最終話.お気楽令嬢と、伝説の始まり
翌日、アンネローゼは起きても気まずい気持ちだった。
(うん、まずい。どう考えてもまずい……)
1回寝たら解決するかな、と思いきや全然解決してない。
そう。
アンネローゼは、朝食中もどんよりした気分のままであった。
お母さまの金のネックレスを見つけられず、おめおめと小銭を渡してくるような主人に仕えたいと思う人間が果たしているだろうか、いや居ない。
つまり、アンネローゼは現在、従者のテオドール君に死ぬほど嫌われている。
しかも最悪なことに、アンネローゼが朝食を食べ終わるなり、リタが「テオドールが伝えたいことがあるというので、別の部屋でお待ちになっていただけませんか?」と言うのである。
アンネローゼは思った。
――もうあれじゃん。完全に個室で怒られる流れじゃん、と。
そう。おそらく役に立たない主人はぼろくそに批判される運命にあるのである。
悲しい。
部屋で待っているときも、アンネローゼはしょっぱい顔で待ち続けていた。
いつもならアンネローゼを癒してくれる木材のいい匂いも、今日は心を落ち着かせてくれはしない。
せっかく、割と有望な労働力を手に入れたと思ったのに、これではおじゃんである。
(あの子、金属が好きらしいし、他にも小銭を上げるから何とか許してもらえないかな~~)
「いや、無理かぁ」
*****
「失礼します」
少し時間がたち、テオドールが入ってきた。
「ご、ごめ……!」
先手必勝、先に謝ればなんとかなるのだ、と謝罪の第1声を繰り出そうとしたアンネローゼだったが、目の前のテオドールの姿を見て、目を疑った。
「て、テオドール……?」
アンネローゼの視線の先には、なぜかこちらに跪く金髪。
ふわふわの金髪が、窓から差し込む午前中の太陽の光に照らされて輝く。
――あら見事な金髪……じゃなくて、な、なんで
「アンネローゼ様。僕は愚かでした。本当に大切なものは何か、見えていなかったのです」
「ほ、本当に大切なもの……?」
「ええ。アンネローゼ様がずっと僕に対してしてくれたことに気が付かず、僕は失礼な態度をとり続けていました」
昨夜の出来事でテオドールは、完全にアンネローゼを信じ切っていた。
もちろんテオドールは、アンネローゼが適当に買い物をしたお釣りで母の形見の金貨をもらったなどとは思ってもいない。
自分のために、命を懸けて母の形見の金貨を見つけてくれた、と本気で思い込んでいた。
しかし一方で、そんなことを全く想定していないアンネローゼは思わぬ展開に狂喜乱舞していた。
これはついている、と。
――なんだかよくわからないが、この従者もスローライフに魅力に気が付いてくれたに違いない!
都会の喧騒より田舎の平穏!!
やはりスローライフは人類を救うのだ!!
勝利!!!!
「そ、そうよね? あなたも私の目的についてきてくれるってことよね???」
アンネローゼは心を弾ませる。
「ええ。アンネローゼ様」
――よし!!
アンネローゼは有頂天になっていた。
まあ、あんなお釣りごときで何が変わるとも思えないが、きっとあの金貨が異常に好みだった、とかかな。
そうやって、でへでへ頬を緩めるアンネローゼだったが、その余裕は次のテオドールの発言で凍り付くことになる。
「アンネローゼ様の歩む道は、困難な道です」
「へ?」
何が困難?
「おそらくアンネローゼ様の目的を阻止しよう、と皇国中の貴族たちが邪魔してくるかもしれません」
「はい?????」
この時、テオドールは本気で、アンネローゼがゲオルグとともに皇国を立て直し、理想の国家を作ってくれると完全に信じ込んでいた。
もはや手の付けようがない状態である。
「でも、僕はあきらめません。お嬢さまのためとあれば、この命。この肉体のすべてを賭けて、あなたの理想のために殉じます」
言うだけ言うと、テオドールはささっと部屋から出て行ってしまった。
テオドールがやけにはきはきとして歩いていく一方で、残されたアンネローゼは1人で口をパクパクさせていた。
なんだろう。
今の物騒な言葉のオンパレードは。
「え……、皇国中の貴族が私のスローライフを邪魔しに来るの?
それを勝ち取るために命を賭けなきゃいけないの……?」
皇国の貴族め。もっとやることが他にあるだろ……!! と思うが、何が何だかさっぱりわからない。
「す、スローライフってそんなに怒られるものだっけ……?? のんびりしようとすると、そんな命狙われるの??」
厳しすぎないですか???
「な、なんでこうなったの?」
アンネローゼの一言は、誰もいない部屋で空しく響いた。
*****
後年。
歴史家はかく語る。
伝説の女性、アンネローゼ・フォン・ラヴォワが初めて、皇国で動き始めたのは、従者テオドールとの一件である。
母を失い自暴自棄になった従者を救うため、彼女はたった1人で犯罪の坩堝へと赴いた。
名誉のためでも、金銭欲のためでもない。
すべては従者の心を解放するため。
そうして彼女は欲望渦巻く裏市で、たった一枚の金貨を見つける。
それは、テオドールの母上のネックレスのなれ果て。
彼女が裏市で、どんなすさまじい策謀をめぐらし、その金貨を手に入れたのかはいまだに不明である。
しかし、現在では、従者のテオドールと”神の頭脳”アンネローゼの出会いは演劇でも広く知られている。
そして、この時から終生アンネローゼに仕える1人の青年の名前が浮かび上がる。
その美貌は、皇国随一とも謳われ、彼はその才知をもってアンネローゼに仕え続けた。
他の陣営から、どんな莫大な金貨を積まれようとも、決して彼は首を縦に振ることはなかった、という。
――その首元には、一見その美貌には似つかわしくない、歪んだ金貨。
彼は常に主を支え続け、時には自らの身すら犠牲にした。
そんな彼を世間はこぞって、褒め称えた。
テオドール。
今なお”理想の従者”と呼ばれる青年の伝説の始まりである。
本日のアンネローゼ様
→破れかぶれの金貨をゲオルグに渡したら、より一層尊敬されていた。なぜ……?
テオドール
→なんかいい感じに歴史に残るいい男に進化。やったね!
これにて二章分が終了です。ご愛読ありがとうございました。
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