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生意気従者は、畑仕事をさせられる 1

 ガーデニング


 趣味としての園芸、庭仕事。庭いじりのこと。


     ――『ラヴォワ皇国国語辞典』より――






 どちらかと言えば、これまでテオドールは従者として、体を使う作業をしたことがほとんどなかった。


 ただでさえ、見た目がいいのだ。

 ふわふわとした髪に、空色の澄んだ瞳。


 わざわざ、そんなテオドールにむさくるしい仕事をさせる必要はない。基本的にテオドールは室内で仕事を任されていた。


 テオドールも、もちろんそれに順応した。従者として面倒くさい仕事はせずに、延々と主人のおしゃべりに付き合う。

 ちょろっと褒めてやれば、主人からの好感度はすぐさま上がる。いちいち、地味で面倒な仕事をするよりも効率がいい。


 これぞもっとも効率のいい働き方だ、とテオドールは確信していた。

 それには、室内の方が盗みをしやすかった、と言う盗人事情も関係していたが。




 そんなテオドールも、()()()()でアンネローゼに救われて以降、多少は真面目に働くようになった。

 自分でもひねくれていると自負しているテオドールだが、まさかとっくに亡くなったと思っていた母まで見つけられたら、敵わない。


 とはいえ、新しい主人――アンネローゼは強敵だった。


 今までテオドールが褒めると、誰もが喜んだ。

 だが、この誉め言葉が


 ――なぜかアンネローゼには一切通用しなかったのである。





 テオドールが輝く朝日と共に「おはようございます、アンネローゼ様。今日もお美しいですね」とちょっと褒めてみても、アンネローゼは「うむ」と頷くだけ。


(えっ……それだけ??)


 これには、さすがのテオドールも開いた口がふさがらなかった。過小評価するわけではないが、自分の見た目には、それ相応の自信がある。

 それなのに、それなのに……。


 普通、テオドールにここまで言われたら、顔を赤らめたり恥じらったりするのが通常の反応だ。

 しかし、敬愛するアンネローゼから返ってきたのは、謎の言葉「うむ」のみ。


 

 ――「うむ」って一体なんなんだよ……。


 当然のことながら、テオドールは何に対しての「うむ」なのか、さっぱりわからなかった。





 別の日、テオドールはまたしてもアンネローゼに挑戦してみた。 

 少し顔を近づけ、「アンネローゼ様。植物のことを色々教えていただき、ありがとうございました。今日は楽しかったです、アンネローゼ様と一緒に入れたからですかね」と恥ずかしそうに口にした。



 夕暮れ時、という絶好の時間帯。夕日に照らされる自分。

 大体の人間はこれで落ちる。前の主人――ドリスだったら、こんなことを言われた日には、感激のあまり泣き叫んでダンスの1つや2つ、披露してくれるかもしれない。


 しかし、やはりアンネローゼは強敵だった。 

 少しは何かしらの反応を見せてくれるかと思いきや、アンネローゼはにやりと笑った。


「テオドール、あなたもついに――自然派に目覚めたのね」と。


 あっけにとられたテオドールを残して、アンネローゼはルンルンで、部屋から去って行った。


(まず、自然派って何さ????)


 さすがに意味が分からなさ過ぎて、テオドールは「自然派って何ですか」と恥を忍んで屋敷の使用人たちに聞く羽目になった。




 なぜ、こんなにうまくいかないのか。

 これまで自分は、この見た目と誉め言葉で貧民という身分から、この悪辣なる貴族社会を泳いできたのだ。一応、自分だってそれなりに自信がある。


 だが、そんな自分の技術がまったく通用していない。


 ――いつか、俺の誉め言葉でアンネローゼ様を反応させてみせる。


 これは自分の矜持だ。プライドである。

 夕焼けに照らされながら、テオドールは誓った。

 

「アンタ、誰もいない部屋で、なんでそんなキメ顔しているの? そんな暇あるんだったら仕事しなさいよ」というリタの声を背に浴びながら。




*****




 そして今日、テオドールは「ガーデニングをしたいから手伝ってほしい」と裏庭に呼び出だされていた。


  表に比べると、少し手入れの行き届いていない部分もあるが、アンネローゼ邸の裏には、それなりに広い土地が広がっていた。


 今回、アンネローゼは、ガーデニングがしたいと言っていた。

 つまり、この裏庭を綺麗にしたいのだろう、とテオドールは予想していた。


「アンネローゼ様、お待たせ致しました」と言いながら、駆け寄る。

 

 目の前には、いつも通りおしとやかで美しい自慢の主人の姿が――


「ん??」


 テオドールは足を止めた。

 胸に迫り来る、大きな大きな違和感。


「あのー、アンネローゼ様?」

 

 失礼だとはわかっている。わかっているが、目の前の主人をじろじろ見るのをやめられない。

 テオドールは顔を引きつりながら、控えめに呼びかけた。


「これは……どういうおつもりで……?」


「何って、ガーデニングだけど?」


 不思議そうに答える主人に、テオドールは「はぁ」と微妙な表情で返事をした。


 ガーデニング。


 なるほど。ガーデニングなら、テオドールだって知っている。たしかに、貴族にとって、庭とは自分のセンス・力量を示す重要な場である。ガーデニングを好むことだってあるだろう。


 しかし、しかしである。

 

 テオドールはさらに怪訝な顔で、自らの敬愛する主人に問いかけた。


「いやあの。普通にガーデニングって、庭師にさせるものでは……?

 というか、そもそもなんで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 そう言って、改めてテオドールはアンネローゼを見た。

 いつも着ている貴族然とした服装とは違い、敬愛する立派な主人はどこぞの農家のような格好をしていた。

 

 しかも、頭にはタオルを巻き、手足までしっかり覆うという本格っぷり。これはもう格好だけ見れば、どこからどう見ても立派な農作業従事者である。


(えぇ……何その恰好……)


 気品あふれる深窓の令嬢は、どこへ行ってしまったのか。

 テオドールの目の前には、ほっかむりを被った変人。え、俺って、農家に使える使用人なんだっけ? とテオドールは真面目に2秒ほど考え込んでしまった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」


 直前まで、今日はどんな誉め言葉で主人に立ち向かおうか、とのんきに考えていたテオドールは、混乱のあまり頭を抱えながら尋ねた。


「僕の知っているガーデニングと大分距離があるようです。ちょ、ちょっと整理する時間をください……」


 こうしてテオドールは、何かを諦めたような目で、なぜかドヤ顔のアンネローゼの説明を聞くことになったのである。

本日のアンネローゼ様


ガーデニング→×

庭仕事→〇

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