最終話 お気楽令嬢は、婚約破棄を諦めない
とまあ、後日談としては、なんてことはない。
王子派とアンネローゼ派が王都にて決戦を行ったが、本来数が多く有利なはずの王子派にも負けず、アンネローゼ派が獅子奮迅の大立ち回りで、内戦はわずか三日ほどで終了したという。
この混乱を引き起こした王子とピンクブロンドのメアリーさんの身柄に関しては意見が分かれていて、今すぐ処刑すべきという意見と、辺境の地に幽閉すべきだという意見で国が真っ二つになっているらしい。
まあ、あの二人はどう見ても辺境スローライフ志望ではなさそうなので、案外後者の方が処刑よりもきついのではないだろうか。
王国は絶賛立て直し中と聞く。
『アンネローゼの忠実なる下僕』を名乗る団体によって、アンネローゼの銅像を建てようという運動が行われているようである。
知りません、私は一切関与していません。
そうして、皇国に渡ったアンネローゼは、イケメン皇太子殿下と共に幸せな一生を送りましたとさ……。
――とはならなかった。
当たり前である。
このアンネローゼは、諦めが悪いことにかけては天下一品。
アンネローゼのお気楽スローライフへの想いは、天よりも高く、地よりも深いのだ。
イケメン婚約者がいようと関係ないのである。
とはいえ、アンネローゼも認めよう。
たしかに、若干状況が悪いことには変わりない。
――だが、アンネローゼは皇国に用意された屋敷で、今か今かとゲオルグを待っていた。
口元には笑みがこぼれる。
そう。
この天才アンネローゼの頭脳は、ここから一発逆転できそうな秘策を思いついていたのである。
たしかに、国がしっちゃかめっちゃかになっているこの状況では、当てにしていた慰謝料も望み薄だ。
そもそも、請求先の王子も処刑されちゃうかもしれないし。
ただ、今のアンネローゼの婚約者は、皇太子殿下である。
まあ、つまり、ここで新たに(?)婚約破棄を成功させることにより、アンネローゼは慰謝料をがっぽり手にでき、さらなるスローライフを享受できるということになる。
うむ、やはり天才的である。
我ながら恐ろしい頭脳。
さて、そうなると問題はどうやってゲオルグから婚約破棄を引き出すか、である。
その場のノリで婚約を申し出たのかと思いきや、なぜかゲオルグは意外と優しい。速攻でお払い箱かと思っていたのに……。
ということは、ゲオルグに王子と同じように浮気を望むのは無理そうだ。
しかし、アンネローゼははっきりと覚えていた。
短い付き合いだが、ゲオルグが心底、嫌そうにした瞬間を。
そう、あのメアリー嬢の色仕掛けである。
メアリー嬢が腰をくねくねさせ、谷間を思う存分見せびらかしたとき、ゲオルグは心底冷たい表情になっていた。
さらにこんなことも言っていた。
『そうやってわがままを言って振り回して、男性に甘えていれば自分の思い通りに事が進むと思うのであれば、大間違いだ』
これよ、これ。
つまり、わがままを言って、なおかつ、ゲオルグに甘えればいいのである。
アンネローゼはベッドの横に置いてあった高級そうなグラスで水を飲む。
クククク……。
もうすでにアンネローゼの計画は始動していた。
一週間ほど前、婚約を皆に発表するためのパーティーはどこがいいか、と問うゲオルグに対し、アンネローゼは、「ほいっ」と地図の適当な場所を指さした。
そこは皇国の首都――ランゴバルディアから少し距離のある地域で、そこには捨てられたおんぼろ屋敷しかないことはすでに調査済みである。
皇国の王子様とあろうものが、こんないかにも幽霊が出てきそうな屋敷で、みなに婚約者をお披露目したいと思うわけがない。
ゲオルグは今日下見に行くと言っていた。
もうそろそろ、カンカンになって帰ってくるだろう。
アンネローゼがそんな妄想にふけっていると、足音が聞こえた。急ぎでこちらに向かってくる足音。
ほら見たことか、とアンネローゼは狂喜乱舞した。
しかし、ここで終わりではない。
「アンネ、入っても?」とノックする音が聞こえる。
「勿論です」と言いつつ、アンネローゼはベットのわきで待機した。
そうしてゲオルグが部屋に入ってきた瞬間、アンネローゼは、腰をくねくねさせた。
――くらえ!! 金髪碧眼のイケメンめ!!
ほれほれ、どうだ。
ゲオルグの嫌いな女の完成である。
頑張って胸も寄せてみる。
ん~。やっぱボリュームが足りない気がする。
若干ね、若干。
まあいい、即席にしては結構うまくいってる方ではないか、という気がする。
アンネローゼは心の中で、王国にいるはずのメアリー嬢に語り掛けた
――師匠やりました。師匠には及ばないけど、精いっぱいのセクシーポーズをとることができました。
「……」
ゲオルグはうつむいて身動きもしない。
おお、成功かもしれない。
これはめちゃくちゃ怒っているのでは、とアンネローゼが期待を抱いた瞬間、ゲオルグが予想外の行動に出た。
ゲオルグは熱く、情熱的に抱きしめる。
ん?
