3.お気楽令嬢と最年少試験官
――おかしい。
ゲオルグは「君なら絶対いいクラスだよ」みたいなことを言っていたのに……。
「では、Fクラスで頑張ってください」
んん??
「よし、今日、試験を受ける生徒はこれで終わりかな」と、なぜか引きつったままの笑顔で言う試験官。
「いやいやいやいやいや」
ちょっと待ってほしい。
アンネローゼは、試験会場を去ろうと準備を始めた試験官に、たまらず尋ねた。
「あの~すみません。なぜでしょうか??」
「『なぜ?』か………」
試験官は、言いにくそうに顔を歪めた。
「それはもちろん、君が実技試験で最低ランクだったからですよ」
「そうなんですか? 一応ちゃんとやってつもりなのですが」
「はぁ……まったく。君は、納得していないらしいね」
「えぇ、まあ」
アンネローゼだって、しっかりと試験を終えたのだ。
それにもちろん、アンネローゼの脳内では、ゲオルグの「君に才能はあるよ」発言が、延々とリフレインされていた。
仕方ない、と試験官がため息をついた。
「じゃあ、もう一回魔術を見せてもらえるかな?」
*********
試験官に急かされ、アンネローゼは杖を手に取った。
この杖は、試験用の杖である。
本来、魔術をできる人間は誰でも、「マイ杖」持っているそうだが、素人アンネローゼにはそんなものがない。
ところが、魔術の名門校。
時たま、そう言う「魔術なんて今までやったことなかったんですが、来ちゃいました☆」みたいな一般学生のために、試験用の杖も貸してくれるのである。
「ふぅ……」
と言うわけで、アンネローゼは杖を手に、少し先にある的に狙いを定めた。
落ち着いて深呼吸をし、ゆっくりと息を吐く。
「試験内容は極めて簡単です。こちらで指定した魔術を唱え、的に当てればいいだけ」
少し離れたところから試験官が声をかけてきた。
試験の内容はシンプルなものだった。
自前でも貸してもらったやつでも何でもいいので、杖を持ち、魔術を唱える。
唱える魔術は、一番簡単な《マジック・アロー/魔術の矢》と言う呪文である。
「いいですか、マジック・アローは非常に簡単な基礎魔術です。だいたいの人間は、魔術を始めるときにこれを習います」
試験官が頬を引きつらせながら言った。
どうしたんだろう、とアンネローゼは思った。
さっきからこの人、何かに怯えているような…………?
「魔力の矢が真っ直ぐに飛ぶ、というごくシンプルな魔術です。さあ、もう一度やってみてください」
試験官に急かされた。
まあいいや。疑問はさておき、おもいっきりやるしかない。
「行きます………!!」
いや、この自分がFクラスなわけがない、という自信を胸にアンネローゼは大きい声で元気よく返事をした。
「《マジック・アロー/魔術の矢》」
そう言って、力を込めて杖を振り回し、呪文を唱える。
――そこから先は、不思議な光景だった。
紫色の矢がゆっくりと生成される。
「おぉ……」
すごい。
アンネローゼは思わず息を呑んだ。
そして、杖の先から発生した紫色の矢は、飛んで行った。
――めちゃくちゃ曲がりながら、である。
そして着弾。
ドンッ! という爆音。
「…………」
アンネローゼが無言で向こう側を見ると、アンネローゼの先にあった的から、2、3個離れた別の的が見事に壊れていた。
……うん。
「あの~どうでしょうか」
「違ううううううううううう!!!!!!!」
「えっ」
振り向いたアンネローゼの目の前には、先ほどまでクールな感じで見守っていた試験官がみっともなく転がっていた。
おかしい。
眼鏡をかけ、あたかも冷静沈着な感じの試験官が力の限り叫んでいる。
「えぇ……」
「絶対におかしいですよ!!!! なんで、貴女のマジックアローは!! 途中で曲がるんですか!!!!!」
そう言いながら、試験官は地面をのたうち回っている。例えるなら、お菓子を買ってもらえない駄々っ子のような……。
「あ、あの~、魔術は成功したんですよね??」とアンネローゼは恐る恐る聞いてみた。
「え、えぇ………。成功は成功ですよ」
よろよろと立ち上がる試験官。
眼鏡を直す彼は、割と絶望的な顔をしていた。
が、すぐにぶつぶつと何事かつぶやき始めた。
「だけど、わ、わからない………。真っ直ぐ飛ぶのが売りのマジックアローが、なんでこんなキモい挙動に………」
おい。
こいつ人の魔術にキモいって言ったぞ、今。
「いやでも、一応今日、初めて魔術を試してみたんですけど………」
アンネローゼは一応、反論を試みた。
個人的には、結構うまくいったと思ったのだが……。大目に見てほしい。
「今日初めてでマジックアローに成功?? だとすると、才能自体はあるのか?? いやでも、それにしてもこんなキモい挙動のマジックアローは初めて見た………」
ぶつぶつと独り言を言う試験官さん。
なんかものすごい失礼なことを言われいるような気がしたが、「なるほど」とアンネローゼも次第に理解し始めた。
本来、マジック・アローは、真っ直ぐ飛ぶのが普通だそうだ。
呪文を唱えるなり、別の的を目掛けてすっ飛んで行ったアンネローゼのマジック・アローは、だいぶおかしいらしい。
「い、いえ!」
ところが、悩んでいた彼は気を取り直したようだった。
銀縁の眼鏡をくいっと持ち上げる。
「初めてでこれ、と言うのであれば、ちょっと変な癖がついているだけでしょう。的を壊した、という点から見ても威力は十分です」
「ということは?」
「えぇっと、アンヌ君でしたっけね。君の魔術は確かに才能があります」
「ほ、本当ですか!?」
えぇ、と微笑む試験官さん。
「君は素材は一級品です。ただ、魔力はいいものを持っていても、魔力の制御がドヘタ、と言うだけなのです」
「なるほど……?」
こっちの微妙な理解力を察してか、試験官さんは助け舟を出してくれた。
「例えるなら、最高級の素材がド下手な調理人によって最低の料理になっている、といった状況でしょう」
………やっぱこの人めちゃくちゃ失礼では???
アンネローゼは、魔術学院の言葉遣いが若干心配になった。
*********
が、しかし。
試験官の人は口は悪くとも、性格はそれほど悪くなかったようだ。
やれやれですね、と言いながらこちらの方に近づいてきた。
「まあいいでしょう。幸い、今日の試験は貴女で最後です。今日は時間があります」
そう言うと、くいっと眼鏡を上げる試験官。
「い、いいのですか??」
「今からできる限り、あなたのマジックアローを修正させてあげましょう。この、最年少試験官、ハンネスの名において」
そして、強烈などや顔と共に、眼鏡をクイっとさせるハンネスさん。
ちょっと格好つけすぎじゃない?? メガネクイっとさせすぎじゃない??? とも思うが、もう関係ない。
アンネローゼは全力で乗っかることにした。
「ありがとうございます!!! さすがハンネスさん!!」
「えぇ、私に着いてきなさい」
す、すごい。
ものすごい、期待できそうである。
そう。
よくよく見れば、彼は教えるのが上手そうな顔をしている。
そうだ、自分がFクラスなんて何かの間違い…………!!
――こうして、アンネローゼと試験官ハンネスによる、『マジックアロー改造計画』が幕を開けた。
本日のアンネローゼ様
→魔力はあるが制御がド下手。つまり、歩く凶器