15.アホは相手にしないに限る sideテオドール
駅の構内。
アンネローゼとゲオルグが汽車に乗って去った後、リタとテオドールは帰路に着こうとしていた。
「凄かったな……」
テオドールはそう口にせずにはいられなかった。
路地裏にアンネローゼを迎えに来たのは、まさかの第3皇子ゲオルグその人だった。
皇位後継者として名高い才知溢れる殿下が、わざわざ助力を頼む。
それも皇国では無名の、何の後ろ盾もない令嬢に。
「おとぎ話や、英雄譚じゃあるまいし」
思わず苦笑してしまう。
小さい頃、何度も聞いたことがあった。英雄が華麗に悪を打ち倒し、世界を平和にするお話。
子供心にそんなことありえない、と思っていた。あまりにもできすぎた話だ、と。
だが、そんな夢みたいな話が、今まさに現実で起きようとしている。
(まあ、何回も首を振って断るのも、アンネローゼ様らしいっちゃ、らしいけど……)
殿下に助力を請われる。つまり、あのゲオルグにその才能を見込まれた、ということでもある。
けれど、そんな栄光を前にしても、テオドールの主人はいつも通り謙虚なように見えた。
テオドールは爽やかに空を見上げた。
――アンネローゼ本人としては、「いやほんとに! 私、全然戦力になりませんから。ほんとに。足とか引っ張りまくりですよ!」と熱弁しているつもりだったが、
忠誠心で目が曇りきっていたテオドールの脳内では、アンネローゼが謙虚だから、あえて断りの言葉を入れることで殿下のプライドを保ったのだ、という斜め上の感想が出現していた。
「それにしても、大きな山になりそうね」
隣を歩くリタも肩をすくめる。
「アンタの件なんかよりも、もっとね」
「あの件は、不可抗力っていうか、なんというか……」と気まずい思いで、テオドールは反論した。
が。
とは言うものの、テオドールも同感だった。
この前の事件は、テオドールが発端となって、アンネローゼがたった1人で真夜中に危険な地区にふらっと行ってしまった。
いわば、突発的な事件だ。
だが、今回は違う。
あのゲオルグ皇子が、直々にアンネローゼを必要としている。
ゲオルグ皇子と言えば、剣の腕もさることながら、魔術の腕も一級品という正真正銘の天才だ。そんあ皇子が、わざわざ公務という仕事を離れ、姿を隠し学院に戻ろうとしている。
――間違いなく、何かが起こる。
しかも魔術学院で。
魔術学院といえば、この広大な皇国全土から優秀な貴族の子弟や、平民の子、そして留学生に至るまでが、同じ学び舎で競争し合う、というとてつもない規模の学院である。
そこで、何が始まろうとしている。
「心配しているの?」と問うリタを、テオドールはハンッ、と鼻で笑った。
「そんなわけないだろ」
「へぇ?」
たしかに、頭がいいくせに、どこかズレた主人を心配する気持ちはある。
「学院で畑を作ったりとか、そういう変なことをしないかって心配ならあるさ」
――だけど。
「それは、あくまでも、あの人の私生活の話。
確かにアンネローゼ様は、一見抜けてるし、わざわざ太陽のもとでダサい野良着を着せられて変な臭いのする肥料を撒く手伝いをさせられたり、なぜか『金属が好きなんでしょう?』って執拗に聞かれたりしたこともあったけど……」
「アンタ、すごい根に持ってない?」
「でもよ」
リタの質問には答えず、テオドールは確信を持って言った。
「あの人が本気を出したとき、誰も抗えない。
あの人の――いや、アンネローゼ・フォン・ペリュグリットの『神の頭脳』の前では、どんな事件も、どんな難題もすらも無意味だ。あの人が動き出したとき、もう事件は解決しているんだ」
力強く、言い切る。
アンネローゼがこの場にいたら、「え、なんかの宗教??」と思わず口走りそうになってしまうレベルの盲言だったが、テオドールは平然と言い切った。
――今日、この都の路地裏で起きたできごと。
はっきり言って地味だ。そして、この大都市では、誰もが注目していないだろう。
目撃したのは、自分とリタ。それに張本人である第3皇子と、アンネローゼ様だけ。
ふと空を見上げる。
(案外、こういうのが、英雄譚の始まりだったりするんですよね。アンネローゼ様)
空はそんなテオドールの希望を写したかのように、晴れ晴れとしていた。
*********
「でも1つ、わからないことがあるんだよな」と大分、駅から離れたところで、テオドールがつぶやいた。
「なにが?」とリタが気だるげに聞き返す。
「アンネローゼ様が突然踊りだしただろ? あれ、なんだったんだろうな?」
それだけが、テオドールの疑問だった。
駅の構内で、アンネローゼが突如「私、何もわかりません~」と言いながら、腰をくねくねさせる、という変な動きをし始めたのだ。
そのときは、『何も知らないフリをして情報流出を防ぐ』という作戦に思えたのだが、
「冷静に考えると、別にあの場で知らないフリをする必要ないんじゃないか?」
ここにきて、テオドールはアンネローゼの正体に気付きかけていた。いや、その可能性を手にしていた。
「もしかして、アンネローゼ様って、本当は今回の展開を何もわかっていないとかじゃ――」
が、しかし。
「アンタ。本当に、頭悪いわね」
そんなテオドールの思考は、リタの一言で一刀両断された。
「アンネローゼ様の真意に気が付かないなんて、まだまだヒヨッコに過ぎないわ……」
「真意ィ?」
いい? とリタが得意気に人差し指を立てる。
「あれは、アンネローゼ様のユーモアよ」
「ゆ、ユーモア……?」
「そう! あまりの事態に私たち疲れてたでしょう? 当たり前よ、あんな急な展開なんだから!
だからこそ、アンネローゼ様は私たちを笑わせてリラックスさせるために、わざとあんな下手糞なダンスを踊ってくださったんだわ」
「そ、そうかな?」
必死に、思い出す。
「いや、それにしちゃアンネローゼ様は結構、真剣にやっていたような気が……」
「馬鹿ね」とリタがため息をついた。
「私を信じなさい。第一、アンネローゼ様のことを一体いつから見ていると思っているの??」
自信満々に告げるリタ。
「………………」
「なにか?」
(いや、お前は俺より出会うのが、1、2週間早かっただけだろ……)
と冷静に思ったテオドールだが、あまりに自信満々に言い放つ目の前の赤毛のメイドを見て、口には出さないことにした。
だいたい、こういうタイプは正論を言ったところで、なんにも響かないのである。
少なくとも、それなりに人生経験のあるテオドールはこういう手合いの対処方法を知っていた。
「へぇーそりゃすごい」
そう言って、拍手をしてやる。もちろん、皮肉である。
「えぇ、そうでしょ? この私のことを『師匠』と呼んでもいいのよ」
しれっと真顔で答える赤毛のメイド。
「………………」
絶句。
(あ、こいつ、皮肉も通じないのか)
テオドールは思った。
やはり、アホは相手にしないに限るな、と。
テオドールとリタ
→なんだかんだで、やっぱアンネローゼ様は凄いな、という結論に至る。