7.木の棒はかっこいいので、異論は認めない。
「では、色々追って知らせるよ。学院に行く準備などをしておいてほしい」
話もひと段落して、勝手に感じていた気まずさも徐々に消えてきた。
アンネローゼはソファから立ち上がった。
「わかりました。すみません……その色々と」
――が、
(あれ? そういえば??)
ふとアンネローゼは、気になっていたことを尋ねてみた。
「そう言えば、こちらには庭などはないのでしょうか?」
「庭……ねぇ」
先を行くゲオルグがあまり気乗りしなさそうな表情で続けた。
「裏庭があるにはあるんだけど……とても他人に見せられるようなものじゃ――」
あれ?とアンネローゼは思った。
意外だ。
短い付き合いだけど、これまでゲオルグはそれほど負の感情を表に表したことがなかった。
なのに、今はハッキリと表情に現れてしまっている。
が、しかし。
基本的に空気が読めないアンネローゼは、そんなことには構わず、とがぜん食いついた。
「い、いえ! ぜひ興味がありますので!!」
「大丈夫? 本当につまらないと思うよ」
ゲオルグが念押ししてくるが、「いえ、どんな庭でも問題ありません!」と主張する。
やはりスローライフ至上主義者としては、よその庭は絶対にチェックしないといけない。
そう思ったアンネローゼはぐいぐい攻めた。
「そうだね、見せるだけなら、まあいいか」
一瞬で元の涼しい顔になったゲオルグが言う。
「まあでも、レディーが楽しめるようなところではないと思うよ」
*****
「ほら、ここが裏庭」とゲオルグが指で示した。
「本来は綺麗に手入れされて、知る人ぞ知る、いい庭だったんだけど……」
「あらあら……」
アンネローゼは思わず声を漏らした。
それほどに、裏庭は衝撃的だったのだ。
(ズタボロじゃん)
案内された裏庭はボロボロに荒れていた。かつていろいろな花が咲いていたであろう庭は見事にぼっさぼさだった。
木も枯れており、小枝があちらこちらに散乱している。
しかも、元々規模が大きい裏庭だったのだろう。その荒れっぷりがどこまでも続いていて、不気味な光景だった。
「…………」
「あまりお気に召さなかったかな」
アンネローゼが落胆していると解釈したのか、ゲオルグがアンネローゼをエスコートしようと、手を差し出す。
「母が好きな庭だったんだけどね。手入れする人間がいなくなって。今じゃ、このありさまだよ。期待に沿えず申し訳ない――」
「……す」
アンネローゼはつぶやいた。
怪訝な顔の皇子も「す?」と復唱する。
「……すっ」
確かに、この庭は一見乱雑だ。とてもじゃないが、見られたものじゃない。
しかし、
「……す、すごい!!!」
「えっ?」
これは……これは――
「悪くない……!!!」
アンネローゼは奇声を上げ、一気に駆け出した。
普段着ないような豪勢なドレスは、歩きにくかったが、こういう時だけ発揮される無駄な運動センスでなんとかする。
「あ、アンネローゼ!?」
後ろからゲオルグの驚いたような声が聞こえるが、アンネローゼは止まらない。
なぜなら……、なぜなら……。
落ちた枝の前で立ち止まり、呼吸を整える。
そして、そのまま枝を拾った。
枝は惚れ惚れするようなちょうど良さだった。
上機嫌でぶんぶん振り回してみると、ヒュン、と風を切り裂くような音が聞こえた。
(か、かっちょいい………)
そう。
アンネローゼは綺麗でオシャレな庭も好きだけど、こういうワイルド系の庭も好きなのであった。
いや、普段だったらこれほどテンションは上がらなかったのかもしれない。
しかし、この街ではどうしても綺麗に整えられた庭が大半だったので、こういう野性味に飢えていたアンネローゼは大興奮していたのである。
「ん?」
いや、ちょっと待て、とアンネローゼは思った。
「………………」
久々に見つけたいい感じの木の棒を気持ちよく振り回して自分のあふれ出るスローライフ欲を満たしていたけど、今自分は何をしている最中だったんだ……???
――というか、今、誰と一緒だったっけ???