「愛している」
ゲオルグがそう言って愛をささやく。
誰に?
この部屋には二人しかいない。
つまり抱きしめられているのは、アンネローゼである。
「へ?」
気が付けば、アンネローゼはがっつり抱きしめられていた。
これでもかというほど抱きしめられている。
「あ、あの~」
とりあえず手でゲオルグを押し返し、安全な距離を確保する。
このイケメン、案外いい体してるかも……、
ではない、間違えた。
「お、怒ってないんですか? パーティー会場の件」
「ああ、そのことか。いや、助かったよ」とゲオルグはこちらに近づきながら、天真爛漫な笑みを見せる。
おかしい。
当初の計画では、ここでゲオルグがブチ切れて、婚約破棄という世にも美しい流れだったはずである。
それどころか、ゲオルグはウキウキで愛をささやき続けている。
解せぬ。
「最初は確かに面を食らったよ。ただの誰も使っていない屋敷だと思っていたからね。でも、君がそこまで言うのであれば、何かあるんじゃないか、と調査してみたのさ。
そしたら、まさか、あそこが反皇国の武装戦力の拠点になっていたとはね」
「……んん?」
さすがだよアンネローゼ、というゲオルグの声が耳を素通りしていく。
どういうこっちゃ。
「首都までの距離が近く、なおかつ廃棄された屋敷ということでマークもされない。しかもやつらは屋敷の地下から、首都までの地下道を作っていたんだ。アンネも知っての通り、首都の地下には膨大な下水道がある。そこに侵入されていたら、首都の混乱は必至だっただろう」
間抜け武装組織め。
なんでそんなところに潜んでいるんだ、もっと他に場所があっただろう、とアンネローゼは頭を抱えたい気持ちだった。
「しかも、アンネ。君は内通者にも気が付いていたんだね。だからこそ、無言で地図を指示した」
終わった。
知らないよ、内通者なんて……。
内通者に気が付くも何も、アンネローゼは皇国に来てからというもの、事件のショックという名目で引きこもりまくりだった。
内通者が誰か以前に、ゲオルグ以外の人間の顔もまともに覚えちゃいないのだ。
もうダメだ。何もかもが完全に裏目に出ている。
ゲオルグの眼は尊敬の念で、これでもかというほど、キラキラ輝いている。
「そ、それにしても……。な、なぜ私を抱きしめていらっしゃるのでしょうか」
つまり、さっさと放してほしい、という意味である。
イケメンにこうまで抱きしめられると、なんか変な気分になる。
心臓がどきどきしてくるし、変な病にかかったのかもしれない。
アンネローゼは必死になって、スローライフ計画を思い浮かべた。煩悩退散。こういう時には、大自然の風景を思い浮かべれば。
――馬を三頭飼って、豚は十匹かな。どんな植物を育てようか。
しかしその妄想も、
「ずっと寂しかったんだ」というゲオルグが耳元で囁くせいで雲散霧消してしまった。
「へ、へぇ~」
ジタバタもがくが、一向に放してくれそうな気配が感じられない。
「アンネ…。傷心の君に付け込み、皇国まで連れてきてしまったのは、どうしようもないほど君が好きだからだ」
「そ、ソウデスカ」
「ずっと話しかけたりしていたけど、君の方から誘ってくれることはなかった」
だからありがとうと言いたいんだ、とゲオルグはこれまでにないほどいい笑顔を浮かべていった。
「君の方からも誘ってもらってうれしい。大丈夫だ」
「ちょ、ちょっと今日は遠慮しておきますわ……。なんか雰囲気的に、あんまり大丈夫ではなさそうですし……」
「アンネ。俺は誰よりも、何よりも、君に惹かれてしまった」
あぁ、もうめちゃくちゃである。
ゲオルグと押し合いへし合いをしながら、アンネローゼは誓った。
こんなイケメンには負けたりしない。
絶対に、絶対に婚約破棄をしてみせると。
なんせ、理想のスローライフが、私を待っているんだから!!!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
後年。歴史家はかく語る。
長年にわたる皇国の繁栄。
それを実現させたゲオルグ帝と陰ながら彼を支えた皇妃、アンネローゼ・フォン・ラヴォワ。
彼女の知恵は人智を絶し、その策謀は向かうところ敵なし。
皇帝陛下が窮地に陥るたびに、彼女が策を授けた、という。
その策はどれも一見すると適当なようだったが、不思議と皇妃の策は当たり、ゲオルグ帝は、彼女を深く尊敬し、生涯寵愛したという。
『神算鬼謀』、『神の頭脳』。
アンネローゼ・フォン・ラヴォワ。
今なお語り継がれる、伝説の女性の始まりである。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
評価、ブクマ等を頂けたら、自分もアンネローゼのように狂喜乱舞します!!