13.お気楽令嬢は、不機嫌である
――悲報。
起死回生の一手、腰くねダンス。あえなく失敗に終わる。
残念無念。
アンネローゼは、アホの振りをして逃れようとしたが、リタ、テオドール、ゲオルグという本物のアホ3人には見事効果がなかったのである。
しかも不本意なことに、周りの人にクスクス笑われる始末。
明らかにこっちを見ている。
くそぅ……。とんだ風評被害である。
日中の往来で急に腰をくねくねさせたのには深い理由があるというのに………。
それから少しして、汽車が現れた。
執拗に別れを告げるリタとテオドールを尻目に、アンネローゼは華麗に返答した。
『命懸けたりしないでください……そして、必ず無事に帰ってきてくださいね!』と涙を見せるリタ。
はいはい、大丈夫よ。うん。
命なんて懸けませんよ~。
なんたって、人間安心安全が一番だからね!!!
『自らの身を犠牲にして、他人を助けようとしないでください。貴女の身が一番心配ですから』と目を押さえるテオドール。
いやいや、そんなことしようと思ったことは一切ないけど……、
あと、テオドール君。
君、お母様を見つけた時よりも泣いてない????
ここでそんな泣き方して大丈夫???
と、こんな感じでさらっと別れを告げ、さっさと乗り込む。
ちなみに、テオドールとリタは最後まで「ご武運を!」と言って涙を光らせながら、ハンカチを振っていた。
この世の終わりかと思うほど涙を流す2人を見て、アンネローゼは誓った。
絶対、何事にも関わらずに平和に過ごそう、と。
"学院の闇"??
そんなの知りません。関わり合いはありません。
*****
場所は、汽車内の個室。
意外にも広々とした車内の中で、アンネローゼは向かい会う男――ゲオルグを見つめていた。
「というわけで、私、アンネローゼは、魔術学院では物騒なことに一切関わらず平和に過ごすことをここに誓います!」と、言い放つ。
一応、「夜は無断外出もしませんからね!」と付け加えておく。
この前みたいな事態は、もうまっぴらごめんである。
夜はすやすや寝る時間帯であって、わけのわからない危険地帯に行かされる時間ではないのだ。
悠々自適な学院生活を送るために必須なのは、この男の説得である。
アンネローゼは、窓に反射した自分の顔をちら見した。
黒眼、そして黒髪。
≪偽装の魔術≫とやらおかげで、顔の造形自体はさほど変わらないけど、眼の色や髪の色が違うだけでもだいぶ印象が大人しくなる。
「へぇ?」とアンネローゼの発言を聞いたゲオルグが、クールに反応する。
そして、対するゲオルグも茶髪に茶色の眼と、普段とは打って変わって印象に残らないような顔にしている――と本人は言っていたが、はっきり言おう。
これは嘘だ。
例えるなら、イケメンレベル500の人間がイケメンレベル100まで落としたよ~と言っているようなものだ。
一般人がイケメンレベル10なのに、ゲオルグは平気でそれをぶっちぎってくる。
確かに、(本人曰く)若干地味になったのかもしれない。
が、いつものように華麗に足をくんでいるのを見ると、どうやら足の長さやスタイルは変わってない感じがするし、身に付けた気品というものは変わらない。
よって、ゲオルグは「魔術を使って地味になった」と言うが、客観的に見たら普通に落ち着いた感じの美形になっているというだけであった。
「ん~でも、それだと困ったな」とゲオルグが眉をひそめた。
「いや正直、今回の一件はかなり難題でね。まだ相手の足取りがつかめていないんだ」
「でも、私がいても足手まといですし――」
なんで犯人もわかっていない難題を解決したくて、自分に声をかけてくるのか。
これがわからない。
殿下の周りだったら、いくらでも優秀そうな人がいるじゃないですか!
ね???
