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アンネローゼ流お気楽お手紙術2


 落ち着いた基調の家具に囲まれたアンネローゼの自室。 

 皇太子殿下に見初められた、というのにもかかわらず、華美ではない部屋は持ち主の穏やかな心を映し出すかのようで――


 屋敷の人間は、「まるでアンネローゼ様の慎ましいお心そのものだわ」と惜しみない賛辞を送っていた。


 ………本人を除き。




 そして、そんな中、


(落ち着け、落ち着くんだ私……!)


 アンネローゼは死ぬほど焦っていた。


 眼の前には、くりくりの眼をキラキラさせてアンネローゼを追い込もうとする少年の姿が見える。

 悪魔か何かかな?

 

 しかし、そんな追い込まれかけたアンネローゼは1つ、秘策があった。

 先ほど、テオドールは「普通は、代筆を頼む」と言っていたのである。


 そう。ごくごく冷静に考えれば、アンネローゼは皇太子に見初められ、この国に来たばかりの何も知らないお嬢さま、という体。

 わけのわからない無法地帯に夜中1人で突撃しに行かされたりしたが、こっちは何も知らないか弱い乙女……のはずである。


 つまりこの場合、代筆とやらを頼むのがスタンダードな方法と言える。


 そう思ったアンネローゼは、まっすぐにテオドール君の目線を受け止めて、負けじと見つめ返した。

 こうすることにより、ちょっと真面目な雰囲気を醸し出そうという、アンネローゼのこすい思惑である。

 あと、ちょっと背筋も伸ばしておく。



「ですが、テオドール。あのイケメ……ではなくゲオルグ殿下に差し上げる手紙ともなれば、きちんと礼儀作法や文章作法も抑えてなければならないもの。

 私は、まだこの国に来て、大した時間が経ってません。私では殿下のご不興を買うこともなるやも――」



 以下略。

 ごちゃごちゃ言っているが、要するに平たく言えば『手紙なんか出したくない』というだけである。


 これを言うためだけに、アンネローゼは必死にきりっとした顔を作っていた。 

 はたから見れば、真剣に考えているように見える、というとてつもないムダ技術であった。


「アンネローゼ様……」


 しかし、それを聞いて感極まったような顔で、テオドールがぽつりとつぶやいた。

 瞬く間に、彼の空色の眼がウルウル潤んできた。


(????)


「あの殿下に手紙を返すなど、世の女性が聞いたらそれだけでも名誉だというのに……」とテオドールが首を振る。

 

 おいおい、おかしいぞ。 

 なんか思っていたのと様子が違う。


 当初の予定では、ここでテオドールが気を利かして代筆を頼んでくれるかも、と期待していたのだが。


「でも、アンネローゼ様。行き過ぎた謙遜はいけませんよ。殿下もきっと"令嬢の中の令嬢"アンネローゼ様からの返信を待っていらっしゃるはずです」


 あれぇ~???


「令嬢の中の令嬢………????」


 アンネローゼは天井のシミを数えながら思った。


 新しいあだ名かな?

 なぜ、なんかある度に、自分に着くあだ名が続出するのだろう。普通、あだ名とか二つ名みたいなのって1人1つくらいでは??


「それに僕は知っているのですよ。アンネローゼ様の秘密を」


 そんな混乱しきったアンネローゼを尻目に、テオドールがくすくす笑う。


「えっ」


 思いがけないテオドールのセリフに、虚を突かれた。

 

 どういうことだろうか。

 昨日の夜遅くまで、農業書を読んでいてほとんど頭が働いていないことがバレてしまったのだろうか。


 そんなアンネローゼの気持ちを知ってか知らずか、テオドールは、うっすらはにかみながら続けた。


「アンネローゼ様は古今東西、ありとあらゆる国の文芸に精通する、という凄まじい文才の持ち主なんですよね?」


「コ、ココントウザイ……?」


「ええ」と、とびっきりの笑顔で笑うテオドール。


 ――はい????


