1.お気楽令嬢は、イケメンにくぎを刺される
「――魔力とは体内に宿る力のことを言うんだ。そして、その力を現実の現象にする技術が『魔術』と呼ばれる」
自身の身にアンネローゼ派から不幸な手紙が来ていることも知らず。
アンネローゼは、列車の中でゲオルグからレクチャーを受けていた。
「はあ……」と相槌をうつ。
列車は飛ぶように過ぎていき、景色もすっかり緑一色になっていた。
いいね、このあふれ出る田舎感。
好みだ。
そして、ゲオルグによる魔術講座が続く。
「魔術」は、かつて貴族のみに許された力だったが、徐々にその秘密が明らかになっていき魔術を専門に研究する――通称、『魔術学院』が生まれたのだという。
云々。
とはいえ、やはり魔術学院には貴族層が多く占めており、時たま庶民が入学することはあっても少数派らしい。
「でも、それだと私はどうなるのでしょうか?」
あれ?と思ったので、疑問を口にする。
皇国の貴族層が魔術学院に通う、と言うのはわかる。が、アンネローゼの出身は魔術のない王国出身者である。
そうすると、貴族であっても魔術の才能がないんじゃない? と思わなくもない。
けれど、「気にしなくていいよ」とゲオルグが答えた。
「へ?」
あまりにもあっさりと下された診断に逆にビビってしまう。
何度も確認すると、ゲオルグは「心配性だね」と笑みを深くした。
形のいい目元が弧を描く。
「前に僕が1回魔術を披露したことがあったろう?」
「あ~~」
やっと思い出した。指パッチンで街の一区画を消し飛ばしたやつだ。
いやあれには、ほんとびっくりした。
「僕は生まれつき魔力量が多くてね。普通あの位の規模の魔術だと常人は気絶してしまうのだけど、君は全く動じていなかった。いや、それどころか、君はあの魔力を受けても、優雅にほほ笑んでいたね」
中々ないんだよ。そんなことは、とゲオルグがいたずらっぽく笑った。
「君には僕の魔力に対抗できるほどの魔力がある。つまり、才能があるってことさ」
となぜかちょっと得意げな顔のゲオルグ。
なるほど、理論的にはわかった。普通の人には無理なのにアンネローゼは耐えていた、と言うことだろう。
が、しかし。
あの時、アンネローゼは目の前の魔術にふつうに腰を抜かしていたのだが、ゲオルグ的には「優雅にほほ笑んでいた」と受け取っているらしい。
「そ、そうですか。オホホ……」
アンネローゼは今日と言う日ほど、感情が顔に出ないタイプでよかったと思わずにはいられなかった。
「それに、アンヌ。君に指輪を渡したのもその一環なんだ」
そう言うゲオルグは、クルクルと指輪をもてあそんでいる。
「他国の令嬢、と言う君の出自は少し込み入った事情だし、注目を招きかねない。だからこそ、姿を変えてもらったし、君のプロフィールもきっちり考えてある」
へえ、なるほど。
他国から来た留学生はそれ相応の手続きが必要らしい。それには時間も手間もかかるとのこと。だから、アンネローゼを黒眼モードにしてくれた、と。
ちなみに、さきほどからこの黒眼モードの原理が知りたくて、窓に映った自分の見慣れない姿をペタペタ触っていたら、「大丈夫。その姿も素敵だよ」との一言をもらった。
さすが、イケメン。褒め言葉にも爽やかさが満点である。
必死に見えない角度で、脚をつねり、冷静さを取り戻す。
そっちは何気ない一言かもしれないけど、こっちにとっては奇襲に等しい。
頼むからゲオルグ殿下にいたっては自分の顔と立場を理解してほしいものだ。
ふぅ~~~~、よし。
息を整える。
***********
何とか落ち着いたので、話を戻すことに。
やっぱこれから学園ライフを楽しむためには、事前の調査が必要だ。
アンネローゼはそういう細かいところにも気を配る令嬢なのである。
「そして学院を卒業して、1人前に魔術を扱えると『魔術師』ですか」
「そう。しかも学院でよい成績を修めることができたら、さらに道は開ける。本来、爵位とは代々受け継がれるものだけど、魔術の方面で優秀だと認められた場合、一代にして爵位を得られることもあるしね」
ほうほう。
魔術師としても色々な格と言うものがあり、上位の魔術師になれば、就職はどこでも選びたい放題。爵位をもらって田舎でのんびり遊んで暮らせるらしい。
いや、後半の「田舎で~」の下りは適当に妄想したものだけど。
しかし。
ごくり、と思わず喉が鳴った。
アンネローゼに、
(これ、私いけるのでは??)
