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【コミカライズ9/29公開】お気楽令嬢は、婚約破棄にほくそ笑む【まさかの】  作者: アバタロー
第2章 お気楽令嬢は、居候生活にほくそ笑む
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10.皇太子殿下のお気持ち(1)



「で、皇国で名高いゲオルグ殿下は、婚約者のどこを好きになったのかな?」


「またその話か」


 アンネローゼが屋敷でパニック状態になっていた同時刻。

 いつも通り、自らの執務室で書類の処理をしていたゲオルグは、声をかけてきた男に呆れ声で返事をした。


 ゲオルグの目の前には、若い男がいた。

 軽薄そうな笑み。ゲオルグの怜悧な雰囲気の前にもかかわらず、姿勢を崩しており、その表情には一切の緊張も感じられない。


「いい加減飽きないのか、オットー」


「申し訳ないが、飽きるには当分かかりそうだ」


 オットー、と呼ばれた青年は皮肉交じりに返した。


「ここ一年。任務で地方をずっと巡ってきた。そして皇都に帰ったと思ったら、お前の他国への外遊に付き添わされ、気が付けば、なぜか物々しい雰囲気になり」


 はあ、とため息をつくオットー。


「そんな中で俺は必死に働いていたのに、昔からの仲の皇太子殿下はどさくさに紛れて、他国から令嬢を連れ帰っているし……」


「人聞きの悪いことを言うな」


 オットー・ハルトマンは珍しい役職だった。"巡察史"――地方を回り、地方の政治状況を監査するという仕事である。


 そんな一介の役人が、ここまで皇太子であるゲオルグに気やすく話しかけられるのには、理由があった。

 オットーの母親はゲオルグの乳母でもあって、幼少期からよく知った仲だったからである。


「彼女が言ったんだよ」とゲオルグは答えた。


「一旦、国の状況が落ち着くまでゆっくりさせてほしい、と」


「へぇ? そりゃまたなんで?」


「きっと彼女なりの配慮だろう。彼女のせいではないが、彼女を慕う令嬢たちの枷が外れてしまったのは事実。だからこそ彼女は自分がいれば面倒なことになりかねない、と」


「なるほど。自分の事より、国内の政治状況の安定をとったのか」


「ああ、中々できることじゃない」


 ゲオルグは、改めて彼女の強さに感心した。


 ――事実としては、アンネローゼ派の令嬢のあまりの暴れっぷりと、言うことを聞かなさに恐怖を抱いたアンネローゼが、


「ほとぼりが冷めるまで逃げなきゃ!! え? 皇国に居れば、衣食住も完備だし、ここでいいのでは??」と自分のことを優先しまくっていただけなのだが、この場では、「誰よりも国を優先させる聡明な令嬢」という、盛大な勘違いが発生していた。



 それにしても、


「どこを好きになったか……ねぇ」


 ゲオルグは、彼女のことを思い浮かべた。

 これまで彼女は王太子妃として、苦労することも多々あっただろう。それは彼女のマナー、気品を見れば明らかだ。


 しかし、その努力をすべて無視され、あまつさえ婚約破棄をされた。

 王子――ベルゼからどんな扱いをされていたのか、今となっては想像がつく。


 あの皇子の醜い行い。

 将来を誓い合った相手に裏切られるとは、どんな気分なのか。

 

 もちろんすべてを理解することはできないかもしれない。だが、できる限り、その気持ちに寄り添いたいと思ってしまう。


 だけど、彼女はいつも明るかった。

 一生懸命で、素直で、誰よりも周りのことを優先する。自分の身を犠牲にしても、他人を優先してしまう。


 本当はこんな異国で過ごすのも大変なのかもしれない。しかも、皇太子殿下である自分のせいで、彼女にさらに迷惑をかけているのかもしれない。


 だが彼女は、ゲオルグの前で、一切暗い顔や疲れた顔を見せたことがない。


 婚約破棄をされた直後、一緒に馬車に乗った時でさえ、アンネローゼは泣き言一つ言わずに、窓の外を眺めていた。

 本当はつらいはずなのに。


 一体、何が彼女をそこまでさせるのだろうか?


 あの純粋無垢な笑顔の裏には、一体どんな苦労が、困難があるのだろうかと考えると、ゲオルグの胸は痛む。

 一度たまらず、彼女を抱きしめたとき、彼女の小さい身体は震えていた。これまでどんな辛いことに耐えてきたのだろう。


 ゲオルグは強く思った。今まで自分のことを優れている、と思ったことはある。


 けれど、

  

 (彼女は凄い。でも自分はまだまだだ。これじゃ、一生彼女に追いつけない)






「ていうか、なんだ。結構、本気で惚れてたんだな」


 そこまで語り終えたゲオルグに、意外だという表情をオットーが見せた。


「…………」


 ゲオルグは怜悧な表情を崩さなかったが、返事は誰の眼にも明らかだっただろう。

 みるみるうちに、オットーの顔がにやつき始める。


「おーおー。あのゲオルグがねえ。あんだけ女の影一つもなかった奴がこうまで変わるか」


「うるさいぞ、オットー」


「まあまあ。それより、二人きりで少しは何か話したんだろ? ラヴォワに来てから」


 ゲオルグは顔をしかめた。

 痛いところを突かれた。このオットーという友人は普段適当だが、どこか勘の鋭いところがある。


 しかも、ゲオルグの触れられたくない話題を目ざとく追及してくる。

 ゲオルグはため息をつくとしぶしぶ口を開いた。


「実を言うと……、まだあまり話していない」


 オットーの顔が再び、見る見るうちに変化していく。その顔は、間違いなく「ありえない」と言っていた。


「お、お前……しょ、正気か……???」



*****



 オットーは友の――それも次期皇帝の有力候補と目されている男の――恋愛力が著しく低いことに驚愕を隠せなかった。


(ダメだこいつ、早く何とかしないと……!)


 だが一方で、たしかに、と納得する自分もいた。


 ゲオルグ・フォン・ラヴォワは神に愛された天才である。

 今正面にいるオットーから見ても、ゲオルグの魅力は圧倒的だった。

 

 快い低音の声に、見惚れるほど整った顔立ち。

 スッと通った鼻筋に、柔和なくちびる。そして、強く輝く緑の瞳。


 背丈は高く、自分よりも頭一つ分抜けている。

 また一見、細めの体格だが、その奥には引き絞られた筋肉があることをオットーは知っていた。


 小さいころ、何度も剣でボコボコにされたのは昨日のことのように覚えている。

 

 そして、その外見と並ぶくらい、その才覚もすさまじかった。勉強、芸術、魔術。

 全てにおいて欠点が存在しない。

 まさしく皇子と呼ばれるべき男。


 しかし、その能力と魅力ゆえに、ゲオルグは恋愛力が低かった。

 というより、人気がありすぎて嫌気がさしていたのだろう。長年近くにいたオットーも浮いた話を聞いたことがなかった。


 オットーはゲオルグを無言で見つめた。


「ん?」


 ゲオルグは身内にはそれなりに優しいが、割と冷淡なタイプである。


(仕方ない。俺しかいないよな)


 友人のため、そして皇国の未来のために、オットーは「何としても二人を結びつけるのだ」と固く誓った。

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