 一方のアンネローゼは、今度こそ当いた口がふさがらなかった。


 いや、あれよ。

 全然、自分大したことないよ。

 たしかに、前にいた学院では成績は中の中………いや、盛りました。中の下と言ったところで…………。


 あれ?

 いやでも、ちょっと待てよ。


「そもそも、テオドール。それは、いったい誰から聞いたのですか」とアンネローゼは、微妙な顔をして尋ねた。

 

 おそらく、そういうわけのわからない噂の発端は――


「リタから聞きました」

「でしょうねー」


 アンネローゼの頭には、むやみやたらにそこら中に火種をばらまく"放火魔"リタの姿が思い浮かんだ。

 どうしよう。また、あのメイドである。


「リタが言っていました。アンネローゼが文章という分野でも、神ごとき才能を持つ、と。

 以前、王国で学院に通っていた時から、文学や文章を書くことが、お得意だと聞いています」


「学院でぇ????」


 いやたしかに、アンネローゼはこのラヴォワ皇国に転がり込む前は、王国の学院に通っていたけど、そんな評判は聞いた覚えもない。


 あ、でも待てよ、とアンネローゼは思いなおした。



 そういえば、おかしいのがいた。

 なぜかアンネローゼが文章を書くたびに感激して泣いたり、アンネローゼが課題でちょろっと書いた文章を読ませるたびに、「一生この手紙を大切にしますわ!!! 我が家宝とします!!」と叫び出すような令嬢が、なんかいたような……。


 

(だとしれたら、なんでリタとテオドールがそのことを知っているんだろう。)


 微妙な違和感を感じたアンネローゼだったが、まあいいか、と流した。


 今のところ、集中すべきは目下のところのお手紙である。

 そんな真偽不明・意味不明の噂になんて、かまってる暇はない。


 ――しかし、アンネローゼはこの時、気が付くべきだった。


 なんでわざわざリタが、アンネローゼの学院時代のことを知っているのか。


 アンネローゼの屋敷には、時たま王国に残るアンネローゼ派の令嬢たちからお手紙が届いていたが、アンネローゼはすべて処分していたり、白紙で送り返していたりしていた。


 が、アンネローゼは知らない。


 リタが王国に残る親アンネローゼ派の令嬢からの手紙をたまたま読んでしまい、「私はアンネローゼに仕えています」と余計な返事を出してしまったことに。

 つまり、アンネローゼが危惧していた最悪の人物と、最悪の団体がすでに仲良く手を結んでしまっていたことに、アンネローゼは気が付いていなかった。

 



「で、どんな素晴らしい名文を書かれるのですか??」とテオドール君が追い打ちをかけてくる。


「あ、でも私、今日ちょっと体調悪くて――」


「ははっ、ご冗談を。アンネローゼ様が必死で磨き上げた実力は、多少調子が悪いくらいではその輝きを失いません!」


 最後の頼みの綱の仮病も、ニコニコした笑顔の前にあえなく打ち砕かれた。

 ごめんなさい。そもそも、その努力とやらをしていません。必死で磨き上げたことがあるのは、金貨くらいです。


「手紙……手紙ねえ……」とぶつぶつアンネローゼは繰り返す。


 目の前には、曇りなき眼。

 悪意がない分、よりいっそうたちが悪い。


 別日にしてもらう??? 

 ダメだ、根本的な解決にはなっていない。

 

 全てを打ち明けてみる???

 ダメだ、冗談だ、と思われるに決まっている。


 ――どうすれば、どうすれば。



 アンネローゼは必死に考えた。

 おかしい。そもそも自分は、シンプル・イズ・ベストの自然派生活を、スローライフを送りたいだけなのに……!!!!!!






 ん、待てよ。


 その時、アンネローゼの脳裏に天啓が電のように走った。


 そうだ………


 こ れ だ………!!!!

本日のアンネローゼ様

→美文を書いてほしい、というハードルの上がりまくったテオドールの無茶ぶりに苦しめられる。

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