11.皇太子殿下のお気持ち(2)
「お前、正気か……? わざわざ連れてきたのに、放っておいてる……のか?」
「いやいや、そうじゃない」
口をあんぐり開けているオットーに、ゲオルグは慌てて弁解した。
普段の生活では冷静さを欠いたことはないが、アンネローゼの話になると途端に調子がくるってしまう。
「武装組織が、皇都の地下水道を狙っているって話しただろう?」
「ああ、聞いたことあるな」とオットーが手を叩く。
「かのゲオルグ殿下自らが作戦を立案して一網打尽にしたって事件だろ?
たしかあの――誰も使っていない幽霊屋敷に敵が潜んでいたっていう。俺も聞いたよ。もしあんな物騒な組織が本気で暴れてたら、もう都がむちゃくちゃになってったって、みんな噂してたぞ」
ゲオルグは少し声を潜めた。
「実は、その情報をくれたのがアンネローゼなんだ」
「本当か?」 と、オットーも興味深そうに眉をひそめた。
「そうだとしたら彼女、相当の切れ者だな」
「ああ、凄かったよ。一瞬で地図を把握して、ぱっと指をさしたんだ。そして調査をしてみたら、そこは敵のアジト。彼女に聞いたら、黙っててくれ、というからあまり公にはしていないが」
――ゲオルグはちょうど、アンネローゼの手腕を思い出していた。
アンネローゼとしては純度100%のラッキーパンチだったが、彼女に対する目の色が曇りまくっている王子は、完全にアンネローゼの頭脳が敵の位置を割り出したんだ……!!と思い込んでいたので、完全にアンネローゼの意思に反して、アンネローゼの黒歴史は着々と出回り始めていた。
世も末である。
「で、それからは?」
「いや……正直、その後始末で忙しくて、それからはほとんど会っていないんだ。婚約を披露する夜会も、アンネローゼの安全が確保できてからでいいか、と」
目の前の座っていたオットーは、気が付くとものすごい微妙な表情をしていた。
「それは……まずい。いや、ゲオルグ。これは臣下としてではなく、一人の親友として言わせてもらうが。彼女だって、一人別の国に来て不安なはずだ。それに会ってあげないのは、男として最悪だろ?」
「最悪か……」
たしかにな、とゲオルグは自嘲する。
最後に会ったとき、ゲオルグはたまらず彼女に抱き着き、「愛している」とまで口走ってしまった。
花束を用意してとか、そういうことはしていたが、それから会いに行きもしなかったのだ。いくら彼女の安全に配慮したとはいえ、嫌われても仕方がないだろう。
「仕方ないな」
そう言うと、今で座っていたソファから突然、オットーが飛び起きた。
「我らがゲオルグ殿下は、突然現れた愛しの令嬢に、普段の冷静さを失ってしまっている。そして、そのアンネローゼ嬢も、おそらくまだ皇国に慣れていない、と」
部屋をウロウロと歩き始めるオットー。すると、オットーが突如、うなづき始めた。
「そうだ、デートだよデート! な?」
はぁ、とゲオルグはため息をついた。
「昔からお前は変わらないな、オットー。ありがたいことに」
「だろ? 任しとけって。これでも旅先では色々と火遊びをしてきたんだ」
「皮肉も通じない、ときたか」
ゲオルグは嘆息した。
小さい頃から知っている人間は、皆それぞれ多少は大人になっているというのに、この男だけはいつでも平常運転だ。
「まあ、待てって」と新しいおもちゃを見つけたのかのように、オットーが言う。
「どこか行きたい候補地があったら、何なりと言ってくれ。あるだろう? 俺だって、お前のことを心配しているんだぜ」
意気揚々と計画を練り始めた悪友を見て呆れるが、ゲオルグも彼女のことを頭に思い浮かべた。
屋敷に使用人には何かあったら、アンネローゼの好きにさせていい、と言ってあるが、まさか一ヵ月そこらで不用意に外に出たりしないだろう。
そうは言っても、この都市は巨大で何かと後ろ暗い場所もある。だとすれば、自分が一緒についていった方がいいだろう。
「そうだな。せっかく初の外出だし、彼女が行きたそうな場所は――」
*****
――同時刻。
「なんで! うら若き乙女の! 初外出が!! “ランゴバルディア最大の闇”って言われる裏市場なのよ!!!」
「さすが、お嬢さま! 声にも覇気が宿っています。武者震いですね!!!」
「えっ、なにが!? 話聞いてた?? 話通じてる????」
そこまで思いを寄せられているとは思いもよらないアンネローゼは、ひたすらに自分を危険な場所へと行かせようとするメイドの説得にあたっていた。