8.お気楽令嬢は、他人の地雷原の上で踊る
「いやあ、意外と楽しかったね」
「……ちぇっ、自分が勝ったからって」
「ん? 何か言ったかい、アンネローゼ?」
至近距離で見つめられ、あっさりアンネローゼは白旗を翻した。
「な、何でもありません!」
涙をこらえて、一歩後ずさりをする。
悲しいけど、これが弱肉強食の世の中。
カッコイイ木の棒を見つけた人間は、何をしても許されるのだ。
いやでも、一応反論しておこう。
やってみる価値はある。
「あの~、ちなみに殿下。
『木の棒を見つけてどっちが大きいのか?』なんてことを競ったって何の意味もないと思いませんか。きっとこういうところから、人の争いは起こってしまうのです」
前言撤回。
カッコイイ木の棒を見つけたからといって、人間の価値が図れるものではない。
そう。
争いはよくないんだよ、殿下。
「中々、独創的な考えだね――だが、残念」
くすりとゲオルグが笑う。
「ラヴォワの人間は、抜け目ないんだ。1つお願いを聞いてもらえるという話を僕が忘れると思うかい??
楽しみにしておくよ」
「くっ……!」
そんなアンネローゼの耳に、ゴーンという時計の音が聞こえてきた。
「じゃあそろそろ、戻ろうか」とゲオルグが振り向いた
盛り上がって、だいぶ裏庭の奥の方まで来てしまったらしい。
木々の間から、ほのかに夕日が差し込む。
「『見方を変えれば面白い』……か」
ポツリとゲオルグがつぶやいた。
自分に言い聞かせるような、音量。
「ずっとこの庭が、苦手だったんだ。殺風景で、息苦しくて。でも不思議だ。今は不思議と前ほど嫌じゃない」
そう言ったゲオルグの顔はなぜか、すっきりとした顔をしていた。
「だから~、殿下はいろいろ背負い込みすぎるんですって」
木の棒探しで、友情を深めたせいか。
それとも、夕方という時間のせいだろうか。
ついつい、口が軽くなってそんなことをこぼしてしまう。
「殿下は、私なんかよりよっぽどできるんだとは思いますけども~~もうちょっと周りに頼んでもいいんじゃないですか」
「……アンネローゼ」
「1人じゃできなくても、2人ならできることは山ほどありますよ!!」
そう。
例えば畑づくりだって、1人よりも2人でやる方が効率的なのである。
アンネローゼは一切合切自分よりも劣ったところのない完璧超人ゲオルグに対して、無謀にもドヤ顔で講釈を垂れた。
「………………」
「ん、殿下?」
が、様子がおかしい。
結構名言を言ったつもりだったが、響かなかったのだろうか。
「……そうだね。うん、君の言うとおりだ」
「あ! 入口!」
ようやく、もと来た裏庭の入り口が見えてきた。
歩く速度を速める。
「行きましょう、殿下。早くしないと置いていっちゃいますよ~~」
「――やっぱり、君は強いな」
ん?
殿下の声が聞こえたような気がして、振り返る。
「なにか言いました?」
「いや、何でもない。どういうお願いが一番いいか、考えてたんだ」
完全に弱みを握られてしまい、やっぱり勝負事ってよくないな、とアンネローゼは思った。
そして。
「あの~、どうにかしてナシの方向になりません?」
「無理だね」
そう言った殿下の顔は、ムカつくほど整っていたことを、ここに付け加えとく。
――が、アンネローゼは気が付いてなかった。
なんか不審な感じのゲオルグに、きれいな屋敷に似つかわしくないボロボロの裏庭。
頑張れば何となく違和感に気が付けそうな気もしたが――
またしても、アンネローゼは他人の地雷原の上で踊り狂っていたのだが、絶妙に空気が読めないことに定評のある令嬢であるアンネローゼは、そのことを知る由もなかったのである。
*****
結果、裏庭の入り口で別れることにした。
ヒールを履いていたアンネローゼとは違い、殿下の足元は泥だらけだったからである。
「今日は、ありがとうございました」
そう言って礼をする。
「いや、僕の方こそ楽しかったよ」
一応、ゲオルグの方が上の立場なので、彼がいなくなるまで待とうと思ったのだが――ゲオルグは、まだ屋敷に戻るそぶりを見せない。
「どうかしたんですか?」
「アンネローゼ、これを」
そんなアンネローゼの言葉には答えず、ゲオルグが手を差し出してきた。
なんだろう??
よくわからないが、アンネローゼも同じように手を差し出す。
「???」
そっと。
アンネローゼの掌に何かが置かれた。
「これって……指輪????」
アンネローゼの掌いあったのは、シンプルな銀の指輪だった。
良く磨かれた銀に、夕日が反射する。
「持っておいてほしい」
「へ??」
「君に、持っていてほしい」
思わず顔が赤くなる。
夕日に照らされた2人。
まるで眩しいものを見つめるように、目を細めるゲオルグ。
そして、手には指輪のかすかな重さ。
これは、まるで――
「嫌だったかい?」というゲオルグの質問。
「いえ、というより」
いや、こんなのまるで――
「……婚約指輪みたい」
不意に、そんな言葉がこぼれてしまった。
アンネローゼのその言葉を聞いた瞬間、ゲオルグの眼が、大きく広がる。
「アンネ――」
優しく、呼ばれる。
本日のアンネローゼ様
→ゲオルグがなんか意味深な感じだったが、異世界恋愛の主人公にあるまじき鈍感さで華麗にスルー。