12.お気楽令嬢は、超解釈をされる
路地裏に突如としてゲオルグが出現。
そしてなぜか友情が芽生えたテオドールに、それを見て白目でごちゃごちゃ言い始めたリタ。
そんなカオスとの邂逅から少し経った。
アンネローゼたちは一先ず駅に行こうと、移動を開始していた。
「お嬢様、もうすぐ駅に着きますよ」とアンネローゼの先を歩くリタが言った。
前を行くリタは意外なほど素早く、すいすいと雑踏を避けていく。
「いや、それよりさ」とアンネローゼは目の前で揺れる赤毛を見ながら、微妙な表情で尋ねた。
ちなみに、テオドールとゲオルグは少しペースを落としてアンネローゼの後ろを歩いている。
「さっきのは大丈夫だったの?? 回復したの??」
回復したの? とはもちろん、先ほどリタが壊れかけた件についてである。
「あぁ、すみません。ちょっと、気が動転していたようです」
「白目になって高速でブツブツつぶやいていたのは、『ちょっと気が動転』レベルじゃない気がするんだけど……」
「ハハッ、お恥ずかしいです」
こちらを向き、恥ずかしそうにはにかむ赤毛のメイド。
一見、理知的で素敵なお姉さんなのだが、アンネローゼがラヴォワ皇国に来てからというもの、このお姉さんのおかげで結構大変な目に遭っているような気がする。
「でもさっきから、気が付くと手が震えて、何か書くものを探しているんですよね。これは一体……?」
アンネローゼは思った。
それはもう、呪われてるんじゃないかな?? と。
*****
なんやかんやで駅に着いた。
アンネローゼがここで列車に乗ってしまえば、テオドールとリタとはここでお別れらしい。
「さて、と。あとは列車を待つだけですし、そろそろ次の話に移ってはいかがですか」
そう口火を切ったのはリタだった。
パチンと彼女が手を叩く。一歩前に出た彼女は、すっかり思考を切り替えたらしく真剣さをまとっていた。
ほんのちょっと前まで、路地裏で白目を晒して「ウヒヒ……美少年が一匹……イケメンが一匹……」と唱えていた不審者と、同一人物とは思えないくらいの真剣さである。
「ルークさん。そちらの魔術は、お見受けしたところ、かなり高度な《偽装》の魔術かと思われます。持続時間はいかほどですか?」
「僕の自作のアイテムだからね。相当慎重に魔術を刻んだから、かなり消費魔力は少ない方だ。おそらく、指輪をつけている限りは持続するだろう」
へぇ~、面白い。
話している内容が若干専門っぽいけど、指輪を付けてる限りは自動的にアンネローゼは黒目モードになるらしい。
便利~~。
「なるほど。そう考えると、現状、お2人が気をつけるべきは情報流出ですね」
厳しい目をしたリタが懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認し始めた。
「でしたらとりあえず、お2方の細かい話は、列車に乗ってからにいたしましょう。
幸い、列車の中には個室もございます。ここではなく、そこで話される方が賢明です」
すっかりやる気になった彼女は、テキパキとやるべきことを述べる。
すごい。いつも屋敷でももうちょっとこのくらい本気で働いてくれたらいいのに……と心の底から思う。
「私とテオドールは何も見なかった、ということにしておきましょう。文字通り、我々はアンネローゼ様は見送っただけだ、と周囲には言うようにしておきます」
「なるほど、瞬時に作戦のリスクを洗い出し、的確な行動を練る……か」
ゲオルグが頷く。
「いい部下だ」
「当然ですもの」
気取った仕草で、リタも返す。
「私の主人は――“神の頭脳”と呼ばれているお方。こうでもしないと、主人には到底追いつけませんわ」
どうしよう、とアンネローゼは思った。
自分以外がものすごい勢いで話を進めている。そして会話のテンポ感もすごい。よくわからないけど、バンバン決まっている。
「ルークさんの方は、自身の不在について、何か対策はされていますか?」
「周りの使用人には、しばらく不在すると言ってある。彼らは口が堅いから心配はない。それに、公務は一段落ついているから、特段、問題はないはずだ」
「側近の方には、何か言いましたか?」
リタが周囲を警戒しながら再度尋ねる。
「自慢じゃないけど、最近僕は、ちょっと心理的な傷を負っててね――」と言いながらゲオルグが、アンネローゼの方をちらりと見てくる。
ん?
何かしたっけ??
