4.お気楽令嬢は、近くないかな?と思う
化粧した自分の姿を見た瞬間、屋敷のみんなが突如として無言になった後、パニックになり始めるという謎のアクシデントに見舞われたりもしたが、アンネローゼは現在、時間通りにゲオルグの居住地――『獅子宮』の正門前に来ていた。
ちなみに、テオドールが「よかった……間に合った……」と白い顔で胸を押さえていたのが印象的だった。
そして、しばらく待つと門が空き、アンネローゼを乗せた馬車がそのまま進んでいく。
「……これ、どうなってんの?」
そんな中、アンネローゼは口を全開にしたまま、馬車の中で揺られていた。
で、ここの何が凄いか、である。
まず、玄関前から凄い。
玄関前は、人の背丈を優に超える真っ白の支柱と天蓋から成り立っている。たぶん、馬車を降りた客人が雨にぬれたりしない様にドーム状になっているのだろう。
繰り返すが、これは玄関前である。まだ室内に入ってすらいない。
(ひえ~~)
それから、待ち構えていた使用人に案内され、玄関を進む。
そうすると目の前には、玄関から直接つながるホールが現れた。
ここに来て、アンネローゼは来たことを若干後悔し始めていた。
どこからどう見ても、家の床下が武器の貯蔵庫になっていた我が家とは大違いだな、と。
(う~ん場違い)
早くも帰りたくなってきたアンネローゼであった。
*****
屋敷から出てきた執事っぽいのに言われ、しばし、待たされるアンネローゼ一行。
ただ同時に、やっぱりこれは確実にないな、とアンネローゼは改めて思っていた。
いや、冷静に考えて、こんないい男を周囲の令嬢が放っておくわけがないのである。
顔よし、血筋よし、財産がっぽり。そして、おそらく性格も悪くない。
いや勿論これから、とんでもない人格破綻者だったというパターンもあるかもしれないが、まあ、そんなことも今のところはなさそうだ。
というわけで、アンネローゼは思うのだ。
いや、どんな優良物件なんだ、と。
(それが私の婚約者?? いや、ないない)
アンネローゼは無言でぶんぶん首を振った。
きっと今日の話というのは、この関係を終わりにしようという話だろう。
そう考えると、すべての辻褄が合う。だって、仮にもアンネローゼのことを婚約者と思っているのであれば、贈り物の1つや2つ――例えば、花とかでも贈ってきそうなものじゃないか。
しかし、アンネローゼは今のところ、ゲオルグから何かをもらったと言うこともない。
そう。ここまで考えたら簡単だ。
おそらく、この後姿を表したゲオルグの横には、きっと胸も態度も大きく、権力のありそうなとびきり素敵な令嬢がいるに違いない。
そうして、アンネローゼは振られてしまうのだ。
住み慣れた屋敷を離れたり、リタやテオドール、屋敷のみんなと別れてしまうのは悲しいけど、ここは1つ慰謝料をガッポリもらって――
と、アンネローゼがろくでもない想像に頭を悩ませていると、不意に耳を打つ声がした。
「やあ、アンネローゼ」
耳を打つ心地よい響き。
声だけでも、一級品だとうかがわせる雰囲気。
もちろんアンネローゼは、こんな人物を1人を除いて知らない。
声の方を向き、一応、練習しておいた淑女の礼、それも最上級の礼をする。
「お久しぶりです――殿下」
目の前にいたのは、太陽のような男だった。
自信に溢れた、威風堂々たる外見。
一見厳しそうな見た目だが、今はどことなくいたずらっぽい表情を伺わせている。
そんなゲオルグは、黒のシャツに黒の上衣を合わせていた。
一般人がそんな恰好をしたら、「葬式帰りですか?」と声をかけられてしまいそうなものだが、このイケメンが着ると、あら大変。
色気のあるスタイルになるから不思議だ。
(で、私の予想によれば、そろそろゲオルグの後ろから素敵な令嬢が出てくるはずだけど……)
キョロキョロと背伸びしてゲオルグの後ろを見ようとする。
が、中々の件の令嬢は現れない。
結構恥ずかしがり屋さんなのだろうか?
「ん? どうしたんだい?」
「いや、素敵な令嬢はどこかなと」
「素敵な令嬢……?」
そう言って、しばし考え込むゲオルグだったが、突如、「あぁ!」と大きな声をだした。
「そっかそっか。すまない。言い忘れてたよ――」
そう言うと、ゲオルグがするりと距離を詰めてきた。
(え? 近くない?)
と思ったアンネローゼがうろたえる間もなく、色気のある男は軽く膝立ちをし、その手を胸に当てた。
「いつもの君も素敵だが、今日の君も美しい。
今日の君は――世界一素敵な令嬢だ」という甘いセリフが飛び出す。
繰り出される優雅な仕草。
至近距離でまじまじ顔を見ると、その造形美に驚かされる。
「ド、ドウモ……」
「中々君に会えなかった非礼を許してほしい。
そして、仮にも婚約している君を、世間に発表できなくて申し訳ない」
(え? 近くない??? 距離近くない???)
本来、ああいう礼をされたら、きちんとした礼をもって返すべきだったが、あわあわしているだけで、何の返答もできていない。
もうなんか、客観的に見たら、凄い愛想のない冷たい令嬢のようである。
とはいえ、全く予想もしていなかった対応をされたアンネローゼは――
(え、嘘の婚約にしては距離近すぎない!?!?!?!? というか!! 真の婚約者はどこに!? ま、まず真の婚約者を見つけ出して……!)
普通にパニック状態になっていた。
愛を囁く皇子。
その現場を後ろから見ていて、「我らの主人は認められたのだ」と涙を流すメイドと従者。
そして、いつも通りのポンコツぶりを発揮するアンネローゼ。
こうして、早くも「この婚約は嘘」説が崩れそうになりながらも、アンネローゼとゲオルグの会談が始まったのである。
本日のアンネローゼ様
→婚約=ドッキリ説を提唱するが……そんなものはなかった