかない。
アンネローゼも、「はい!!!」と力強く、頷き返した。
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が、しかし。
冷静に考えれば、世の中やる気でだけでことが進むほど人生簡単ではなかった。
そもそも、やる気で夢が叶うならアンネローゼはとっくにスローライフしている予定だったし……。
アンネローゼのマジックアローの、へその曲がりっぷりは一級品であった。
どの杖を使っても、相変わらず、右方向に曲がったり、左方向に曲がったり。そのたびにハンネスは絶望的な顔を披露していた。
(いや、ちょっとこれは………)
無理なんじゃないかな、と早くもアンネローゼが諦め始めたのは、20本目の杖を使い切ってからだった。
結局、全ての杖で、真っ直ぐ飛ばないマジックアローが確認されてしまった。
「いや~ちょっとこれは、だ、ダメそうですね………」と口に出してみる。
いやもう完全に素人のアンネローゼから見ても、絶望的だな、と思わずにはいられない。
だって、ねえ……。
アンネローゼは、ハンネスを見た。
あれほど、「僕が君に魔術の神髄を教えてあげましょう」とか、
「本来の美しいマジックアローを取り戻して差し上げましょう」とか言いまくって意気込んでいたハンネスさんは、見事、床で崩れ落ちていた。
「こ、これはおかしい……、なんで……僕の築き上げてきた魔術理論が通用しないなんて。これは現実か??」
おい。
アンネローゼはひたすら微妙な表情でそれを見つめた。
おかしい。
なんで自分が初歩の魔術を真っ直ぐ飛ばせないだけで、1人の教師が精神崩壊を始めているのか。
「それとも、このどうしようもない生徒は高度な幻覚魔術の使い手で、僕は化かされているのか?????? ものすごい地味な女子生徒だが、実は皇子と付き合っているとか…………??」
そして、若干当たらずとも遠からずなのが怖い。
まあそんなはずがありませんね、と一息つくハンネス。
「まだ道はあります。呪文の発音が悪いのかもしれません」
「呪文の……?」
「さあ、もっと滑らかに発音を!!!」
目の前で指揮者のように、発音の指導をするハンネスに促され、アンネローゼは、なるべく舌を巻くことを意識し、なるべくエレガンスに発音した。
「マズィック・アロゥ~~~~」
美しく、光出す杖先。
そして、アンネローゼが目にしたのは――
びゅん。
風を切り裂くようにして、アンネローゼのマジックアローは飛んで行った。
「………………」
天井、目掛けて。
「ああああああ、なんで途中から、真上に曲がるんだあああああ!!!!!!」
またしても、のたうち回るハンネス先生。
が、しかし、徐々に耐性がついてきたのだろうか。
次の瞬間、ハンネスさんは、ふっふっふ、と飛び起きた。
「で、でしたら、次は、もっと元気よく言ってみましょうか」
「げ、元気に………??」
そもそも魔術って、そんな気合で攻略できるシロモノなのだろうか??
「先生、それって効果あるのでしょうか……?」
「こういうのはやってみなければ始まりません!!!」
絶対もう破れかぶれだな、と思ったが、言われるがままに、アンネローゼはとりあえず呪文を唱えた。
「は、はい。ええっと」
腹の底から、声を出すようにして……!!
「マジック!!!!!! アロォォォォォォォー!!!!!!」と雄たけびを上げる。
再び光出す杖先。
そして――
「ああああああ、なんで真下に沈むんだあああああ!!!!!!」
再びのたうち回るハンネスさん。
先ほどから、ハンネス先生の体力の消費具合が凄いことになっている。
本当に大丈夫だろうか。こっちも心配になってきた。
「お、おかしい。僕の培ってきた教育理論が………魔術教育が………」
ふらふらとハンネスが立ち上がる。
「だ、大丈夫でしょうか?」
ハンネスさんの服は最初、きっちりとしていたが、今では見る影もない。
「だ、大丈夫です。僕は、魔術教育が専門ですから」
そ、そうだ!! とハンネスさんが頬を引きつらせながら、手を叩いた。
「こうしましょう! 杖の振り方ですよ!!」
「えぇ………………」
本当かな? とアンネローゼは思わずに居られなかった。
こっちだってずぶの素人だが、そんな素人から見ても、杖の振り方で曲がる方向が変わるとは思えない。
だって、ブーメランとかじゃあるまいし…………。
先生、限界じゃないですか??? と言いたくなってきた。
もう、こっちとしては、魔術教育の限界を認めてほしい気持ちでいっぱいだ。
「いやいや、本来、杖は対象物に向けるのが一般的です。が、アンネ君。貴女の場合、そもそもの軌道が気色悪いのですよ」
「きしょく悪い………??」
なんだかちょいちょい不穏なワードがあったが、華麗にスルー。
「ですから、最初から杖を振り回せば、軌道が気持ち悪くてもいい感じに中和できるのではないか、と言う予測です」
「それで成功しますかね?」
こちらも不安だったが、ハンネスはかちゃりと眼鏡を持ち上げた。
「私を信じなさい。数々の劣等生を指導してきた、この魔術教育の専門家――ハンネスの手腕を見せて差し上げましょう」
………劣等生言うんじゃない。
とりあえずアンネローゼは思った。
本日のアンネローゼ様
→初級呪文にてこずる