「まあ、本人は気づいていないようだけど」
ゲオルグはちょっと困ったような顔をした。
が、すぐさま切り替える。
「それで、調子が悪いから屋敷に籠りきりになる、と皆には連絡してある」
と、そこまで話し終えたリタが、完全に会話からのけ者にされたアンネローゼに向き合う。
「というわけです。このような方向性でよろしいでしょうか、お嬢さま」
「え、あぁまあ」と適当に濁す。
何も聞いてませんでした~~~なんて言えそうにない雰囲気である。
まあでもとりあえず、ゲオルグが大事な大事な公務をおさぼりして、さらに自分の顔をわざわざ地味にしてまで、一緒に学院に来る、ということは何となくついていけたが……。
だいたい学院の"闇"って何よ。
夜中にピアノが勝手に動き出すとかかな????
――が、甘い。
とアンネローゼはほくそ笑んだ。
なるほど、どうやら急ピッチで物事が進んでいる、と。
だがしかし、アンネローゼとて、馬鹿ではない。
そろそろ、こういう時の対処法も練っているのである。
そう。もはや自分のスローライフ(仮)をこれ以上邪魔されてはたまらない。
(くらえっ!!!!)
そして。
アンネローゼは精いっぱい馬鹿っぽい女性のトーンで、
「今のところ、何一つ伝わってないんですぅ~~。何もわからないもん!! ぷんぷん」と甲高い声で体をくねくねさせてみた。
――途端、無言になる周囲。
(決まった)
とアンネローゼは内心にやりと笑った。
ちなみにモデルは、『婚約破棄クーデター事件』のときに、アンネローゼの目の前で、身体をくねくねさせていた(故)メアリーさんである。
ん?
あれ、あの人生きているんだっけ??
まあいいや。
アンネローゼは思った。
ここまでくれば、ちょっと幻滅してくれるんじゃないかな、と。ゲオルグは媚びた女性は嫌い、とか言っていたし。
が、しかし、甘かった。
紅茶のおともに出てくる茶菓子と同じくらい、アンネローゼの考えは甘かったのである。
「……なるほど、早速演技、というわけですか」
ニヤリとリタが笑う。心底楽しいといった表情で声をかけてきた。
「は???」
演技??? え、何が?
「本当に抜け目ないんだから、お嬢さまったら」
「いやいやいやいや……」
そんなとち狂ったことを言い出したリタに続いて、「なるほど、そういう手ですか……!」と、先ほどから列車の姿を探していたテオドールも、リタの言葉に鋭く目を光らせた。
「『何もわからないんだから』というアンネローゼ様のお言葉――つまり、アンネローゼ様は何も知らない体を装うというわけですね。たしかに、情報流出の観点からも、逆に何も知らない方が安全なのかもしれません」
テオドールがそう言って、考え込む。
「凄い……。逆説的だけど、情報をあえて遮断することによって、アンネローゼ様は、自らの優位性を確保しようとしているんだ」というもの凄い裏読みされたテオ君の発言が聴こえてくる。
ほら、またわけの分からないことを言い始める~~~。
おかしくない???
駅だよ???
公共の場で地味な女が突然、ぶりっこし始めたんだよ????
情報流出なんかこっち一切考えてないよ。いいように解釈しすぎじゃない???
が、
「そうだね、アンヌ。君には、できるだけ自然体でいてもらった方がいいかもしれない」
一番近くで、アンネローゼの盾になるように周囲をうかがっていた殿下も会話に入ってくる。
「僕は以前、学院に通っていたし、ある程度情報を持っている。だとしたら、アンヌ。逆に君は、あえて何も知らないでいた方が都合がいい、ということだね。
たしかに、そうやって何の先入観も持ってない方が吉と出る場合、もあるか……」
うん、とゲオルグが被りを振った。
「さすがだね。まだまだ遠いな君は」
まぶしいものを見つめるような殿下の眼。
おいおい、どうしてだ??とアンネローゼは冷や汗をかいていた。
こんなに努力して馬鹿っぽく振舞ったのに、なぜか好感度がまた上がってしまった。
おかしい。アンネローゼに何が足りないのだろうか。
メアリー師匠のように、なぜなれないのか。
これは要研究かもしれないな、とアンネローゼは心のメモに刻んだ。
遠くから、クスクス、という笑い声が聞こえてきた。気が付けば、駅は混み始めており、アンネローゼ腰くねダンスは徐々に注目を浴びていたらしい。
「…………」
とりあえずアンネローゼは、無言で、腰をくねくねさせるのを辞めた。
リタとテオドールとゲオルグは温かく見守ってくれていたが、傍から見たら完全に1人だけ馬鹿みたいだったからである。
本日のアンネローゼ様
→ちょっと幻滅してくれないかな、と思ってメアリーさんの真似をしてみる………が超解釈をされて失敗。やはりメアリーさんの壁は厚かった。