2.お気楽令嬢と、そこはかとない勝利の予感
――グラセリア魔術学園は、このラヴォワ皇国内でも、有名な学園である。
他にも魔術を教え、貴族が通うような学園は数あるが、どこもグラセリアとは規模も知名度も段違い、というほどの超名門校。
とはいえ、家柄がすべて、というわけではなく、実力があれば平民だって入れる。
そんなこともあって、ここの卒業生を名乗れるのは、貴族にとって圧倒的なステータスであった。
そんな割と厳しい環境の中、アンネローゼはウキウキしっぱなしで学園内を歩いていた。
汽車から降りて、駅から学園まではそのまま一本道になっている。
学園の様子はだいぶ緑が多い。いい感じにスローライフ感がにじみ出ている。
なんでも魔術の勉強に励めるよう、わざと都から遠いところに作ったらしい。
建物もオシャレで、清潔感ばっちり。制服を着た生徒をチラホラ見かけるが、制服も可愛らしい。
「じゃあ、一旦荷物を置いて、試験会場に向かおうか」と、ゲオルグが口を開いた。
「試験会場?」
「ああ、ちょっとした実技試験さ。そこの結果次第で、クラス分けがされるんだ」
なるほど。前哨戦か。
アンネローゼはゲオルグの整った顔を見つめ返した。
「では、行って参ります」
へえ、とゲオルグが目を細める。
「迷いがないんだね」
「もちろんです」
アンネローゼは即答していた。
なぜなら、先ほどから恥知らずにも、アンネローゼはこう思いこんでいたからである。
――自分には才能がある、と。
つまり、アンネローゼの脳内では、
あのゲオルグが『才能がある』と言ってくれたんだし、自分には才能があるかもしれない……。
→いやもう、確実に才能があるに違いない………!!
→あ。私、天才だわ、たぶん
という死ぬほど単純な構図が出来上がっていた。
そう。
こう見えて、ゲオルグは割と冷静なところがある。
そんなゲオルグが「いけるよ」と言ってくれた。これは信ぴょう性抜群というものである。
「いい報告を待っているよ」
「ええ」
自分が失敗するはずがない。
ふぁさっと髪をなびかせ、優雅に試験会場へと歩くアンネローゼ。
まさに、虎の威を借りる狐。
完全に、アンネローゼは婚約者の才能にタダ乗りしていた。
――が、しかし。
アンネローゼは1つ大事なことを忘れていた。
他人には割と冷たく、厳しい面もあるゲオルグが、アンネローゼだけには激アマ採点をしていたことを。
というか、アンネローゼのやることに対しては、だいたい無条件で皇子は褒めている、と言う事実に。
アンネローゼはそんな事実に気が付かず、意気揚々と試験会場に向かうのであった。
**********
案内された試験場では魔術の実技試験が行われていた。
試験会場で実技を終えたアンネローゼは、広い試験会場で試験官と向かい合った。
室内にあるホールでは、アンネローゼと試験官以外には他に誰もいない。
どうやらアンネローゼが最後らしい。
「これで、試験のすべての行程は終わりです」と、眼鏡をかけた神経質そうな試験官がほほ笑む。
アンネローゼも、「ありがとうございます」とお礼を返した。
「では、結果を………」
しばし、無言が会場を包みこむ。
緊張の一瞬。
「アンヌ君だったね?」
「はい」となるべく元気よく、返事をする。
どうやら、アンネローゼはちゃんと『アンヌ』という偽名で学院に登録されているらしい。
さすがは皇子。偽装工作も完璧である。
「では」
ゆっくりと試験官が息を吸う。
さて、自分はどこクラスに入ってしまうのか。
優等生が多く集まる、というAクラスだろうか。それとも、手堅いBクラスか。
いやあえて、一番人数が多い、というCクラスでも悪くないかもしれない。
もしくは、一芸に秀でた者が集まる、という尖ったD,Eクラスだろうか。
まあなんでもいいか。
なぜなら、自分の勝利は間違いないのだから。
アンネローゼの脳内では、もはや自分の試験結果を疑う必要もなくなっていた。
末期である。
そして、そんなアンネローゼに、笑顔のまま試験官は告げた。
「Fクラスで頑張ってください。成長を期待しています」
「……んん??」
「はい??」と怪訝な顔を返してくる試験官。
「え、Fクラス……ですか??」
聞き間違え?? と思ったアンネローゼはたまらず試験官に訊き返した。
いやいや、まさかまさか……。
いやだって、ゲオルグが………才能あるって……。
が、試験官はアンネローゼが、緊張のあまり結果を聞き取れなかった、と考えたらしい。
彼は、それはそれはいい笑顔で捕捉してくれた。
「――もちろん、Fクラスですよ」と
げ、ゲオルグ皇子????
話が……ちょっと話が、事前に聞いていた話と違うような気が……???
本日のアンネローゼ様
→婚約者の激アマ採点に気が付かず調子に乗る