という謎の自信が芽生え始めたのである。
まず、ゲオルグは魔術に関しても一級品らしい。魔術学院の生徒会長を歴任したとかいう経歴が物語っている。
そんな皇子から「才能があるよ」と言うお墨付きをもらえたのである。
しかも、「爵位」をもらえるというありがたい発言。
こんなの最高じゃないか、とアンネローゼは思った。
絶対これはいける………!!
最上級のSSクラスは無理かもしれないけど、結構上の方のクラスに行けるのでは?という予感。
眼を閉じれば浮かぶのは、めくるめくバラ色の学院生活。
多分きっとこんな感じだろう。
魔術の才能を爆発させたアンネローゼが、こう言うのだ。
『ごめんなさい、ゲオルグ!! 私、魔術の才能があったみたい!
でも、こんな魔術の才能しかない令嬢はあなたの婚約者としてふさわしくないわ!! 私、爵位をもらって好きなだけ田舎でスローライフするから!!』
すると、ゲオルグが
『僕のアンネローゼ! たしかにそうだね。婚約破棄して、どうぞゆっくり田舎で休んでくれ!!
僕は真の婚約者と結婚して幸せに過ごすよ。はっはっはっは』
うむ。素晴らしい。
きっとこんな感じ。すべてよし、だ。
***********
「アンヌ、アンヌ」
「へ?」
気が付けば、列車は止まっていた。周りもぞろぞろと降りる準備をしている。
どうやら妄想に夢中で、気が付くのが遅れたらしい。
「ありがとうございます」
そう言って、立ち上がる――が、
「おっと」
列車はまだ止まり切っていなかったので、バランスが崩れてしまい、ちょうど、ゲオルグの方に寄りかかるような格好になってしまった。
「大丈夫?」
「もちろんです!」
おっと、いけない。
さっきの妄想が近年まれにみる良い妄想だったので、「もちろんです!」と言いながら、ついヘラヘラしてしまった。
いや~~でも、本当に薔薇色学院生活が待ち遠しい。
最高である。
前の学院も悪くはなかったけど、自称アンネローゼ派とかいうやば~い子たちが周りにいたせいか、どうもいい思い出がない。
ここには誰もいないし、万が一誰か知り合いがいたとしても、この黒眼モードのアンネローゼには気が付かないだろう。
すなわち、完☆璧だ。
「んん??」
なんだろう。
目の前のゲオルグがおかしい挙動をしている。
アンネローゼの顔を見た瞬間、一瞬さっと頬に赤みが走ったとか思えば、すぐさま口を押えて、横を向いてしまったのである。
しかも、「はぁ」と言う大きなため息付き。
「どうかしました?」
「今の笑顔は無自覚か………。厄介だな」などとつぶやくゲオルグは、こっちに目も合わせてくれない。
「え? え? あのぉ~ルークさん?」
とゲオルグの偽名であるルークを呼んでみるが、ゲオルグはあらぬ方向を向いて、非常に渋い顔をしていた。
「アンヌ」
「はい??」
「さっきのような顔。僕の前以外ではしないようにね」
「………へ!?」
な、なんでだ!?
「なぜでしょうか??」
「気付いてないみたいだから、言わないでおくよ」
それだけいたずらっぽく言うと、ゲオルグはテキパキと降りる準備を始めてしまった。
う~~ん。
なるほどな、とアンネローゼは理解した。
つまり、今のは 「ヘラヘラ笑っていると足元をすくわれるぞ」と言う意味だろう。
たしかに。
考えてみれば、魔術学院は貴族の巣窟。今のアンネローゼは身元を偽っているので結構微妙な立場だ。
ということは、だ。
ニヤニヤしていたら、他人になめられてしまうかもしれないのである。
的確なアドバイスだ。さすがは学院卒業生。
アドバイスももらったし、頑張るしかない。
今まで以上に表情筋に、気合を入れなくては。
いざ、薔薇色の学院生活へ!!!
お~~~~!!!!
本日のアンネローゼ様
→ゲオルグよりニヤニヤ禁止令を出される
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