17.お気楽令嬢は、人生の師を得る
「へえ、ってことは小娘。アンタの話をかいつまむと……アレだね。何の間違いか、身分が高い男と婚約をしてしまって、それが性に合わず、婚約破棄を企んでいるってところかい」
「その通りです」
――このばばあ、凄すぎる……!!
というのが、アンネローゼの心からの称賛であった。
このばば……いや、素敵なおば様は、アンネローゼの今の状況を、一瞬聞いただけで的確に判断してくれたのである。
「す、すごすぎる……! 我が家の使用人だったら、絶対に理解してくれないレベルで話を聞いてくれてる……!」
「あんたの周りにはどういう人間が集まってるんじゃ……」とぶつくさ言う老婆だったが、もうアンネローゼの中では株が絶賛急上昇中である。
「そうなんです! で、今はその人のお屋敷で居候生活をしているところなんですけど、なんかこう……全然、思ったよりのんびりできていない、というか。思っていたよりも期待が重い、というか」
アンネローゼは怪しげなおばさまに、うんうん、とうなづきかけた。
「で、どうしたらいいと思いますか?」
「ま、正攻法では、まず無理だろうねえ」
「やっぱそうですか……」
「アホな小娘だね。”正攻法では”無理と言ったじゃろ」
「正攻法じゃない方法がある……ってことですか?」
思わずアンネローゼもひそひそ声になる。
「そうさね。ここをどこだと思っているんだい? “裏市”で手に入らないものはないよ」
「な、なにがあるんですか!?」
「落ち着きなって小娘。人間の欲求って何だと思う? それをくすぐるとんでもない秘薬があるんだよ」
「人間の欲求……?」
なんだろう。
目の前のおばあさんは、あんたもわかるじゃろう、ぐふふ……的な目線を投げかけてくるが、さっぱりピンとこない。
スローライフへの欲求かな?
「まあ、お子様にはまだ早い話かい。媚薬だよ、媚薬」
「へ? それをどう使うんですか?」
「はぁ……」と老婆が頭を振った。
まあ何となくいやらしい感じの違法薬物だということはわかったが、それがどう婚約破棄に役立つのか、さっぱり理解できない。
「本当に、頭の回転の遅い娘だねえ。いいかい? 話を聞くと、その男は大層モテるんじゃろ? つまり、その男に思いを寄せる女も多々いるということさ」
アンネローゼは頭の中でキラキラ煌めくゲオルグスマイルを思い浮かべた。
まあたしかに、人気はありそうである。
「じゃあ、そんな2人に媚薬を使ったらどうなるかね?」
ごくり、とアンネローゼののどが鳴った。
「2人はいちゃつき始める……!」
「そう! そこで小娘。あんたの出番だよ。偶然にも2人の密会を抑えたアンタはこう言うんだ」
老婆は年に似合わず、しゅびっとアンネローゼに指を突き付ける。
「これは浮気よ……! とな」
「…………そんな」
アンネローゼは呆然としていた。
アンネローゼは割と自分のことを天才だと思い込むタイプだったが、違う。
「て、天才過ぎる……!」
今聞いても、まったく綻びのない完璧な計画。
どこにも抜け穴が見つからない最強の布陣。
これでアンネローゼは、常日頃から悩まされていたあのイケメンに一泡吹かせることができるのである。
「し、師匠と呼ばせてください」
「ふっ、照れるね弟子」
しかも顔に似合わずノリもいい。
「ちゅ、注意点はありますか?」
「まあ匂いが強いからね。基本的には酒に混ざるのが常識だねえ」
アンネローゼの眼には、もう完全に媚薬作戦に成功した自分の輝かしい勝利の絵面が浮かんでいた。
その場面さえ押さえたら、あとは楽なものだ。
婚約破棄の際に、あの根暗陰険ベルゼ王子からもらえなかった分も、慰謝料をたらふく頂くことにしようか。
「で、それはどこで手に入るんですか?」
「まっすぐ行きな」と老婆が指をさす。
「裏市の中心部に近いところに一軒、薬屋がある。無口だけど、ほしいものを言えば何でも用意してくれるさね。貴族の連中も御用達の店だよ」
「師匠ありがとうございます! 早速行ってきます!!」と意気込むアンネローゼだったが、
「まあ、待ちなさい」という老婆の一言で足を止めた。
「どうしました?」
「ほれ、これをくれてやろう。幸運のお守りじゃ」
「これが……幸運のお守り?」
アンネローゼは差し出されたネックレスらしきものを、しげしげと見つめた。
――え、センス悪ぅ……。
そう。
大恩ある師匠には申し訳ないが、差し出されたネックレスはあまりにも不気味だった。
なんかネックレスのいたるところに、何の言語かわからない謎の文言が並んでいる。
「相手を呪い殺す道具って言われた方が、まだ信ぴょう性があるんですけど……」
「あんたも失礼な娘だねえ。人が丹精込めて作ったものに。幸運のアクセサリー、というやつじゃ」
とはいうものの、何回見てもセンスない一品であった。
1回、他のアクセサリーを見てから作ってくださいよ、と言いたかったが、一応これでも目の前の老婆は命の恩人である。
アンネローゼは渋々首から下げることにした。
「で、では気を取り直して行ってきます」
アンネローゼは走り出した。
何が、恐るべき裏市だ。
あのイカレ使用人に囲まれているよりよっぽど安全じゃないか、と考えながら。
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「まあ、よく昔から聞いたことのある手口だから教えることは構わないんだけどねえ……」
老婆リイジィは、奇声を上げながら走っていく小娘の後ろ姿を微妙な顔で見ていた。
「しっかし、変な娘だねえ」
紫紺の色の瞳に長い髪。外見だけ見れば、どこぞの大人しいお姫様のようだったが、その割には、言動が完全にアホの言動である。
「でも、嫌な予感がするねえ……なんか言い忘れたかな」
リイジィはしばし考え、思い当たる節にぶつかった。
――媚薬の最大の問題点。
「飲ませるはずの薬を間違えて自分で飲むっていう馬鹿は、今まで何人か聞いたことがあるけどねえ」
まあ、いくらあの頭の悪そうな小娘でも、まさかそんな馬鹿な間違いはしないだろう。
リイジィはそう信じることにした。
多分大丈夫だろう、と若干の不安を覚えながら。
媚薬
→なんか使うと楽しいイベントになりそう、ということで投入。が、しかし、いつどのイベントで使うのか、それは作者にもわからないのです……()