「いや、ダメだ。僕1人でさえ、手間取っている。君がいないと解決できる気がしない」
真っ直ぐに見つめてくるゲオルグ。
だいぶ、お熱い視線である。
そういう甘いセリフは、真の婚約者に言ってあげなきゃいけないというのに……。
やれやれだ、とアンネローゼは思った。
――まったく……このイケメンったら案外、人の気持ちに疎いところがあるんだから。本当に困ったイケメンだ。
と、お前が言うなよ的なことを考えながら、アンネローゼは「私、なんにもできないですよ」と釘を刺した。
「それで構わない。ただ単に、最初は学院に普通に通うだけでいいんだ。君が違和感を感じたら、教えてくほしい。きっと君のその曇りなき眼が、全てを見通す時が来る」
「……曇りなき眼って……」
一体何を期待しているんだろうか?? とも思う。
が、なるほど。今のところ、すぐに何かをしなさい! って感じでもないようだ。
取り敢えずは、大人しく学生生活を楽しみなさいよ、とゲオルグは言っている。
よかったよかった。
入学した瞬間、また夜の学院をひとりで歩いて敵をおびき出してくれ、なんて言われた日には、そろそろ絶交してやろうかと思っていたところである。
「――だけど、近いうちに必ず相手の尻尾を掴む」
なにやら止まる気配が一切ない皇子。
「……その殿下。一応聞いておきますけど」
意気込んでいる殿下には申し訳ないけど、「できると思います?? 本気で」とアンネローゼは尋ねた。
というか、殿下1人の方が、学院にいるとかいう不審者を見つけられるんじゃないですかね?
自分いらないですよね?
「できると思うよ……君と一緒ならね」
なるほど、とアンネローゼは思った。
取り敢えず、逃してくれそうにはないみたいである。
*****
話は変わるが、アンネローゼがぐうたら過ごしていた屋敷には、色々な本が置いてあった。
例えば、『使用人の扱い方』という、いかにも貴族が読んでいそうなお固い本もあった。ちなみに、この本を読んでも暴走する使用人には何の効果もなかったので、アンネローゼの中で、この本はデマであるという結論に達していた。
しかしその中には、「へぇ」と驚くようなおもしろい本もあった。
アンネローゼが気に入ったのは、『気になるあの殿方を虜にする99の方法』という本で、棚の奥の方になぜか置かれていた謎本である。
まあ、いわゆる令嬢向けの恋愛指南的な本であり、うさん臭いことこの上なかったが、案外楽しく読めた。
そして、その中には、こんな一文があったのである!!
Q:好きな殿方に、不満の気持ちを伝えたいです。
A:一旦、無視してみましょう。男性は無視されるのが一番効きます。
ほぅほぅ。
どうしてもスローライフの道筋を邪魔してくる第3皇子になんとかして一矢報いたいと思っているアンネローゼにピッタリじゃないか。
そう思ったアンネローゼは、本に書いてあった通り、『自分、不機嫌ですよ』アピールをすることにした。
「私のことはお気になさらず」と言って、顔を窓の外に向ける。
顔を窓の外にやって、貴方とは話しませんよ、感を全面に出してみる。
すると、向かい側から「そうか」という残念そうな声が聞こえた。
気にはなるが、返事はしない。
アンネローゼの作戦はすでに始まっている。
「はぁ……」となんだか白々しくため息をつくゲオルグ。
「せっかく持ってきたお菓子でも一緒に食べようとしたんだけどね」
――お、お菓子ぃ!?
ガタッと思わず姿勢が崩れそうになった。ちょうどいろいろな出来事で、小腹が減っていたところである。
ぶっちゃけ欲しい。アンネローゼは結構お菓子に飢えていた。
「残念だよ」
が、そんなアンネローゼの心情を知ってか知らずか、ゲオルグは余裕綽々といった笑顔でほほ笑んだ。
「とてもおいしいのに、君がいらないと言うなんて」
「な、な、な、」
空腹を告げる胃。
そして(絶対わかっていて)サディスティックにほほ笑む皇子。
ここまでくれば、察しの悪いアンネローゼにもわかってしまった。
――こ、この男、この状況で、この私を、お菓子で買収するつもりか!?と。
本日のアンネローゼ様
→皇子を翻弄しようとするが、逆にお菓子につられる