後ろを振り向こうと思ったが、恐怖で首が上手く回らない。
あっ、とアンネローゼは思った。
これは確実に終わった。
散々猫を被っていたアンネローゼの性格の一端がバレてしまったのである。
ごくり、とつばをのむ。
絶対に怒られる。
考えてみればわかる。
お呼ばれした令嬢が、荒れた裏庭で木の棒をぶんぶん振り回しているのである。
もうどちらかというと、お呼ばれした令嬢の不審な行動というよりも、令嬢の格好をした不審者といった方が正しいかもしれない。
(もう終わりだ……私は偽の婚約者としても使えない無能の烙印を押されるんだ……)
そうして、アンネローゼは首をすくめて、恐怖に耐えていたのだが――
「……ハハッ」
後ろから聞こえてきたのは、予想に反して笑い声だった。
恐る恐る振り返る。
後ろには、堪えきれないといった表情のゲオルグが文字通り腹を抱えていた。
「アンネローゼ!! 本当に君って人は……。
普通こんな庭に案内したら、こっちが怒られるものだよ」
どうやら、ひとまず怒りはないらしい。
「そ、そんな笑うことって、あります……?」
アンネローゼは抗議の声を上げた。
奇行をしたのは自分だけど、あまりに笑われるとそれ以上に恥ずかしくなってくる。
「はぁ……本当」
そう言って、ゲオルグが涙をふく。
「君って、最高だよ」
「絶対、小馬鹿にしていません……???」
「いやだって」
やった息が戻り始めたらしいゲオルグが、呼吸を落ち着かせながら庭を指し示す。
「この荒れた庭で何をしようって言うんだい。殺風景過ぎて、お茶会だって向かないよ」
「見方を変えれば、い、いろいろできますよ!!」
盛大に赤っ恥をかいたアンネローゼは、びしっと木の棒を構えながら力説した。
「そのほら……」
「へえ、例えば?」
いじわるそうにゲオルグが笑う。
アンネローゼは必死に頭を回転させた。
何か、何かこういい感じに着の棒を使って言い訳を……
「そ、その……木の棒でも盛り上がれますから!!」
「木の棒で??」
「そうですよ。どっちがかっこいい木の棒を拾えるかという手に汗握る熱き戦いができます!!」
冷静に考えればだいぶひどいことを言っているが、もうここまで来たら押し通すしかない、とアンネローゼはドヤ顔を披露した。
恐る恐るゲオルグの様子を伺う。
(いやでもさすがに皇子相手には)
無理だったのでは?とアンネローゼが思い始めたその時。
「へぇ……いいね。僕も昔やったことがあるよ。これでも、結構うまかったんだ」
そう言うと、ゲオルグはさも当たり前のように、その辺に落ちている木の棒を物色し始める。
………あれ~?
なぜかわからないが、ゲオルグが乗ってきたようである。
しかも、
「え? 今やるんですか??」
「今じゃなくて、いつやるのさ。第一、君から誘ってきたんだろう」
ゲオルグが、落ちていた木の棒を拾った。
そのまま器用に手首で、くるり一回転させる。
「これはどうかな。持ちやすくて、形状も申し分ない。アンネローゼ、申し訳ないけど君のよりは――かっこいいじゃないのかな?」
したやったり、とほほ笑むゲオルグ。
「これは僕の勝ちだね」
「ま、まだ勝負はわかりませんから!!」
「じゃあ、負けた方が何でも1ついうことを聞くって言うのは?」
ここで、アンネローゼの負けん気に火が付いた。
いくらゲオルグが完璧超人とはいえ、長年スローライフに憧れスローライフを愛し、スローライフに愛された自分が負けるはずがない。
いや、この機会に逆にぎゃふんと言わせてやる、と。
(くっ!まけるものか!!)
周囲を見渡す。
アンネローゼは、競い合うようにして裏庭の先を目指した。
*****
まあ、結論だけ言うと、中々面白かった、と言っておこう。
鍬を振るのも悪くないが、木の棒はやはり童心に返ることができる。
なんだかんだ、ゲオルグも楽しそうに見えたし。
短い付き合いだけど、あんなに勝負事に熱心になっているゲオルグを見るのは、初めてだった。
が、しかし、一言だけ言わせてほしい。
大体、ここはゲオルグに地の利がある。ゲオルグの屋敷なんだから。
なので、アンネローゼが負けたとしても不思議ではないのである。
いや、むしろ、ゲオルグ有利な状況でよくやったと健闘を称えてほしい。
ちなみにどっちが勝ったかは、秘密にしておくが
――次にやり合ったら、勝つのはこの私である。
本日のアンネローゼ様
→木の棒で勝負、という全く令嬢感の感じられない、謎の勝負に出る。